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Ep.36 『そんなの許されない』

 アンナ嬢が差し出したのは、手書きの羊皮紙を紐で綴じただけの薄い冊子。それも同じ物が2つ。


 やたら遠くに腰かけたカナリアと俺の前に一冊ずつ置かれて手に取れば、見目の質素さに反し高度な防護魔術が組まれているのがわかった。

 国庫の資料等にも用いられる、対象者以外には開くことさえ叶わなくなる鍵魔法だ、


 流石は国家防衛の要を握る侯爵家、頼もしい限りだ。


 あの背後に高々と積まれた華やかな文庫類からも見られる通り、色恋関連への暴走癖にさえ目を瞑ればーーの話だが。




「内容はどちらも同じ、我が国の歴史における未解決事件と……それらにヴァルハラの息がかかっている可能性についての情報ですの」


「ーー成る程、良い目の付け所だ」 


「お褒めに預かり光栄ですわ。

確認が済み次第すぐに火中へお願い致します、何処に間者が居るか油断なりませんから」




 『本当ならすぐにご確認頂いて、こちらで処分をと考えていたのですけれど』と。


 優雅にカップを置いたアンナ嬢の瞳がカナリアをちらりと捉える。




「貴方がお隣に居る、今のカナリア様には資料の内容が頭にお入りにならないでしょうから。

お持ち帰りくださいな」 


「ちょっとアンナ!?あっつぁっ!!」 


「大丈夫か!?」



 すぐに控えていた侍女たちが冷やすための氷や道具を持ちカナリアを囲んだ。

 邪魔にならないよう一歩下がって頭を抱える。

 盛大に手に紅茶を零すほど動揺するとは……、俺が来るまで何してたんだよ一体。 




「ほら、申し上げた通りでしたでしょう」


「今のは俺ではなく貴女のせいでは?」




 カナリアの治療の間、俺はアンナ嬢から目くるめく『ロマンス小説』の素晴らしさとやらを布教された。


 ご遠慮願いたいと言ったが押し切られたのだ。

 カナリアにも布教した結果、大変お気に召したようだと。



「恋愛題材の夢物語……ねぇ」



 まぁ、それを楽しいと思えるくらいには回復しているなら何よりだ。

 専属侍女(マーガレット)に叱られて恥ずかしさに照れ笑いを浮かべる彼女を眺めて居る俺の横顔を、アンナ嬢が物凄い真顔で見ていて怖かった。















ーーーーーーーーーーーーーーーー

「今日はとても有意義な時間で楽しかったわ、ありがとうアンナ。

それと、色々と騒がしくしてしまってごめんなさいね。迷惑ではなかったかしら」



 火傷のこともあり一足先に帰ることにしたカナリア達を見送るため、屋敷の門が開かれる。

 馬車に乗り込むカナリアにそう尋ねられたアンナ嬢が『ふふっ』と笑った。



「あらあら、完璧な淑女と名高い貴女があそこまで素のお姿を見せてくださる事が喜ばしくないとでも思って?

むしろ信頼を勝ち取れた証拠でしょう。

リヒト殿下に自慢して差し上げたいくらいです!」


 『ねぇイグニス殿下。貴方様もそう思われますでしょ?』




 思っていたとしても言えるか!

 なんで俺に振った!しかも元婚約者(リヒト)の名前を出すな!!




「ーーッ!」 



 

 視線を感じてついそちらを向いたのがいけなかった。

 窓から顔を出していたカナリアと視線が重なり、電撃を喰らったような感覚が背筋を痺れさせる。


 軽く喉をならして、何でもない声音を作り上げた。



「手は大丈夫そうか?

帰ったらしっかり薬塗っておけよ」 


「えぇ、ありがとうイグニス。

あと、なんか……ごめんね」


「ん?何か謝られるような事があったか?」




 間髪入れず返した俺にカナリアが安堵の息を漏らしたのがわかったが、それには気づかないフリをして。


 カナリアを乗せた豪奢な馬車を、見えなくなるまで見送った。



「ふふ、イグニス殿下がこんなにも情に厚い方だとは存じ上げませんでしたわ」



 振り返ると、喰えない笑みを浮かべたアンナ嬢がまたこちらを見ている。




「仲良きことは結構だがな、あまり困らせないでやってくれないか。

やっと自由になったばかりなんだ」


「自由になられたからこそ、今が勝ち鬨とは考えられませんの?」




 ビリッと、一瞬互いの視線に火花が走る。


 ……先に目を逸らしたのは、こちらだった。



 

「ーー……そんな事が許されるものか」




 思っていた以上に低く……擦れた己の声に思わず手で口元を覆う。


 目を瞠ったアンナ嬢が、膝を折って頭を下げた。




「出過ぎた真似を致しましたわね。

大変失礼いたしました」




 その謝罪、果たして受け取る資格があるのか。

 正直、わからなかった。














 今回はお忍びだった為、俺の帰りは王族の馬車でなくユーリが用意した簡易馬車だ。

 だから揺れる、それはもうむしろわざと揺れを楽しませる為の乗り物なのではないかという位に。




「お疲れな様子ですね、殿下」


「情報量多い1日だったからな……」


「しかもフラレてしまいましたしね」




『冗談はよして頂戴!

私がイグニスを恋をするお相手として見たことは今まで一度もございません!!』





 自嘲するように、無意識に口角が上がった。




「『冗談』……か」


「泣いてもいいんですよ、慰めませんけど」


「お前専属執事としてどうなんだその態度」




 しかしまあ、これくらい軽いほうが今はありがたい。

 ーーそれに。




「泣くわけないだろ。

全部、初めから…… わかってたことだ」




 ユーリはもう何も言わない。

 石か何かを踏んだのか、馬車がひときわ大きく跳ねた。









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