表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
方城時雨の奇妙でイカれた学園生活  作者: 水面出
序章 -始まるは、日常-
37/46

ep34 変と恋

〈出雲〉「第34話だよ!」


〈癒乃〉「……遅くなって、ごめんなさい」


〈時雨〉「んじゃ、始まるぞ」



「……お祖母ちゃん……恋、ってなに……?」


 そう聞くと、お祖母ちゃんは少し意外そうな顔をした。


「恋? そりゃまた面白いことを聞くね。いきなりどうしたのさ癒乃?」

「……クラスの子が……話してた……」

「へえ、最近の小学生はませてるなー全く」


 お祖母ちゃんはそういいながらニヤニヤと笑う。


「……それで、気になったから……」

「恋が何かを?」

「……うん」


 お祖母ちゃんのその問いに、わたしは小さく頷いてみる。

 するとお祖母ちゃんは一瞬思案を巡らせるような顔を見せた。


「ふーん。そうか……恋、ね……。うん! そんなの簡単だな」


 やがて納得したように頷き、そう力強く言い放つ。


「……なに?」

「でも、まだ癒乃には早いかもしれないな~。どうしよっかな~?」


 わたしが聞くと、お祖母ちゃんはわたしを見て笑いながらそう言って、中々話そうとしてくれない。


「……知りたい」


 それでも、お願いしてみる。すると、お祖母ちゃんはやれやれといった風に首を振る。


「……仕方ないなぁ。いい、癒乃?」

「……うん」


 お祖母ちゃんは一呼吸置いて、答えを述べた。


「恋はね、人生を素敵にするとっても大切なことなんだよ」


 お祖母ちゃんの答えを聞いても、わたしにはピンと来なかった。


「……人生を、素敵に……?」

「そう」


 再度聞いてみるが、お祖母ちゃんはただ頷くだけだ。


「……よく分からない」

「やっぱりね。でも、癒乃にもいつか分かる日がくるよ」


 その言葉に、わたしはほんの少し嬉しくなる。


「……ホント?」

「うん、来る来る! だから、その時まで待とう?」

「……うん。待ってる……」


 お祖母ちゃんはわたしの言葉を聞くとにっこりと微笑み、いきなり抱き着いてきた。


「よ~し、いい子だ癒乃ー! お祖母ちゃんは素直な子が大好きだよ!」

「……お祖母ちゃん、苦しい……」

「あっはは! ごめんごめん――」




「……夢……?」


 目を開けて見えたのは、お祖母ちゃんの顔じゃなくて寮の天井だった。

 小鳥のさえずりが聞こえ、カーテンの隙間からは暖かな日の光が差し込んでいる。明るさから見て、まだ夜が明けてからそう時間が立ってないように思われた。


「…………」


 まだ完全に目が覚め遣らぬわたしは、ついさっきまで見ていた夢のことが頭から離れなかった。


「……恋……」


 ふと口をついて出てくる言葉。

 恋。

 お祖母ちゃんが言うには、人生を素敵にするとっても大切なもの。小さな頃のわたしにはその意味が分からなかった。かと言って、今は意味が分かるのかと問われれば、はっきり肯定はできない。

 でも、最近気になることがある。


「……時雨」


 方城時雨。彼のことが気になるのだ。

 彼と話してると楽しい気分になる。

 彼の嬉しそうな笑みを見ると、わたしも嬉しくなってくる。

 朝、教室に入って彼を見つけると、それだけで嬉しくなる。

 ふと気付けば、いつも彼のことを見てしまっている。

 彼のそばにいるだけで、すごく、幸せな気持ちになる。


「……わたし……変……」


 今まで生きてきた中でこんなことは一度もなかった。誰にもなんの感情も抱かずに、隅っこで一人寂しく過ごしていた。

 でも楽園部に入って、大きく変わった。出雲も、杏奈も、水無月先輩も、暦先輩も、そして時雨も……皆わたしに優しくしてくれた。

 皆でゲームをするのも、皆でご飯を一緒に食べるのも、皆で他愛ない話をするのも、全部楽しい。

 出雲も杏奈も先輩たちも、友達として大好きだ。でも……時雨だけは、何か違う。友達なのは変わらない。でも、何かが違う。

 そう。違うんだ。だって、時雨だけなんだ。顔が熱くなるのは。呼吸が速くなるのは。胸が、ドキドキするのは。

 これは一体なんなのだろうか。

 何でこんなにも、彼のことが気になってしまうのだろう。

 ……もしかして……


「……これが……恋……?」


 ***


「……ごめん癒乃ちゃん。もう一回言ってくれるかな?」


 出雲がひきつった笑みを浮かべながらそう尋ねてきた。


「……最近、時雨を見てると……変な気持ちに……なる……」


 それに対しわたしは一回目と全く同じように答える。何も変なことは言ってないのに、どうして出雲はあんなに微妙な顔をしているのだろう。


「うぅ……ついにここまでに至っちゃったか……」

「……ここまで?」

「あっ! な、何でもないよ! うん! こっちの話だからっ!」


 焦ったように首をぶんぶんと横に振る出雲。どうしんだろう? そんな気持ちを込めて訝しげな視線を送っていると、出雲は誤魔化すように次の言葉へと続けた。


「そ、それはそうと、変な気持ちって具体的にどんな気持ちなのかなっ?」


 少し返答に困る質問だ。自分でもまだよく分からないというのに、それを言葉で表すなんてできるのだろうか。

 それに……恥ずかしい。けど、我慢するしかないか。


「…………その、ドキドキする……というか……」

「っ!」

「……時雨のことが、頭から離れない……というか……」

「っっ……!」

「……一緒にいると、楽しい……というか……」

「っっっっ…………!」


 何故だろう。わたしが一言言うたびに出雲が苦虫を噛み潰したような表情になる。しかもどんどんその度合いが増えていってるみたいだ。


「……どうしたの?」

「ふ、ふふふ……これで三人……どんどんライバルが増えていく……。あれ……? でも小夜を入れたら……ああでも、あいつの存在なんか認めなきゃいいんだ……」


 出雲がトリップしてる。なにか変な薬でも飲んだのだろうか。


「いや……いっそ本当にいないものにすれば……。そうだ。青酸を用意しなきゃ……ふふふ……」


 目が怪しく光ってる。これは杏奈が言っていた闇病みモードの初期症状だ。止めなきゃ。


「……出雲。窓の外……飴が降ってきた」

「えっ!? ホント!?」


 まさか本当にこれで止まるとは。


「……嘘」

「なんだぁ……」


 ガックリと肩を落とす出雲。本気で残念そうだ。なんか色々と可哀想に見えてくる。


「まあそれはそうと、時雨を見てるとドキドキするって言ってたよね?」

「……うん」


 仕切り直すように問いかけてくる出雲にわたしは頷く。すると出雲は高らかに胸を張って何かを――


「ズバリ! それは――」

「あれ? お前らなにやってんだここで?」

「ひょわあっ!?」


 ――言いかけた時、いきなり出雲の背後から誰かが声をかけてきた。と同時に、出雲が飛び上がって素っ頓狂な声をあげる。

 せっかくこの気持ちが何なのか分かるかもしれなかったのに。出雲の答えに少なからず期待を抱いていたわたしは、そんな細やかな失意の念を持った。

 だがそんな思いも、話しかけてきた人物が目に入った途端どこかに飛んでいってしまった。


「し、時雨っ!?」


 ここ最近、そして先ほどまでもわたしの頭の中をいっぱいにしていた、時雨だ。

 その姿を見た途端に顔が熱くなり、そして心臓の音が速まっていくのを感じる。どうしよう。頭の中がぐるぐるしてきた。


「い、いきなり驚かせないでよっ!」

「いや、驚かすってお前な……。こんな廊下のど真ん中で立ち話してる方が悪いと思うぞ?」

「何でよ!」

「他の奴らが通るのに邪魔だろうが」

「ぐっ……」


 二人が何か話してるようだけど、何故だか全然頭に入ってこない。


「で、一体なんの話をしてたんだ? 癒乃がどうとか言ってたけど」

「えっ!? それはダメ! 教えられない! 時雨には絶対!」

「なんだそりゃ? まあ教えたくないなら無理に聞かないけどよ」


 どうしよう。話を聞かなきゃ。わたしに関係のある話かもしれない。でも、何でだろう。言葉が出てこない。喋ろうすればするほど、何を喋ったらいいか分からなくなる。


「ところで……癒乃は一体どうしたんだ? 顔真っ赤だぞ」

「あっ! まさか癒乃ちゃん……!」

「なんか目線がぐるぐるしてるし、どうしたんだ? 聞いてみるか」

「あっ、今時雨が話しかけたら逆効果……」


 出雲がなんか焦ってる。何を話してたんだろう――ってあれ? 何で時雨がわたしに近づいてるの? 


「どうした癒乃? 熱でもあるのか?」


 え? なんでこんなわたしの顔の近くに時雨の顔があるの? どうなってるの?


「え……あ、う……」


 口からはこんな声しか出てこない。顔がさっきよりさらに熱くなってきた。そんなわたしに時雨は、


「どれ、ちょっとおでこ出せ」


 ピト。

 わたしの前髪を掻きあげ、自分のおでこをわたしのおでこに……。……おでこ? 時雨の顔が鼻先にくっつくくらいに、近い? ……………………え?


「〇■※×☆◎▲!?!?」

「うおっ!?」


 体の中が沸騰したような感覚に襲われた。もう顔どころか体中が熱い。

 それに、どう考えても人間の言葉じゃないものを発してしまった。恥ずかしい。すごく恥ずかしい。


「マジでどうしたんだ!? 一瞬で体温が上がったぞ! それに今の言葉はなんだ!?」

「地球外言語だったね……」


 時雨は驚愕を露にし、出雲は呆れたような羨ましそうな微妙な表情をしている。

 どうしよう。今すぐこの場から逃げ出したい。というか、逃げ出していた。


「えっ!? おい癒乃!?」

「癒乃ちゃん!?」


 呼び止めようとする二人の声を背に受け、わたしは行く宛も決めず廊下を疾走していた。



『一体どうしたってんだよ……』

『いや……、今のは時雨のせいだと思うよ……』

『は?』

『……はぁ……』


 ***


「……逃げ出しちゃった……」


  ベッドに顔を埋めながら、わたしはため息と共にそう声を漏らす。

 いくら恥ずかしかったとはいえ、いきなり逃げ出すのは失礼だったかな……。

 でも、いきなりあんなことをする時雨も時雨だと思う。今時女の子のおでこに自分のおでこを合わせるなんて、非常識じゃないだろうか。


「……結局、分からなかった……」


 そう、出雲からわたしの変な気持ちを聞くことも出来なかった。いい加減どうにかしないと、心臓がおかしくなりそうだ。


「……どうしよう」


 今度は杏奈に聞いてみるか。それとも、水無月先輩や暦先輩に聞こうか。……あまり期待できなさそうだ。

 先生に聞くのは恥ずかしいし……。時雨に聞くのは論外だ。誰かいないものか……。


「……! ……そうだ……っ」


 悩んでいるわたしの頭の中にある人が思い浮かんだ。

 わたしは急いで携帯を取りだし、その人の番号へ電話をかける。何度かコール音が鳴ったあとで、やっとその人は電話に出た。


『はーいもしもし! お祖母ちゃんですよー!』


 お祖母ちゃんはいつもと変わらぬ溌剌とした口調で電話越しにそう言ってきた。聞きなれたその声にちょっとした安心感を覚える。


「……あ、お祖母ちゃん……」

『どうしたのかな我が愛しの孫よ?』

「……あの、ちょっと相談が……」

『時雨君のことかな?』


 まだ言ってないのに、この人は何者なんだろう。


「……なんで……分かったの……?」

『そりゃあお祖母ちゃんは癒乃のことは何でも分かるからねー! 普通のことだろ?』


 どこが普通なのか疑問に思うところだ。まあ、分かってくれているのなら話が早い。


『それで、どうしたのかな?』

「……あの、最近……時雨を見てると……」

『ドキドキする?』

「…………!」


 またも言おうとしていたことを当てられた。そんなに分かりやすいのだろうかわたしは。

 それに、他の人にこうもはっきり言われると結構恥ずかしい。そんな気持ちが心臓の鼓動に表れていた。


『当たりだよね?』

「……うん」


 お祖母ちゃんのその確信を強く感じさせる言葉に自然と頷いてしまう。

 そんなわたしに、お祖母ちゃんは言葉を続ける。


『で、それがなんなのか教えて欲しいってことかい?』

「……うん。教えて……欲しい」

『やだ』

「……え……?」


 あまりにもあっさりとした拒否の言葉にわたしは一瞬呆然としてしまう。

 どうしてだろう? お祖母ちゃんはわたしの知らないことはいつも教えてくれたのに。なのに、どうして?


『……どうして教えてくれないんだ、って思ってる?』


 わたしの思いを電話越しに汲み取ったお祖母ちゃんがそう問いかけてくる。そこまで分かってるというのに……。お祖母ちゃんが何を考えてるのか分からない。


「…………うん。何で……?」

『だって、癒乃はもう答えを知ってるじゃん』

「…………?」


 どういうことだ? わたしはもう答えを知ってる? ますます訳が分からない。知ってるなら、わざわざ電話して聞く訳がないのに。


『今の癒乃の気持ちを言葉で説明してあげようか』

「……え?」

『時雨君を見てるとドキドキする。時雨君が笑うとこっちも嬉しくなる。時雨君と話してると楽しくなってくる』


 すらすらと、当人でもないのにわたしが今朝思っていたことをことごとく述べていく。この人は本当に、わたしのことはなんでも分かってしまうのか。


『そして、そばにいるだけで、幸せな気持ちになる』

「…………!」

『幸せな気持ちは、人生を素敵にするだろ? つまりはそういうこと。まあ、これが優しい優しいお祖母ちゃんからの特別ヒントだよ。それじゃ、またねー』


 それを最後にプツリと電話が切れた。


「……お祖母ちゃん」


 教えないとかどうとか言って、結局は教えてくれたようなものじゃないか。あの人はきっとクイズ番組の司会とかには向いてないな。

 でも、これでやっと分かった…………いや、気付いたというべきか。

 お祖母ちゃんの言う通り、わたしはもうとっくに答えを分かっていたんだ。でも、それに気づいてなかっただけ。


「……時雨……」


 名前を口にするだけで、顔が熱くなる。今鏡を見れば、きっとわたしの顔は赤くなっていることだろう。

 ああ……こんな風になるまで気づかないとは……。これじゃあ時雨のことを鈍いなんて言えないか……。

 こうして考えると、出雲の反応にも頷ける。本当、分かりやすい子だな。


「…………」


 そういえば、時雨にこの前のお礼をきちんと言ってなかった。多分時雨はそういうことは気にしないだろうけど、これはわたしの問題。そう、けじめだ。

 今から言いに行こう。でも、ただ言うだけじゃつまらない。……そうだ。お祖母ちゃんから教えてもらった、アレをしてみよう。きっと時雨も喜んでくれるに違いない。

 よし、そうと決まれば……


「……れっつごー」


 ***


「へ~、そんなことがね~」


 杏奈が呆れ顔をしながらどうでもよさそうに声を漏らす。

 放課後部室に行ってさっき起きたことを話したんだが、水無月先輩も暦先輩も今の杏奈と同じような顔をしている。何だか随分あっさりした反応だ。


「時雨君は本当にそういう話題に事欠かないのですね」

「ちょっとは自覚を持ったらどうなの?」


 先輩方の視線が痛い。そして話題って何の話題だ。自覚ってなんだ。訳が分からない。


「ま、言っても無駄なのは分かってるんだけどね……」


 考え込んでる俺を見て、水無月先輩が溜め息混じりにそう漏らす。だから人に向かって溜め息を吐かないで欲しい。

 そんな時、部室のドアがガラリと開いた。


「「「あ」」」


 入ってきた人物――たった今まで話題にあがっていた癒乃を見て、全員同時に声をあげる。


「…………」


 癒乃はそんな俺たちに何かを言うこともせずつかつかと歩み寄ってきた。俺の方に。


「……時雨、色々ありがとう」

「へ?」


 つい間抜けな声を漏らしつしまった。何でありがとうなんだ? 俺こいつに何かしてやったけ? そんな俺の疑問を読み取ったらしく、癒乃はいつもより若干はっきりとした口調でこう述べた。


「……お祖母ちゃんの件で、色々お世話になったから……」

「ああ、それか」


 何かと思えば、そんな三日も前のことを。別にわざわざ礼なんてしなくていいのに。案外律儀な奴だ。


「気にする必要ねえだろ。俺は大したことしてねえんだし」

「……そんなことない……っ」


 少しばかり強い口調で癒乃がそう言う。


「……時雨のおかげで……勇気をもらえた……っ。……強く、なれた……っ。わたしにとっては……凄く、大事なこと……!」

「んな大げさな……」


 やけに熱っぽく語る癒乃に、少し面食らってしまう。どうしたんだこいつ? 妙に声でかいし。顔もなんか上気してるみたいだ。もしや、まだ熱が……?


「杏奈ちゃん……! これって……!」

「ええ……」

「ヤバいわね……!」

「くすくす。面白いですね」


 出雲たちはなんかよく分からないことを口走っているから、助け船の期待も出来なさそうだ。


「だからっ……お礼しないと……気がすまない……! わたしの!」


 うわ、どうしよう。癒乃の奴目がギラギラしてる。これはもう何言っても無駄か。というか、礼ぐらい普通に受けとれば良かったんじゃん。


「分かった分かった。お前のその気持ちは分かったから。お礼は受けとるよ。どういたしまして、な?」


 これで文句無いだろう。癒乃もこの言葉を聞いて、ちょっと満足そうな顔を――


「……じゃあ、受け取って……」


――俺の顔に近づける。そして、


「ん……」


 右頬に物凄く柔らかい感触を感じた。



「…………はい?」


 何が起きた。なんだ今のぷにぷにした感触は。何で癒乃の顔が俺の顔のこんなに近くにある。何で癒乃の奴は顔を真っ赤に染めているんだ。


「な、なななっ……! ゆ、癒乃ちゃん……!」

「頬っぺに、ですって……!?」

「先を越されましたね、ミナ」

「どどどどういう意味!?」


 出雲たちのあの反応…………ああそうか。俺、今癒乃にキスされたのか。頬っぺに。


「……ってちょっと待てぃ!」


 あまりにも予想外な出来事につい叫んでしまう。

 おいおい。おいおいおい。おいおいおいおい。どうなっているんだ。どういうことなんだ。『頬っぺにキス』だと? それはアニメやマンガの中だけに出てくるものじゃなかったのか? それが現実で起きたというのか? マジで起きちゃったのか?

 答えを教えてくれ癒乃! 


「……やっぱり、恥ずかしい……」


 見ると、そう言ってさらに顔を赤らめる癒乃がいた。


 ああ……やっぱり、起きちゃったのか。そうかそうか。俺は頬っぺにキスされたんだな。あーびっくりした。

 さて、何とか落ち着きを取り戻せた。ったく癒乃の奴、恥ずかしいならやらなければいいのに。そりゃあ俺的には嬉しくもあるけど、同時にこっちだって恥ずかしいんだぜ?

 それに、普通お礼に頬っぺにキスは使わないだろうよ。固まりもするっての。

 そんなことを考えていると、


「ちょっと時雨ェッ!」

「どういうことなのかな!?」

「納得のいく説明をしてちょうだい!」


 杏奈、出雲、水無月先輩の三人が凄まじく恐ろしい剣幕で俺に詰め寄ってきた。いや、説明を聞きたいのは俺の方何ですがね……。そもそも何故怒っているんだ。


「まあまあいいじゃないですか。面白かったですし」


 絶賛憤り中の三人に、暦先輩は心底楽しそうな微笑みを浮かべながら宥めるように言う。この人、ついに人をからかうのを隠しもしなくなったか。腹黒女め。


「良くないわ! 全っ然良くないっ! だってキスよキス! いくら頬っぺにとはいえ、目の前でやられて平静でいられますかっての!」

「そうですよ! 私だってまだしてないのに!」

「あたしだってまだよ!」


 すいませんお三方、若干話の方向が逸れていってませんか? ていうか『まだ』してないって何だよ。する気があったって言うのか? そういうことは俺じゃなくちゃんと好きな相手とした方がいいぞ。


「…………じゃ、わたし……帰る」


 部室が喧騒になっていく中、この騒ぎの発端を起こした当人の癒乃がそろりとドアへ歩を進める。だが、


「「「待てぃっ!」」」


 出雲、杏奈、水無月先輩の三人が、そうはさせまいと見事なコンビネーションで癒乃の動きを阻止する。


「ひっかき回すだけひっかき回して逃げるなんて許さないわよ癒乃!」

「色々と説明してくれなきゃ困るんだから!」

「絶対逃がさないからね!」


 そのまま癒乃の体を捕らえようと三人の手が伸びる。が、


「何を騒いでいるのですか?」


 その背後から絶対零度を感じさせる声が聞こえた。

 出雲も杏奈も水無月先輩も、その声を聞いてピタリと動きを止める。やがて壊れた人形のように三人が首を回して振り向くと、そこには果たして、見るもの全てを恐れおののかせる悪魔の微笑みを浮かべた空巻先生が立っていた。


「廊下中にまで響き渡っていましたよ? あなたたちの声」


 にっこりと、あくまでにっこりとした笑みを崩さず淡々とした口調でそう告げる空巻先生。だが、その目は全く笑っていない。

 先ほどまで少し赤くなっていた三人の顔は、今はもう血の気が全て消え失せたが如く真っ青になっていた。


「何があったかは知りませんが、もう少し静かにしていただきたいものですね。はっきり言ってやかましいんですよ。私は今疲れているんですから、気分を害さないでください」


 とんでもないほどのエゴだ。流石空巻先生。と、そんな時。


「…………!」

「「「あっ!」」」


 三人が固まっている隙を見計らって、癒乃はするりと三人の間、そして空巻先生の横を通り抜けてそのまま走り去る。

 出雲たちは一瞬追いかけようとしたが、空巻先生がいるので早々に諦めた。命の方が大事だと思ったのだろう。正しい選択だ。

 それにしても、結局何であいつがお礼に頬にキスをチョイスしたのか分からなかったな。まあ俺としては役得という感じだが。

 理由は分からないが、可愛い女子にキスされて嫌な気がする男はそうそういるまい。うん。俺はラッキーだな。


「廊下は走るなと常々言っているのに……。魅鳴さんはあとで血祭りにしなければなりませんね」


 癒乃が走り去っていった廊下を見て、やれやれと言った風にため息をつく空巻先生。先生、廊下を走った程度で命を危険に晒されるのはどうかと思いますよ。


「まあ、今はそれは置いといて……」


 じろりと、空巻先生は出雲、杏奈、水無月先輩の方へ目を向ける。三人はその鋭い眼光を受け、一瞬びくりと体を震わせる。


「特別に選ばせてあげます」

「な、何をですか……?」


 唐突に言い出す空巻先生に、びくびくと体を震わせながらも出雲が質問する。そして、


「どの指の爪から剥がして欲しいか、です」

「「「い、イヤァァァアアア!」」」


 三つの悲鳴が部室に響き渡った。これに対して、俺も沙良先輩も気の毒そうな視線を向けるしかなかったことは、言うまでもないだろう。




『……お祖母ちゃん……わたし、やっと分かったよ……。恋の、大切さ……』


 そして、廊下の片隅でこんな呟きがあったことを。呟いた少女がとても幸せそうに笑っていたことを。

 誰一人として知らないのもまた、言うまでもないことである。


どうも水面です。


凄まじく遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。

夏休みの宿題に追われたり、文化祭の準備で忙しかったり、執筆してる暇がありませんでした。


〈時雨〉「言い訳がましいな、オイ」


はい。言い訳です。弁解のしようもありません。ホントにすいません。


では、前回言った通り、残りの三つと、もう一ついただいたのでそれも合わせて、合計4つやりたいと思います。


一つ目は黒鉄侑次様からで、「他のメンバーの印象」です。


〈時雨〉「全員呼ぶのか?」


そんなことしたらセリフを回せなくなります。


〈時雨〉「うおい」


ですから、事前に調べていたものを載せたいと思います。


では


方城時雨


出雲→天然な幼馴染み

杏奈→お嬢様っぽくないお嬢様

癒乃→大食い金髪碧眼ロリ少女

水無月→人を小バカにするよく分からないゲーマー

暦→腹黒女

翠→変態放送委員長

薊→バカな天才

菜奈→めっちゃ怖いけどホントは良い人(多分)

小夜→バカな姉


天崎出雲


時雨→かっこよくて頼りになる幼馴染み

杏奈→素直になれないのがかわいい親友

癒乃→ちっちゃくてかわいい親友

水無月→スタイルが良くて面白い先輩

暦→考えてることが読めないけど親切な先輩

翠→変態だけどすごい先輩

薊→バカだけど根は良い子

菜奈→すごく怖い先生

小夜→目障りなブラコン


標部杏奈


時雨→優しくて頼りになる

出雲→バカなところもあるけどいい友達

癒乃→味覚オンチだけどかわいい友達

水無月→胸にある無駄な脂肪以外は面白い先輩

暦→なに考えてるか分かりにくい先輩

翠→変態

薊→生意気なくそガキ

菜奈→怖い先生

小夜→話せば分かり合える人


魅鳴癒乃


時雨→一緒にいると幸せになれる

出雲→天然だけど一緒にいると楽しい

杏奈→素直じゃないけど優しい

水無月→スタイルいいのが羨ましい

暦→きれいな黒髪が羨ましい

翠→変な人

菜奈→怖い


稲波瀬水無月


時雨→一緒にいる時間がすごく楽しい

出雲→反応が面白い子

杏奈→油断できない子

癒乃→結構大胆な子

暦→信頼できる幼馴染みだが、あまりからかわないで欲しい

翠→話してると疲れる

菜奈→怒らせてはいけない人


沙良暦


時雨→見ていて飽きない

出雲→からかいがいがある

杏奈→照れた時がかわいくて面白い

癒乃→弄りたくなる

水無月→信頼できる幼馴染みであり、からかいがいがある

翠→話してると疲れる

菜奈→絶対に怒らせてはいけない人


風水翠


時雨→ハーレムお見事

出雲→天然娘

杏奈→ツンデレお嬢様

癒乃→金髪碧眼ロリっ娘

水無月→ホントはシャイなお姉さんキャラ

暦→腹黒だけどそこがいい

薊→ロリは人類の宝です

菜奈→デレる時が見てみたい

小夜→ノリが良い弟大好きお姉さん


湖倉薊


時雨→優しかったり怖かったり

出雲→バカ

杏奈→怖い

菜奈→すごく怖い


空巻菜奈


時雨→節度を知れ

出雲→勉強しろ

杏奈→敬語を使え

水無月→校則を守れ

暦→上に同じ

翠→ふざけすぎないように

薊→騙しやすいバカ


方城小夜


時雨→大好き♪

出雲→むかつく泥棒猫

杏奈→良い子

翠→面白い人


こんな感じです。


〈時雨〉「ただの悪口が混ざってないか?」


気にしちゃダメです


それじゃあ、次のテーマいきましょうか。


んじゃ時雨。消えてください。


〈時雨〉「なあ、その言い方どうにかならないのか?」


なりませんね。


〈時雨〉「ったく……」




時雨退出中




はい、退出しましたね。では、ゲストの三人どうぞ。


〈出雲〉「こんにちは! いつも呼んでくれてありがとね!」


〈癒乃〉「……ありがと」


〈杏奈〉「この三人だけってのは初めてね」


仲良し三人組ですね。


〈杏奈〉「で、今回のテーマは何よ? 前回みたいなセクハラまがいのだったら殺すからね」


〈癒乃〉「……杏奈、物騒」


まあまあ、今回はセクハラじゃありませんよ。

エドワード・ニューゲート様からで、「好きな人に言われたい台詞」です。


〈出雲〉「う……セクハラではないと思うけど、ちょっと恥ずかしいな……」


〈癒乃〉「……うん」


〈杏奈〉「まあ、この前よりはマシかもね……」


それでは順番にお願いします。


〈出雲〉「ええ~? うーん……。その、『お前が必要だ。俺の支えになってくれないか?』とか……?」


ほう……、中々ですな。


〈杏奈〉「あんたよく恥ずかしげもなく言えるわね」


〈癒乃〉「……すごい」


〈出雲〉「わ、私だって恥ずかしいんだよっ!」


ははは、では次、杏奈。


〈杏奈〉「あ、あたし? あたしは、その……あれよ、あれ。『手、握ってやろうか?』みたいな感じ……?」


結構乙女ですね。


〈癒乃〉「……かわいい」


〈出雲〉「人のこと言えないじゃん」


〈杏奈〉「う、うっさいわね!」


まあまあ。じゃあ次は癒乃さん、お願いします。


〈癒乃〉「……わたしは、ただ『好き』って言ってくれれば……良い」


おお、かわいい。


〈出雲〉「……なんか自分が恥ずかしくなってきたよ……」


〈杏奈〉「奇遇ね、あたしもよ……」


〈癒乃〉「……?」


色々と思うところがあるんでしょうね。


それでは、次のテーマに行きたいと思いますので、癒乃さんは退室お願いします。


〈癒乃〉「……分かった」


代わりに時雨君、戻ってきてください。



〈時雨〉「おう、やっとか」


〈出雲〉「それで、次のテーマは何かな?」


いえその前に、もう一人ゲストがいます。

どうぞ。


〈小夜〉「時~雨~! 会いたかったよ~!」


〈時雨〉「姉さんか」


時雨の姉、小夜さんです。


〈杏奈〉「こんにちは、小夜さん」


〈小夜〉「うんうん! 良い子だね!」


〈出雲〉「……けっ。ブラコンめ」


〈小夜〉「あれ? 変だな? 幻聴が聞こえるよ」


〈出雲〉「……にゃろう……!」


はいはい。ケンカはやめてください。

では、テーマはデルジャイル様からで、「好きなバンド」です。


〈時雨/小夜〉「レッチリ」


速っ!


〈杏奈〉「レッチリ?」


〈出雲〉「レッドホットチリペッパーの略。海外の有名なバンドだよ。もちろん、日本でも人気はすごく高いよ」


それにしても、ぴったり揃えて言うとは……流石兄弟ですね。


〈小夜〉「あはは、まあ当然だよね!」


〈出雲〉「ちっ……調子に乗りやがって……!」


〈杏奈〉「出雲、落ち着きなさい」


それで、出雲と杏奈はどうなんですか? 好きなバンド。


〈出雲〉「私はBUNP OF CHICKENかな? 良い曲が沢山あるもん。あと、RADWIMPSも好きかな」


あ~良いですね。わたしも大好きです。


〈時雨〉「俺も結構好きだぜ。確か姉さんも好きだったよな?」


〈小夜〉「泥棒猫と一緒なのは気にくわないけど……うん、好きだよ」


〈杏奈〉「話についていけないわ……」


では、杏奈さんは好きなバンドありますか?


〈杏奈〉「……特にないわね。そもそもバンドだってあんまり知ってるのないし」


そうですか。そりゃ残念。

では、次のテーマに行きたいので、出雲と杏奈は退室お願いしまーす。


〈出雲〉「はあ、これでやっとブラコンから離れられる」


〈小夜〉「それはこっちのセリフだ泥棒猫」


〈出雲〉「あぁ?」


〈杏奈〉「いちいち反応しないの。ほら、行くわよ」


〈出雲〉「う~……」




はい。退室完了ですね。


〈時雨〉「で、次はどんなテーマなんだ?」


〈小夜〉「気になるね」


え~と……オリーブドラブ様からで……「時雨という名の由来」です。


〈小夜〉「っ……!」


〈時雨〉「俺の名前の由来? 知らねえな……。両親といた頃の記憶は全然覚えてないからな……。姉さんは知ってるか?」


〈小夜〉「し、知らないよっ! 全然! うん、全然、全く知らない!」


〈時雨〉「……姉さん? なんか挙動不審だぞ?」


〈小夜〉「きょ、挙動不審なんかじゃないよ! 私、もう帰るねっ!」


〈時雨〉「へっ? あ、おい姉さん!? どこ行くんだ!?」



…………



さて、二人とも帰ってしまいましたね。

このテーマはちょっと地雷だったみたいです。

時雨の名の由来は、いずれ本編で明かされます。その時まで待っていただければと思います。


では、トークテーマを送ってくれた黒鉄侑次様、エドワード・ニューゲート様、デルジャイル様、オリーブドラブ様、ありがとうございました。


ご感想とトークテーマ、いつでも受け付けていますので、どうかよろしくお願いいたします。



それでは、次回予告です。




〈次回予告〉


ある日理事長室に呼ばれた俺たち


そこに、とんでもない奴が表れ、とんでもないことしでかし、とんでもない事態が起きた


あれは、絶対に思い出したくない……



次回 禁断の呼び名と謎の友情





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ