101 観念
「またこの事態を受けて、屋敷の安全強化としてこの後執事やメイドにも指導を行う。その指導に私は参加できないから、アルト、頼むわね」
「はいよ」
フィリアの言葉にアルトは応える。
確かに近隣の『ガーデリー』に魔の手が及んでいるのだ。いつ直接屋敷に魔の手が伸びてもおかしくはない。
けれども、ウィズはフィリアの言葉に少し引っかかっていた。
今の『アーク家』の当主はフィリア父『ガスタ・アーク』だが、この集会を見るに『アーク家』を仕切っているのはフィリアなように見える。それは恐らく、『セリドア聖騎士団』結成あたりを区切りに、ガスタがフィリアに当主の座を譲り渡すつもりだからであろう。その準備期間として、今は試験的にフィリアが指揮を取っていると見て良いはずだ。
ならば、執事やメイドたちの管理も当主になった時のためにやっておいた方が良い。それなのにフィリアはアルトに任せると言った。その心は、フィリアにはそれ以上にやることがあるということ。
ウィズがちょうどそう考えていると、フィリアはウィズとソニアの方へ視線を向けた。
「ウィズ、ソニア、貴方たちに仕事よ。……三日後、私はここを発って『ノルハ』に向かうわ。一週間後に『ノルハ』でとある催しがある。それに招待されたの。だからその護衛をやってもらう」
フィリアは二人へ告げる。ウィズが想像していた通りだった。彼女はその『ノルハ』という地でやらなくてはいけないことがあるのだろう。
フィリアは続ける。
「セリドア聖騎士団の総長選定式も3ヶ月後と迫ってきている。より一層、覚悟をしておくことね」
「はい」
ウィズとソニアはフィリアの言葉にはっきりと応えたのだった。
*
ウィズの自室。フィリアからの呼び出しから帰ってきたウィズはベッドに寝転がっていた。
(……三日後か)
『ノルハ』は『アーク領』の外にある大きめの都市であるらしい。馬車で向かって数時間。まあそれは問題ない。
その期間、ウィズはこの屋敷を離れることになる。とりあえず火の粉は振り撒けたが、それ以上の追撃は諦めた方が良さそうだ。
――役所爆破事件はウィズが起こしたものであった。
巻き込まれた可哀想な役員には『ユガミアソウ』の幻覚作用を利用し魔法で幻惑を見せ、襲撃者は『赤髪』の『フード』として誤認させた。『閻魔石』も幻覚であり、爆発はウィズの魔法に起因する。
魔法の痕跡を逆探知されれば『閻魔石』が原因ではないとバレてしまうが、そこにもフタをして対策してある。そこは問題ないはずだ。
そしてその爆破事件は成功し、犯人像もウィズの想像通りのものとして関係者へ植え付けた。
『セリドア聖騎士団』の発足がなされる矢先、『赤髪』で威圧感の凄まじいものからの襲撃。誰もが耳を疑うような犯人候補が浮かび上がる。――『ブレイブ家』によるものではないか、と。
『アーク家』の血筋が銀髪であるように、同じく『剣聖御三家』の『クロス家』の血筋が藍色の髪をしているように――『ブレイブ家』の毛筋は皆が『赤髪』をしている。
今の段階ではただの暴論として鼻で笑われる。しかしウィズが裏で手を回し、その可能性を引き摺り出す。そして『選定式』までにあわよくば。
寝転がったままのウィズは、いつの間にか目の上に腕を被せていた。
「……あわよくば」
ぼそりと、消えゆくようにつぶやく。目を閉じていても瞼で暗いし、目を開けていても被せた腕で暗い。
さて、フィリアは『ノルハ』という場所で催しが行われるのは一週間後だと言っていた。つまりこの屋敷に帰ってくるのはそれ以降ということになる。
同時に彼女は『セリドア聖騎士団』総長の『選定式』が三か月後であると言っていた。多く見積もっても、この屋敷にいられるのは残り二か月といったところか。実際は今回の『ノルハ』のような件が何件か入り込んで、それよりも短くなるだろう。
(どうしたものか……)
ウィズは今まで大半の出来事を自然の成り行きに任せていた。しかし"期限"が近づくにつれ、感じたことのない焦燥が胸の中で擦すられるようになった。能動的に行動しなければならないのではないかという強迫観念が次第に強まってきている。
そしてそれはなから間違ってはいない。期限は有限。受動的にはいられなかった。だからこそ、役所の爆破に至ったわけであるが。
(……あのフードのヤツは、確実に『ブレイブ家』と繋がりがあった。少なくても、昔の段階では)
ユーナ誘拐事件で遭遇した傀儡のフードのことを思い出して、複雑な思いを巡らせる。
(そいつが何故『アーク領』で山賊と組んで事件を起こす……? もしかしてオレが決定的な偽装工作をしなくとも、これは……)
しかしその想像は楽観視に過ぎない。徹底的な確証がない今、それにすがるのは得策とはいえないだろう。
ウィズは目を腕で隠したまま、瞳を閉じたのだった。




