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方城時雨の奇妙でイカれた学園生活  作者: 水面出
序章 -始まるは、日常-
35/46

ep32 想いとけじめ

遅くなってすいません。


第32話です。


お楽しみください。



「ちょっと時雨」


キッと、隣に座っている杏奈は鋭い目付きで睨みながら、俺にやや強い口調で呼び掛けてくる。

正直に言おう。怖い。


「ど、どうした?」


そう、俺が畏縮気味に問うと、今度はぐいっと俺の顔の目の前十センチほどまで顔を近づけて、なおも睨みながらこう訊いてきた。


「何で癒乃が泣いてたのよ。あんた泣かせたの?」


「いや……断じてそんなことはしてねえんだが……」


「嘘じゃないでしょうね?」


「嘘ついてどうすんだよ……」


そう答えると、まだ完全ではないが納得したらしく、近づけていた顔を戻して、杏奈は自分の座席に座り直した。

杏奈がこんな感じでいる原因は、俺というか、癒乃というか。

何とか癒乃を泣き止ませて一緒にバス停に向かった俺だったが、既に来ていた空巻先生の車の窓から顔を出した杏奈が、癒乃の赤くなった目と涙の跡を見て、訝しげな反応を示した。それで、車に乗っている中、今のような質問――どちらかというと詰問に近い――をしてきたのだ。


(俺って、そんなに女子を泣かせるような奴に見えるのか……?)


心の中でそう疑問の声をあげる。

思うが、別に自分は女子を泣かすようなタイプではない気がする。もちろん、泣かせた回数がゼロという訳ではない。小学校の頃に、何度か些細なことで同級生の女子を泣かせてしまったことだってある。

だが、それだけ。本当に数えることができる程。それに、そういったことに関しては自分なりに考えて行動してきたつもりだ。

それなのに、先ほどの杏奈の言葉と睨みだ。軽くショックを受けてならない。いや、別段「自分は女子に優しい」などと自惚れている訳ではないのだが。それどころか、俺は気に食わない奴には女子だろうが子供だろうが容赦しない質だ。自分でも分かっている。

それでも、そういう風に狐疑されるのは、正直虚しいというか遣りきれないというか。とにかく、やめていただきたいものだ。

まあ、杏奈には言っても無駄だが。

そう思っていると、助手席に座っている出雲が顔をこちらに向けて、どこか安心感を感じさせる笑みを浮かべながら言った。


「大丈夫だよ杏奈ちゃん。時雨は女の子を泣かせるようなことはしないもん」


救いの手とはこういったものを言うのだろうか。流石は幼馴染みと言ったところか。中々のナイスフォローだ。心の中でお礼を言っておこう。ありがとう。

そして杏奈はというと、何を思ったか面倒くさそうにため息をつく。


「別に、あたしだって本気で時雨が癒乃を泣かせただなんて思ってないわよ」


「そう思ってるならさっきみたいな質問するなよ」


「あたしの勝手でしょ」


杏奈はむすっとした表情で素っ気なくそう言う。いや、そうかも知れないけどさ。もう少し言い方考えて欲しいというか、愛想を良くして欲しい。


「あなたたち、もう少し緊張感というものを持ったらどうですか?」


今度は運転席に座っている空巻先生が、こちらの方を見ずに、呆れた様子でそう言ってくる。きちんと前を向いて余所見しないのは正しい判断ですね。運転も安全運転だし、今日の空巻先生からは妙に安心感を覚える。

というか、今更だけど免許持ってたんだな、この人。あまり車を運転するようなタイプには見えないので少し意外だ。

いやホント、普段のこの人からは想像できないような“頼れる先生オーラ”を醸し出している気がする。


「方城君、下らないことを考えるのは自重してください」


「そうだよ時雨!こんな大変な事態なのに!」


「ちょっとは癒乃に気を遣いなさいよ。バカ」


何も三人で寄ってたかって言わなくてもいいと思う。というかまず読心術をやめていただきたい。

だがまあ、言っていることは正しいので、そうするようにしよう。


「…………」


そして癒乃はというと、先ほどから一言も喋らず、目を閉じながら杏奈とは逆方向の俺の隣に静かに座っている。


「「「…………」」」


そんな癒乃の様子を見た、俺、出雲、杏奈の間に微妙な空気が流れる。なんと言うか、いたたまれない。

そんな中で、依然涼しい顔で運転を続けている空巻先生はやはり色々すごいと思う。


「……なに?」


俺たちの視線を感じ取ったらしく、癒乃は閉じていた目をゆっくりと開け、小さな声でそう訊く。


「え……あ、えっと……」


「その、ね……?」


出雲も杏奈も、急に問われたためか歯切れを悪くする。言いたいことがあるならはっきりと言えばいい、と言いたいが、二人の今の心境を考えるとそうもできない。こいつらなりに気を遣っているのだろう。

全く、人に気を遣えとか言ってるくせに、自分たちも苦手じゃないか。まあ、そんなことを責める気なんて、これっぽっちもないけど。

当の癒乃はそんな二人を見て小首を傾げていたが、やがてぴんときたようで、ふうと小さく息を漏らす。


「別に……気遣ってくれなくても、いい……」


「で、でも……お祖母ちゃんが心配なんじゃない、の……?」


「そ、そうよ。頼ってくれてもいいんだからね……?」


躊躇いがちに言う出雲と杏奈に、癒乃は目を閉じ、首を小さく横に振る。


「平気……ありがとう……。……確かに、お祖母ちゃんは……心配……。けど……」


そこで、目を開けて俺たちを見る。


「信じてるから」


癒乃は、普段感情が窺えないその透き通った碧い目に、今は強い意志を宿しながら、しっかりとした口調でそう言った。もう、畏れも迷いも感じられないその姿には、「凛々しい」という言葉がよく似合うだろう。

どうやら、俺が伝えたことは無駄にならなかったようだ。

そんな癒乃を見て、出雲と杏奈は一瞬きょとんとするが、すぐに安心したように微笑んだ。空巻先生も、運転席にいるので表情の全ては見えないが、その口許には笑みを浮かべている。

俺も、無意識のうちに顔を綻ばせていた。


「言うじゃないですか魅鳴さん。その気持ちを汲んで、少し『急ぎ目』に走ってあげましょう」


今度はニヤリと、空巻先生はいつもの嗜虐的な笑いを見せる。俺たち四人はそれを見て、全員例外なく嫌な予感がしただろう。そしてその予感は、外れない。

――刹那、俺は自分の体ががくんと後ろに引かれるのを感じ、何が起こったかも分からずに体勢を崩す。


「「きゃあああっ!?」」


「ひゃっ……!」


聞こえてきたのは出雲と杏奈のよく響く悲鳴。それに隠れて、癒乃の小さな悲鳴も。見ると、三人も同様に体勢を崩していた。


「飛ばしますよ。しっかりと掴まっていてください」


言うの、遅くありませんか?

そんな思いも虚しく、空巻先生は強く踏んでいたアクセルをさらに力を込めて踏み込む。速度メーターが一瞬にしてマックスまでいったのが見えたような気がしたが、そんなこと気にしている余裕などない。

出雲は体を後ろに向け、助手席のシートにこれでもかと言わんばかりの力でしがみついている。

俺の両隣の杏奈と癒乃は、何を思ったのか、二人とも俺の体にギュッとしがみついてきた。普段なら女子特有の柔らかさと甘い匂いに少なからず脈拍数が上昇するが、いかんせん今はそれを気にする余裕もない。

二人にしがみつかれている俺は、どこにもしがみつくことができない。故に仕方なく足の力だけで踏ん張ることにする。もちろん、杏奈と癒乃の体をしっかりと両腕で支えることも忘れない。

さて、この動作を一秒で終えた俺だが、本当にぎりぎりだった。

次の瞬間には、空巻先生の車は爆発的なスピードで加速し、俺たちは再び急激に体を後ろに引かれる感覚を覚える。


「さあ、どんどん行きますよ」


そんな中でも、やはり空巻先生だけは平然としており、ハンドルを巧みに操って次々と他車を抜かしていく。もちろん、スピードは一切落とさずに。


(てか、普通にスピード違反だろ……。それに、信号に当たったらどうするんだよ……)


そう心配するが、何の偶然か、空巻先生の車が通る時は必ず、信号は青色を映していた。ここまで来ると、信号の方が空巻先生に従っているのではないかと思えてくる。


(流石は空巻先生、って感じか?無生物をも恐れさせるとは……)


両隣の二人を抱き抱え、足で踏ん張りながらも、そんな下らないことを考える。

だが、もう次の瞬間にはそれは心のどこかへと消えて、代わりに冷やりとしたものが背中を伝った。


――曲がり角。

三〇〇メートル程先に見えたのは、ちょうど突き当たりを右方向に曲がっている曲がり角。しかも中々の急カーブ。

このスピードで走っていったら、もう数秒とかからないだろう。このまま突っ込めば、車ごと大破だ。

とりあえず、何かを策を考える前に、俺は大声を出していた。


「空巻先生!!カーブ!!スピード落として!!」


杏奈と癒乃の、俺の体にしがみつく力がと強くなる。出雲はシートにしがみつき、目をきゅっと閉じながら震えている。

やばい。もう百メートルもない。

思わず俺も目を閉じる。


「大丈夫ですよ」


空巻先生のその声を聞いて、その後すぐにまた違う音がした。


(何だ?)


キャアアアアア!と異常に高く、耳障りな音。何かを強く擦り合わせた時に出るような音。女の悲鳴にも似たそれ。


(――スキール音!)


目を開けると、車は曲がり角にぶつかるなんてことにはなってなかった。曲がっている。その特徴的な音を響かせながら。

体に、強烈なGがかかってくるが、不思議と気にならない。それくらい、衝撃的だった。


「ドリフト走行、かよ……」


そうポツリと呟く。

ドリフト走行。詳しいことは知らないが、急カーブ時にタイヤのスリップを利用して曲がる技術。やるには、アクセル、ブレーキやサイドブレーキ、さらに細かいものも正確に操つらなければできないと言われる。

とにかく、素人が簡単にできる技術じゃないということだ。

それを、空巻先生は普通の運転と何ら変わらない様子でやってのけた。


(マジで何者なんだこの人……)


俺はそのことだけが頭の中を渦巻いていた。

それから先の記憶は、あまり思い出せない。というか思い出したくない。

ただ一つ覚えていることは、空巻先生から「着きましたよ」と言われた時に、俺を含め四人全員の顔が真っ青になっていたことだけだった。




「お母さん……っ!」


そう言って、癒乃は病室の前にいる人物――癒乃の母親とおぼしき女性の下に駆けていく。


「ああ、癒乃ちゃん。来てくれたのね。それと……あなたたちは癒乃ちゃんのお友達?」


癒乃の母親は、俺たちに目を向けながらそう訊いてくる。


「ああ、はい」


「そう。私は癒乃ちゃんの母の、魅鳴 癒真ゆまです。『癒真さん』でいいわ。よろしくね」


癒乃の母親――癒真さんはそう言って、にっこりと微笑みながら俺を見上げてくる。癒乃程ではないが、この人もまた背が低いからだ。

癒真さんは癒乃のように金髪でもなければ碧眼でもない。日本人らしい、普通の黒髪と黒い瞳。そして体型の方も、古き良き日本人体型。

顔立ちは幼さを大分残してある、所謂童顔だ。さらにポニーテールという髪型が相まって、実際の年齢より若く感じさせているだろう。一見中学生に見える程に。そしてもう一度よく見ても、中学生に見える程に。


「わざわざ来てくれてありがとうね」


「いえ、どうぞ気にせず」


見た目は中学生だが、その落ち着いた佇まいからは大人の雰囲気を感じる。

というか、自分の母親が倒れたって言うのにやけにのんびりしている気がするが、癒乃の祖母さんの容態はどうなんだろうか。その疑問を口にしたのは他でもない。癒乃だった。


「お母、さんっ……お祖母ちゃん、は……?」


「ああ、それなんだけど……」


「お?――おお!癒乃~!癒乃じゃないか!」


やや困り顔の癒真さんが答えようとした時、俺たちの後方から大きく若々しい声が聞こえてきた。

振り替えってみると、金髪碧眼で長身の高校生くらいの女子が、人懐っこそうな笑みを浮かべて立っている。ブレザーがよく似合いそうな感じだ。

そして、その女子はそのままこちらへ駆け寄ってくると、むぎゅっと癒乃に抱き着いた。


「久しぶり~!三ヶ月ぶりくらいか~?学園は全寮制だからなー、電話で声しか聞けなかったから寂しかったんだぞー?こいつめ!たまには家に帰って来いー!」


「――え?え……?」


鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている癒乃だが、その女子は気にせず抱き着いたまま癒乃にすりすりと頬擦りしている。

俺たちも突然のことにただ呆然と立ち尽くしているしかない。癒真さんは困ったように苦笑いをしている。


(一体誰なんだこの女子……?。癒乃の知り合いではあるみたいだけど……)


俺のこの疑問は、癒乃に次の言葉が答えとなった。



「お……祖母、ちゃん……」


――――は?


「お、お祖母さん……?この人が、癒乃の……!?」


「え、えええええっ!?」


杏奈は満面驚愕の色に染まり、出雲はここが病院だってことを忘れているのではないかというくらい大音量で驚愕の声をあげる。無理もない。俺なんか驚き過ぎて声もあげられなかった。

さて、状況を整理しよう。

癒乃の親から癒乃の祖母さんが倒れたというのを聞いて、俺たちはこの病院についた。そこで、先に病院に居た癒乃の母さん――癒真さんに会った。ここまではいい。

では、今俺たちの目の前で癒乃に抱き着いている人物。金髪碧眼でどう見ても高校生くらいにしか見えない女子を、癒乃は「お祖母ちゃん」と呼んだ。

これは一体どういうことだろうか。いやよく考えれば、迷う必要なんてない。受け入れろ。世の中信じられないことなんて星の数ほどある。

受け入れるんだ。この人物は、間違いなく、現在危篤中である筈の、癒乃の祖母だということを。


「若いってレベルじゃないわよこれ!?魔女じゃあるまいし!」


「ていうか普通に出歩いていいの!?持病の発作で倒れたんじゃなかったの!?」


全く驚愕が冷め遣らぬ杏奈と出雲は、最もな疑問をあげる。

特に出雲のそれについては、癒乃も同じことを思っているらしく、目をぱちくりとさせて未だ状況が呑み込めないでいた。


「あの……お祖母ちゃん……?体は……いいの……?」


「んー?あーそれね。持病の発作じゃなくて、ただの食あたりだったっぽい」


「「「「……はい?」」」」


俺、出雲、杏奈、癒乃の声が重なる。俺たちは今、きっと全員同じ顔をしていると思う。

だが癒乃の祖母さんはそれを全く意に介さず、笑いながら言葉を続ける。


「いや~、昨日食べた鯖に当たったみたいでね。死ぬほど苦しくってさ、その私の様子を見た癒真がなんか持病の発作と勘違いしてねー」


「あの苦しみ方を見たら誰だってそう思います。お義母さん」


「しょうがないじゃんかー!ホントに苦しかったんだから!」


そう言って癒乃の祖母さんは唇を尖らせる。


「ま、という訳だから、心配かけちゃってごめんね癒乃。あと癒乃の仲間たち」


「…………」


癒乃は何も言わない。いや、「言えない」の方が正しいか。当たり前だ。倒れたって聞いて心配して来たのに、ただの食あたりというオチとはな。嘗めてんのかこの人。


「つまり……俺らの心配損だったと……?」


「おお、その通りかな?君たちには悪いけど」


さらりと返してくる。どうしよう。本気で殴りたい衝動が湧いてきた。お年寄りは労らなくてはいけないとあるが、そんなものどうでもいい。というかこの人は本当にお年寄りなのかということも疑わしい。

というか、見てると無性に腹が立ってくる。


「……ちょっと、すいません……」


「ん?何かな?。……あ!もしかして、君が時雨君かな!?」


「……そうですけど」


「癒乃から電話で話は聞いてるよ~!うんうんうん!生で見るとホントにイケメンだな~!私もあと四十歳くらい若かったらな~!いや惜しいことをした~!」


――――。


体温が、急激に冷めていく。


あまりにもからりと、何事もなかったかのような態度。

さっきまでの俺たち、さっきまでの癒乃とは、まるで温度が違う態度。

泣いていた者の気持ちを知ろうともしないで笑っている、その、態度。

何かが、腹の底から沸々と湧いてくる。

納得できない、何か。


「おい。あんた」


「ん?……どうしたの?怖い顔して」


俺の雰囲気が変わったことに気づいた癒乃の祖母さんが、やや訝しげな顔で訊いてくる。


「何で、そんなに笑ってられんだ?」


「え……?」


「……時雨……?」


癒乃の祖母さんと、さらに癒乃がどういう意味だという目で俺を見てくる。――いや、二人だけじゃない。出雲も、杏奈も、癒真さんも同様の視線をこちらに向けている。

ただ一人、空巻先生だくは、俺の言いたいことを見透かしているような鋭い目を向け、何も言わず壁にもたれ掛かっていた。


「あんたが倒れたって知らせを聞いて、癒乃がどんな気持ちになったか知ってんのか?……泣いたんだぜ、こいつは。あんたのために」


「時雨……?なに……言って……」


「悪い癒乃。言わせてくれ」


「ぇ……あ、うん……」


癒乃は戸惑ってはいたが、それ以上何も言うことなく静かにしてくれた。

――さて。

俺は癒乃の祖母さんへと視線を戻す。


「俺は、あんたが無事で良かったと思ってる。危篤だと聞いて、癒乃ほどじゃあないが心配していたから、正直安心した。多分これは、出雲に杏奈、それに空巻先生だって思っていることだ」


このことは、絶対そうだと言い切れる。出雲と杏奈は言わずもがな。それに空巻先生だって、根は誰よりも生徒と、その家族のことを思っている教師の鑑だ。

そんな者たちなら、これくらいのことは当然だ。

そして何より


「そして何より……癒乃が一番あんたを心配していた。癒乃があんたのことを一番思っていた。じゃ無かったら、こいつは泣いたりなんかしねえ」


「…………」


癒乃の祖母さんは先ほどから何も言わず、ただ俺の目を見てくるだけである。何を考えてるのか知らないが、そんなことはどうだっていい。


「危篤だと聞いてたあんたが、実はただの食あたりで、大したことなかった。いいじゃねえか。晩飯あたりの話のネタになる中々面白いことだ。――けど、それで終わりかよ?今笑っていて楽しければ、それまでに泣いてた奴のことはどうでもいいのかよ?」


静かな病院内の廊下で、俺の声だけが響き渡る。


「……そうじゃねえだろ。なあ?……笑い話になるのは結構だけどよ……その前に、けじめをつけろよ」


「けじめ……?」


今まで黙っていた癒乃の祖母さんが初めて口を開く。


「別に、あんたのことを心配した人たち全員にとは言わねえよ。だけど……癒乃には……、あんたのために涙を流した癒乃には……、あんたを信じた癒乃にだけは…………きちんと謝って、礼を言って、けじめをつけろ!でなきゃ……あんたに今回のことを笑い話にする資格なんざねえ!」


「っ……!」


怒号とも言える俺の声は、病院内の隅々まで響き渡っただろう。あとで怒られるかもしれない。けど、それくらい別にいい。言いたいことを言えたのだから。


「…………」


誰も喋らない。ただ、沈黙だけが流れていく。一分ほどたったくらいか、ようやく口を開いたのは、言うまでもない。癒乃の祖母さんだった。


「まさか……この歳になって、こんな若い子から教えられることがあるなんてね……。私もまだまだだな~……」


少し自嘲的な笑みを浮かべる癒乃の祖母さん。だが、すぐに真面目な顔つきへと改める。


「時雨君、君の言う通りだ。私はちょっとばかり軽く考えすぎてたみたいだよ」


「いえ、分かってくれたんならそれでいいです。俺も、生意気な口利いてすいませんでした」


「別にいいよ。悪いのは私なんだしね。さて、それじゃ……」


そこで、癒乃の祖母さんは癒乃の方を見る。癒乃はどこか緊張した面持ちで見返していた。


「心配だったかな?」


「…………」

癒乃は黙って俯く。


「……ごめんね……心配かけて……」


「別に……無事なら、いい……」


癒乃は少しそっけない態度で言葉を返す。その様子を見て、癒乃の祖母さんは困ったような顔になる。


「やっぱり怒ってる……?」


「怒って……ない……。ただ……」


「ただ?」


「……時雨の、言うとおり……。こっちの身にも……なって欲しい……。心配が……無駄になった、気分になる……」


「そんなことないよ」


唐突に、癒乃の祖母さんは癒乃の体を抱き締める。先ほどのそれとは全く違う。限りなく優しさを感じさせるものだった。


「無駄なんかじゃないよ。私、すごく嬉しいから」


「え……?」


「癒乃が……私を心配心配してくれて、私のために涙を流してくれて……。だってそれって、癒乃に愛されてるってことじゃん」


「そ、それは……」


癒乃が気恥ずかしそうに目を逸らす。癒乃の祖母さんはそれを見て嬉しそうに微笑む。そして――



「ありがとう」


「…………うん」


よく見えなかったが、癒乃はその目にうっすらと涙を浮かべ、優しく抱き締め返した。

端からすれば、金髪碧眼の女子校生と女子小学生が抱き締め合ってるようにしか見えないのだが、そこには確かに、家族の絆を感じさせるものように思えた。

それに、今の涙なら、全く問題ない。泣きたい時は泣けばいい。泣きたくない時は泣くな。

これは、どちらにも当てはまらないな。俗に言う嬉し涙って奴か。

ま、こればかりは俺が口出しできるものじゃないか。


俺は、俺たちは、その家族の絆と、温かさを感じさせる光景を、ただただ、見守っていた。



…………。


〈出雲〉「なんか作者さんが暗くない……?」


〈時雨〉「またトークテーマが一つも来なかったんだとさ」


〈出雲〉「そうなんだ……」


〈時雨〉「まあ、テーマがないと俺たちとしても暇な訳だ」


〈出雲〉「確かに……ちょっとさみしいね」


〈時雨〉「だから、これを読んでる読者の皆、図々しい頼みだとは思うが、何でもいいからトークテーマを送ってくれないだろうか?作者がこうだと俺たちも困る」


〈出雲〉「ホント、どうかお願いします!一握りの同情を私たちに!」


〈時雨〉「できればでいいから。どうか、よろしく頼む」


〈出雲〉「それじゃ、次回予告だよ」




〈次回予告〉


一件落着した俺たちの前に現れたのは、意外な人物だった


それにしても……癒乃の祖母さんは何を言ってるのか……?


次回 アイアンクローとフラグメイカー



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