決意
そしたらカツン、と足音が近づいて、
「さっそくの仕事だったようだな。見事な活躍だ」
《治安維持対策本部》の局長である神代総司だ。局長という役職者がわざわざ現場に赴くのは普通ないだろうが、娘の安否確認に加え、エルゼの初仕事をねぎらいに来たのだろう。他の隊員たちが男の身柄を拘束する。
「どういたしまして。珈音、どこか痛いところや怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
「それはなによりです」
エルゼは柔和にほほ笑むと、そうして改まって総司を見て、
「局長、決心できました」
「ん?」
「《楔》の残り六名を捕らえて、――私も罪を償います」
「そうか。嘘じゃないだろうな」
総司の顔にはほころびのようなものが見えた。
「もちろんです、嘘じゃありませんよ。この街での悪事だけではなくて、スパイの活動すべての罪をです」
「ちなみに償うとは、君は死を望んでいるのか?」
「い、いえ……そうとまでは言っていません。たとえば無期懲役囚として、公安に一生協力するというのは……どうでしょうか? スパイで培ったスキルは役に立つと思いますよ?」
ちらっと上目遣いを向けるエルゼ。
「ふ、なかなかの性格をしているな」
「していなければ《反旗》なんてコードネームは付けられませんってば。あぁ……、だから私は裏切られたのでしょうか」
「何にせよ、君が罪を償い続けるのは構わない。ああ、約束だ。君の活躍、期待しているよ」
珈音は総司とパトロールカーで帰ることになり、エルゼだけが帰宅した。
「おい」
総司は命令した。――逮捕した男に。
「レイ・フォーゲルに電話を繋げろ」
英語で伝える。男はしかめっ面で応えるものの、総司の鋭い睨みに負け、渋々とスマートフォンを取り出し、操作してから総司に渡した。
『どうした? 電話は盗聴されると伝えたはずだ。……まさか、何かあったか?』
スピーカーから聞こえたのはドイツ語を話すハスキーな女の声。
ドイツ語など全く理解しない総司は、英語ではなく、あえて日本語でこう伝えた。
「お前たち《楔》はこの《治安維持対策本部》が、街の威信をかけて必ず捕らえる」
『……。誰だよ、あんた』
日本語で返ってきた。
返答は短いが、流暢だった。
「公安の者だ」
『電話の持ち主はどうした? 捕まったのか?』
「ああ。エルゼが捕まえてくれたよ。すごく優秀だ、味方にいてくれると助かる」
『なに言ってんだ、あんた。……エル、ゼ?』
言葉の端に不安のトーンが垣間見えた。動揺している。総司は聞き逃さない。
「たった今、エルゼが私に宣言してくれたよ。《楔》の残り六名を全員捕らえる、とな。レイ・フォーゲル、お前も含めて」
『いやいや! エルゼに何をしやがった!? あたしらを捕まえる、だって!? そんなのありえない! ありえねぇって! 洗脳したのか? 薬漬けにしやがったのかッ? 名乗れよ、あんた。エルゼに手を出したら本気で潰してやる』
「“潰す”、とは。上品な物言いだな。ああ、潰すとは言わず殺しに来ればいいさ。ぜひ待っている」
「あ?」
「お前たち六人は死刑台に立ってもらうことになるだろう、たとえ未成年であろうとも。スパイ罪はそれだけ重い」
『舐めんなよ、オッサン』
「ふん」
総司は鼻で笑って、最後にこう伝えた。
「――エルゼは私が救う」
『は……? って、待て!』
総司は通話を切り、逮捕した男には返さずスマートフォンを押収した。
(ふむ。レイ・フォーゲルがエルゼの裏切りに関与しているわけではなさそうだ。となると、やはりセレナ・フォーゲルが何やら動いているということか)
電話を切り、総司がそう考えていると、
「ねぇ、総司さん」
通話が終わるタイミングを見計らって声を掛けたのは珈音。
「エルゼ、死刑にしちゃうの?」
「珈音の目から見てエルゼはどのように映った?」
「普通にいい子だったよ。演技にはビックリしたけど、ちゃんと私も助けてくれたし。“合格”だよ」
「そうか。本来のエルゼにも正義があったはずだ。だが検査でわかったことだが、投薬か何かでそれが誤魔化されてしまっていたみたいだ。まあ、一種の洗脳みたいなものだな」
スパイとして暗躍し、たとえ血染めの手を見ても乱れなかったのは、つまり心に麻酔が効いていたということ。
「拘置所にいた時に治療したの?」
「ああ。本人には伝えなかったが少しずつ洗脳を取り除いた。仕上げに“荒療治”をしたがな。精神はこの街でも未解明なことが多い。荒療治は私の独断で踏み切った」
と、総司が伝えたところで、珈音が結論を知りたそうにじっと見るので、
「話を戻すが、――させない」
「え?」
「させないよ、私がどんな権限を使ってでも」
理由は明かさず、総司はパトロールカーの後部座席に乗り込む。珈音も総司の隣に座った。
車は発進する。窓を見た。大小様々なビル群を次々と抜いて景色は移り変わる。
(まったく、驚いたよ。まさかあの日の私の無責任さが――……)
総司はふっと目を瞑った。
――本当に悪いのは無責任な大人なのだ。だから私もこの先ずっと、エルゼとともに罪を償わなければならない――。
心の中でそう漏らした。




