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逮捕、死刑確定

 ロボットに捕らえられたエルゼは駆け付けた公安の者に逮捕され、二日間の勾留後に検察が起訴し、さっそく裁判が始まった。勾留時、対面での取り調べはなかった。ヘルメットのような装置を着けられて睡眠薬を飲まされ、動機や目的など抜き取られた情報を本人確認されただけだ。嘘はすぐに見破られるようで、事実のみが捜査機関側に伝えられてしまった。


 エルゼは『スパイ罪』の容疑で起訴された。


 裁判では人間の弁護士がエルゼに付いた。科学の街とはいえ、そこはコンピューター任せではなかった。同じく人間が担当する検察と、まるで手続きのように淡々と会話が交わされ、わずか三日間の裁判でAIと人間が判決を下した。

『スパイ罪』が認定され、死刑判決が下された。


「私は十六歳です。十八歳未満での犯罪は国際法で死刑が禁止されています。それにAIが判決を下すことにも納得いきません。しょせんブラックボックスではないでしょうか。はっきり言います。この判決はありえません」


 面会する弁護士に伝えた。

 だが、弁護士は申し訳なさそうに首を横に振る。


 ――『スパイ罪』は《加速する科学の不夜城(イマジナリーパート)》で制定された厳格な条約で、街ではいかなる情報も特区の機密情報として扱われる。街に悪意を持って潜入し、情報を盗み、外国に流すのは何人であっても、たとえ未成年の者でも許されない。特に軍需産業にも手を広げているフォーゲルグループに情報が渡り、かつて小国を堕としたり、軍隊に亀裂を与えたりしたスパイ組織が手にするなど言語道断。過去、街は海外から幾多の諜報行為を受けて研究成果が流出した痛い過去があり、安全保障上の危機にも繋がるため、スパイ行為に対しては非常に厳しくせざるを得ない事情があった。そのため、最高刑の死刑が未成年のエルゼにも容赦なく適用された。


 ――AIの裁判官については、過去あらゆる刑事裁判を学習したAIが下す判決はほぼ百パーセントの精度を誇ると研究で証明されており、また、裁判にてAIが導入される議論は住民投票でも三分の二以上の賛成を得ている。最終的には人間の裁判官がジャッジするため、AIに関するエルゼの主張も退けられた。

 それでも国際法を盾に無罪を勝ち取ってみせると、弁護士は控訴を検討する旨をエルゼに伝えてくれた。

 結論、控訴審は開かれたのち二日で判決が下され、――一審の判決を支持。即座にエルゼは上告を申し立てたが、それは六時間後に棄却された。


 死刑が確定した。


       ◇


「はぁ」


 拘置所の独房にて、冷たい壁に背中を預けて体育座りをするエルゼはため息をついた。広さ四畳程度の、テーブルと布団、トイレに洗面台が設置された灰色の簡易部屋に閉じ込められている。まったく、本当に息が詰まる。

 任務に失敗して捕らえられてから一カ月が経過していた。


(これまで敵に捕らえられた経験はあるけど、今回のように、一向に助けが来ないのは始めてだ)


 三日もあれば姉妹たちが助けに来てくれていた。そもそも捕らえられるケースは、相手の懐に潜るためわざと捕まるのがほとんどだったが。しかし最先端のAI技術と監視装置、ロボットなどを駆使したこの科学の街では、助けに来たところで逃げ回るのが精一杯か。


(二人は逃げ切れたのかな。捕らえられたという話は聞いていないし、大丈夫だろうけど)


 ともに潜入したチームの二名の安否は知らされていない。捕らえられたら共謀者としてエルゼも裁判に出廷しなければならないので、おそらく逃げ切ったとは思われる。ITのスペシャリストがいるので、そこは大丈夫だろう。

 とはいえ、


(セレナのあの顔……、なんだったんだろう。私を裏切った? そんな前兆はなかったのに。でもロボットがしつこく私を狙ったのもセレナのクラッキングだとしたら、おかしくはない? 他のメンバーも共犯? 少なくともルシアは違って見えた)


 仲間の裏切りの可能性に胸が痛む。


(裏切られたから助けが来ないのかな)


 エルゼはテーブルに手を伸ばしてチョコレートクッキーをもしゃもしゃ頬張る。死刑囚という立場であり、懲役刑は科されていない。ゆえに労働の義務もなく、独房で待機せねばならないが、比較的緩い生活を送っていた。服装もラフな白の半袖Tシャツに黒の短パンの格好だ。


(毎日教誨師の話を聞いて、祈りを捧げて、それに実験動物のつもり? 注射を打たれて医者の診断を受けて、脳波を測定される。これが今の、私の日常)


 はぁ、エルゼはもう一度ため息をつく。

 暇だ。

 暇ゆえに、エルゼは目を瞑った。

 目を瞑って、


(なぜ、私はこんな境遇になったんだろうか)


 ――――……。



 生まれてからずっと父の顔は知らなかった。

ドイツ人で娼婦の母は若い日本人旅行者の男と一夜を明かした。誤って妊娠してしまい、中絶しなかった理由はさすがにエルゼは知らないが、結果的に望まれることもなくエルゼは誕生した。それが今から十六年前のこと。

 幸いにも虐待はなく、母は自分の食事を減らしてまでエルゼを食べさせようとしてくれた。男にカラダを売って必死に働いていていた。娼婦という仕事の課程でできてしまった娘ではあるが、その娘には多少の愛情はあったと思う。

 でも、貧困は解消されなかった。


「やだ! おかあさんかえってこないよ!」


 エルゼが五歳の時に母は娘を児童養護施設に預け、行方を眩ませてしまった。数日続いた空腹が我慢できずに泣き喚いてしまった次の日の出来事だった。そのことを後悔して何日も施設ですすり泣いていたことは、十年が経った今でも鮮明に覚えている。


(施設の大人たちは身よりのない私に優しくしてくれて、確かな愛情を持って育ててくれた。けど、貧相な暮らしは変わらず……)


 満腹になることはなく、味の薄い料理ばかりの毎日。遊ぶ気力さえも起きなかった。

 しかし。


 ――転機が訪れたのはエルゼが六歳の時だった。


 洒落たメンズハットを被った壮年の男性が施設を訪れ、エルゼに目を向けたのだ。


「君は非常に優秀のようだ。ぜひ私の娘として迎え入れたい」

「えっ!?」


 目を丸くするエルゼ。たしかに数日前試験のようなものを受けさせられたが。

 その壮年男性の偉大さは後で知ることになる。


(彼の名は、国内どころか世界で名を馳せる大富豪、ランドルフ・フォーゲル)


 交通インフラに飲食業界、ホテルなどの観光業界、果ては軍需産業まで、多大な売上を誇る企業たちのトップに立つ男。一代で巨万の富を築き上げてきた男だ。


「これからはおいしいものもたくさん食べられる。勉強だってできる。もう、無理しなくていいんだよ」


 膝を折って、幼いエルゼと同じ目線で語りかけてくれたフォーゲル氏。

 エルゼは涙を流して、


「よろしくおねがいします」


 快諾した。


(そこに裏があることなんて、幼い私が気づくはずがなかった)

 フォーゲル氏に連れてこられた屋敷に入ると、年齢の近そうな三人の少女たちがエルゼを出迎えてくれた。


「この子たちも君と同じく両親を失った子たちだ。まだ増えると思う。お姉ちゃんや妹と仲良くしてくれ」


 すると、真ん中にいた子がニカッと笑ってエルゼに手を差し出した。


「あたしはレイ、よろしく!」


 たどたどしいドイツ語であいさつした少女はどこか男の子っぽく、それにヨーロッパ系ではなく東アジア系の顔立ちだ。聞けばレイは日本から来た女の子で、エルゼと同い年らしい。


「私はルシアだよっ」

「私はセレナ。あたらしいおねえちゃんだ」


 ルシアはスペインと中国のハーフで、セレナはイタリア系のアメリカ人。二人のドイツ語もたどたどしいが、エルゼは無垢な笑顔で、


「よろしくおねがいします」

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