第1話:貴女以外にいないんだ
「クスクス」
「クスクス」
「クスクスクス」
「クスクス」
この私に向けられれている嘲笑は、私の年齢に対してだろう…
一年に一度集められる上位貴族会議に代理で出席した私は、夜の舞踏会にも参加させられていた。
澄んだ蒼い空を思わせる瞳と、色の薄いブロンド。長さは膝まである。切ろうとすると父上に縋りつかれて止められてしまう。
令嬢は髪を大切にしなさい…と
その父は、この場にいらっしゃらない。
「お久し振りです、ミネルヴァ嬢」
「…ニュクス伯爵夫人。ご無沙汰しております」
「何学年も先輩に当たるミネルヴァ様を、今も嬢でお呼びすることになるとは思いませんでした」
幼年学校で二学年下だったニュクス伯爵夫人。
学生時代は何かと面倒を見てあげたものだけど…
「まだ婚姻されていないとか、学園でも女神とまで謳われていた美貌のお方が…」
「ニュクス伯爵夫人、この御婦人は?王都でお見かけしませんけど」
「ミネルヴァ・ド・ヴァルシス辺境伯令嬢。私の学生時代のお姉さまですわ。自領にいらっしゃるので私もずっとお会いしていませんでした」
「ニュクス様のお姉さま?では…」
そう言ってバル・ファンで口元を隠す。
笑っていることなどお見通しよ。
「今夜は舞踏会です、良きお相手に出会えますこと願っておりますわ」
そういって慇懃にお辞儀をして去っていった。
私だってわかっているわ。
先日20の齢を迎えてしまった。辺境伯令嬢が行き遅れるなんてどれだけ恥かなんてこと。
だから、こんな席なんかに出たくなかった。
ザワザワザワ。
会場は最後の招待客を迎えるようだ。
この舞踏会の主役、国賓として訪れられている隣国の王太子。
「プレディアウス王国。王太子クロード・ド・プレディアウス殿下ご来場」
高々と名前が呼びあげられる。
濡れそぼるような黒髪に、黄金の瞳。
凛々しさもあるが、幼さも残る容姿。
先日成人を迎えたという話が流れていた若き次代の隣国国王。
歳若い令嬢たちが浮き足立つのが見える。
隣国の王太子が態々、舞踏会に出席するのだから、十分に王妃として召される可能性もある話だろう。
だけど、私は目を逸らした。
怒りの感情が高ぶって見ていることができない。
王族も出席している宴の席だ。抑えなければいけない。
月明かりが、私の影をはっきりと映し出す。明るく大きな月が夜闇を照らしている。
まだ初秋だというのに、王都の夜は冷えていた。
窓を一枚隔てた舞踏会会場は喧騒に満ちているが、私がいるバルコニーは静かだった。
ダン!
私は、バルコニーのバリュストレードに両手をつくいて、項垂れた。
(まさか20歳という年齢で、若いご令嬢が眩しく見えるなんて…)
キャピキャピと、隣国の王太子や高位貴族の子息に集団で移動するご令嬢方に圧倒されてしまった。
既に自分には出来ないことなので、寂しくもあり後悔もある。
取り敢えず陛下の挨拶が終わった。
ダンスにエスコートされるだろう筈もない私は、バルコニーに避難することにした。
ここで終わりまで時間を潰せばいい。
「ミネルヴァ嬢こんなところに居たのかい?」
そう思っていたら声をかけられた。
振り向くと、我が国の王太子が立っていた。
私はドレスを摘み上げると、片足を引いて膝を曲げた。
「ジャスティン殿下、ご沙汰しております。ですが、嬢はやめて頂けますか…とても居心地が悪いです…」
フッと優しい笑顔をたたえられる。
黄金の髪と、アメジストのような瞳。背の高い素敵な方だ。
ジャスティン殿下は、学生時代の先輩にもあたり生徒会でご一緒させていただいたお方だ。
「貴女が私を何時までも待たせるからこんなことになったのだろう?」
殿下は少し悪戯っぽく首を傾げた。
「何をおしゃられるのですか。
ジャスティン殿下は既に婚姻されているではないですか。
仲の良いこともお聞きしていますよ」
「君が来てくれないから…立場上、どうしようもなかった…」
そういって私の手を優しく取る
薄く口づけると
私を見つめた
「既に妃を娶った身で申し訳ないと思う。だが私の第二王妃枠は君に空けてある。貴女以外に側室を娶るつもりはない。貴女以外にいないんだ」
「勿体ないお言葉です…」
私は心が張り裂けそうな気持ちになる、学生時代には正妃にとも言ってくれていたのだ。
それに応えもせずに、行き遅れた私にここまで言ってくれる、請われてくれる…
「プレディアウス王国」
私の翳る表情を見てジャスティン殿下は言った。
「今日、国賓で訪れられているが、我がラムリア聖王国は攻められ幾つもの街が蹂躙された」
「はい」
「君の家、ヴァルシス辺境伯家は、プレディアウス王国と接していたために、この6年戦ってくれた。
君自身すら、鎧をその身に纏って戦場を駆けていたとことも報告で目に止めていた…」
「お、お恥ずかしい限りです…」
私はばつが悪く上目遣いに殿下を見る。
「心臓が何度も止まりそうになった」そういってご自身の胸の服を掴まれる。
「父は、現在停戦直前の戦いで怪我を負いました。
すみません。停戦になったのにまだ感情を整理できずに」
「貴方の6年を私は、尊いと理解している。いや、君のおかげでこの国は平和でいられたんだ。
先ほども見ていたよ、若い令嬢や夫人方が君をどうみていたか…
誰のおかげで、安穏でいられたのか教えてやりたかった」
「殿下…」
優しく、繊細な物を壊さないように優しく抱きしめられる。
「もう、私は随分と待ったよ…」
私は、顔を殿下の胸にうずめられられ状態で、上から甘い声をかけられる。
「殿下…」
嗚呼、嗚呼…私の手も殿下の背中へと伸びる。
「クロード殿下」
私の手が殿下に届く前に、声がかかった。
殿下に使える近衛騎士のようだ。
「何か」
「王太子妃殿下がお呼びです」
殿下は少し考えると「今行く、そう伝えておいてくれ」そう答えた。
「貴方の答えを聞きたいんだ。今度時間をとるそのときに聞かせてくれると嬉しい」
私に向き直り、そう言って、また手に口をつけると踵を返した。
私は口つけられた手をもう片手で大事そうに添えて額につけた。
直ぐにその手の中に入りたい気持ちはある…
でも、先の戦いで父は伏していて、永い戦いで疲弊した領地を何とかしなければならない。
それが出来るのは私だけなのだから…
俯き気味に、冷えたバルコニーから会場へと戻る。
ダンスが続いており、曲が途切れたところだった。
「宜しければ、次の曲を私と踊って頂けませんか」
俯いた顔に手が差し伸べられる。
視線を上にあげると。
黒髪に、黄金の瞳。隣国のクロード王太子殿下だった。
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