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長女と次女の実力

「ルシア、上の階を片づけてくれる? 私は下の階からやっつけるから」

「了解」


 ルシアは簡潔に応答すると同時に風のように走り、非常階段を駆け上っていった。その代わりに、ルシアが離れて一分も経たないうちに、黒いスーツ着の男たちがぞろぞろと一階のフロアに集結する。


「たくさんいてずるい」

「拷問してでも情報を聞き出させてもらう」

「やだ」


 ぺろっと舌を出したソフィアは床を蹴り、その場を離れると、男たちも追いかけてくる。拳銃を所持しており、ソフィアに何発も撃ちこんできた。


「当たらないよ」


 数十人に囲まれても、ソフィアには一発も当たらない。


「こっちかな」


 階段を見つけて二階に駆け上がり、迷路のような通路を駆け巡る。


「こっちだ! 女が向かった!」


 マフィアの連中が連携を取って武器を振りかざしてくるが、ソフィアは傷一つ付かずに華麗に猛攻を躱す。長い銀髪が流れて空を舞い、踊るように美しい所作だ。

 だが、


(追い詰められちゃった)


 会議室のフロアに入ったら、出口は数十人の男たちで塞がれてしまった。


「手を挙げろ」


 男の一人が乱暴に言うので、ソフィアは素直に両手を挙げて言うことを聞く。


「何者だ?」

「……」

「何者だと、聞いている。答えなければ殺すぞ」

「……」


 痺れを切らした複数の構成員たちが拳銃を構え始める。

 それでも、


「……」


 臆さずにソフィアは口を動かさない。


「まあいい、殺す」


 最初に尋ねた男が鋭く目を細め、引き金を引こうと指に力を込めた。

 その瞬間。


「あっ」


 ガクンと、男の膝が崩れたのだ。


「……な」


 その男だけではない。構成員の身体が次々と床に崩れてゆく。

 ソフィアが無言ですたすた前に歩み始めた。倒れ込む男たちは意識こそあるものの、動けず、出入口に向かって歩くソフィアを目で追うだけだった。

 そうしてソフィアはぽいっと、懐から取り出したゴムボールのような球体を後ろに放り投げ、退出した。瓶は硬い床の接触で容易く半分に割れ、中の液体が弾け飛ぶ。

 部屋を出て、ソフィアは独り言のように、


「そのうち心臓止まるから。ばいばい」


 十五分後にこの部屋を覗きに来ればきっと、傷一つない数十人の死体が転がっているだろう。

 カラクリは簡単だ。ソフィアが先に部屋に侵入した時に筋肉を弛緩させる毒を散布した。呼吸で毒が回る代物で、その間ソフィアは呼吸をしなかった。構成員たちが崩れたのを見計らい、心臓の活動をゆるやかに停止させる毒を散布させる(こちらは毒が回るのに時間を要するから、先に動きを止める必要があった)。

 それだけだ。

 階段を上ろうとしたソフィアの前に新手が現れ、


「死ねぇぇぇぇえ!」


 鋭利なナイフを持っているが、ソフィアはすっと避けて拳を男の腹部に叩き込んだ。


「物騒だなぁ」


 のんびりした口調だが、機敏で無駄のない動作。男の背後にいた複数の連中を次々と裏拳や回し蹴りで潰し、敵のナイフを盗んで彼らの首元の頸動脈を切り殺してゆく。できるだけ手持ちの毒は消費したくないから。おかげで階段は血の海になっていた。


「ルシア、終わったかな?」



 一方のルシアはというと。

 五階のフロアを忙しなく駆け巡り、


「ちっ、多いな」


 遭遇した敵は一人残らず銃殺してゆく。転がった死体を乱暴に拾って盾に使い、カウンターを狙って敵の頭を正確に撃ち抜く。銃弾が飛び交う中でなるべく壁を使い、四方からの攻撃を受けずに始末する。

 やがて、銃の雨は止んだ。

 現れたのは、


「やっつけられた?」


 同じ衣装を着た少女、ソフィアだ。ルシアと違い、傷一つどころか返り血すら浴びていない。


「うん、これで終わり……と信じたい。三十人くらいいたかな?」

「私は三十九人だったよ」

「よく正確に数えられるよね」

「記憶は得意だから」

「知ってる。てゆーかキル数は自慢することじゃないし。急いでボスのトコ行くよ!」

「うん」


 ルシア、続いてソフィアの順で先を進み、最上階へとやって来た。しかし敵は一人としていない。


「ボスの部屋っぽいけど……」


 通路の奥に構えるのは社長室のようだが、ルシアがそっと扉を開けるも、誰も姿はない。


「屋上、行く?」


 ソフィアが提案する。


「だね」


 階段へと戻り上へと進んだ。ドアノブには鍵がかかっているが、ソフィアのピッキング技術で難なく突破。ルシアがドアを開けると、


「うわー、やっぱそうするか」


 ブワァと吹き荒れる風が、ルシアの金のサイドテールをぱたぱた揺らす。ソフィアの銀の髪も忙しく乱れる。ルシアがクロスさせた腕で風を受け止め、対してソフィアは棒立ち。

 プロペラを回したヘリコプターが、ロングコートを羽織る女性を乗せて飛び立とうとする瞬間であった。離陸するも女がまだ外で足を掛けていて、状況の慌ただしさを表している。

 一方で。


 ルシアは髪を乱しながら拳銃を構え、銃口を上空に向ける。その距離はおよそ二十メートル。周囲のビルが照らす灯りがあるとはいえ、対象物を照らすそれは淡く、目を凝らさねば女のシルエットは見えない。


「――逃げられると思うなよ?」


 パンッ。


「ァァアッ!」


 濁った女の悲鳴が夜の空気を伝搬すると、女の肩が弾けるように跳ね、ヘリの機体からボトッと屋上に転げ落ちた。しかしヘリは着陸することなく、逃げるように空を飛んでいってしまった。


「ヘリはさすがに撃ち落とせないよねぇ」

「撃ち落としたのがただの部下だったらどうするの? ボス、逃がしちゃったことになる」

「うっ、レイちゃんに謝る……。あ~、ボスであってくれ~!」


 ルシアとソフィアは落下した女の元に駆け寄る。肩から血が溢れていたが、虫のようにうねうね動いており一命はあった。


「誰だ……っ」


 女は威嚇的な声とともに、ルシアとソフィアに蛇のような睨みを利かせる。


「うん、ボスの顔だ。よかったねルシア」

「むぅぅ、なんで私に責任をおっ被せようとするかなぁ? 失敗したらソフィアも怒られるんだからね? ていうかソフィアが上司だし。上司が怒られろよ」

「やだ。ルシアに擦り付ける」


 緊張感の欠ける姉妹の軽口を前に女は、


「なんなの、あんたたち……ッ」

「ドイツのスパイ。あのさ、フォーゲルの物流倉庫の爆破ってあんたたちが噛んでるでしょ? おかげで大損害なんですけど?」


 膝を屈めたルシアが尋ねると、女は軽く舌打ちした。


「ドイツ……フォーゲルのスパイ……《楔》か!」

「私たち有名なんだ」

「そこ、嬉しいことじゃないですよー」

「嬉しくはないよ、スパイだし。無名がいい」

「てゆーか、《楔》を知っててよくフォーゲルを狙ったよね。なんで?」

「……」

「答えないと殺す」


 ソフィアとの軽口が嘘のように、ルシアの言葉は鉄のように冷たく無機質だった。


「……依頼主は中国の企業よ」


 女は素直に話し始めた。バックの企業、当日の動き、莫大な報酬、フォーゲルについて知っている情報などを。ソフィアがボイスレコーダーで録音する。

 女は肩の痛みに耐えながらもすべて話し終えて、


「知っていることは全部話した! だから! 私を解放してほしい!」

「だっさ」

「うるさい!」

「あんたボスでしょ? 部下はみんなあの世だよ?」

「知るか! さっさと解放しろ!」

「はぁ、裏社会にいる人間の結末なんてロクなもんじゃないでしょ。ね、知ってるよね?」


 やれやれと、ルシアは肩をすくめて、女のこめかみに銃口を擦り付ける。女は紙くずのようにくしゃくしゃに歪んだ顔で懇願したが、


「教えてくれて、ありがと」


 闇で黒ずんだ鮮血がルシアの頬と髪を汚した。

 遠くからサイレンが鳴る。


「しまった、暴れたのか感づかれた?」


 ルシアとソフィアは柵に近寄った。さらに風を浴びながら、ネオンに彩られた地上を見下ろす。数台のパトカーがこのビルに集まり始めていた。


「目的は果たせたし、ひとまず逃げようか」

「だね」


 《天竜会》の拠点から難なく逃げたルシアとソフィア。ルシアはドイツの本部にいるレイに電話をかける。


「任務成功でーす。聞き出した情報はあとで送っとくね」


 重要な情報は盗聴を防ぐため、暗号化されるメッセージアプリを使って送ることになっている。


『お疲れさん。ルシア、ミスはなかったか?』

「ないでーす。てゆーか私ってミスは少ないでしょ? いや、当社比では多いかもだけど」

『元気ならいいよ。ソフィアも怪我はなかったか?』

「うん、返り血すら浴びてないからね。じゃ、明日には帰るから」

『またジャスミン茶買ってきてくれよ』

「へーい」

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