親睦会&新たな刺客 ※挿絵
サイレンを鳴らしたパトカーがやって来て、逮捕された二名は連行されていった。〈オリオンタワー〉に潜入した首謀者を含む二名も無事連行されたようだ。
「ふぅ、怪我せず捕らえられてよかったですね」
一仕事終えたエルゼが一息つくと、珈音はジト目でエルゼを見つめて、
「わざと捕まったでしょ。わかるんだからね」
「昨日のお返しですよ。と、ふざけるつもりはありません。率直に珈音の実力を見たくて」
「むぅ、こっちは先輩だよ? 新人がそんなこと考えちゃダメ」
「失礼しました。おそらく次はそんなことを考える余裕がなさそうですけどね」
「そろそろ《楔》のメンバーが来るのかなぁ」
「今日も含めて傘下の者が潜伏していますが、少しずつデータが取られているんだと思います。ですが傘下任せも危うい。そろそろでしょうね」
「そっか」
珈音はふぅと呼吸を整えると、
「そういえば話が途中だったね。聞きたい?」
「話? あ、父親の……。聞いても、いいですか?」
「うん、いいよ。お父さん、研究者だったんだ。十年前に――……」
珈音は隠さず語る。父たちの違法な研究内容、施設に火を放って《治安維持対策本部》から逃げたこと、焦燥して迫ってきた父を殺害したこと。そして父が残してしまった理論は神代の者が引き継ぎ、結果として《情報生命体》を誕生させるきっかけにもなったことを、
「そんで二年前に《治安維持対策本部》に入隊、つまり懲役刑が始まった。言い渡された懲役は四年だったけど、がんばりを考慮されて今年一年で終わりの予定」
「現在、不自由はないんですか?」
「定期的に面談はあるけど、高校にも通えるし好きなお店にも行ける。エルゼと同じだよ」
身分が割れており、さらには公安に所属しているため、仕事さえすれば基本的な人権は保障されているのだ。
「でもね」
人権と自由が保障されているのは。
「街の外には出られない。街そのものが牢獄だから」
「《情報生命体》による監視ですか」
「うん。エルゼが街を歩けるのもそれがあるから。街の住人はしっかりデータが取られてる」
それを聞いてエルゼは寒気がした。天を見上げる。午後四時。ありきたりな星空が広がっているが、巨大な鳥かごのように見えてしまった。意識一つで見え方が大きく変わる。
「まるでSF映画の監視社会ですね。おっと、発言にも気をつけなければなりませんか」
冗談めかして口を手で覆うエルゼに、あははと珈音は苦笑いして、
「発言には寛容だよ? 政治のことを悪く言ってもOKだから。聞かれてるだけで」
「まあ、気持ちよくはないですけどね。ディストピアって感じで」
「ともかく」
珈音は天を見上げる。それはエルゼが見せた窮屈そうな表情ではなく、むしろ希望のような月光をうっすら表情に照らして。
「いつか太陽を見るのが私の夢」
◇
パトロールが終わり、エルゼは珈音に連れられて焼肉屋を訪れた。
「親睦を深めるための先輩の計らいだよ。おなかいっぱい食べてね」
「はいはい、たくさん食べますよー」
エルゼは苦笑するも、
(わざわざ言っちゃうあたり、子供っぽいんだよなぁ)
そんな珈音が可愛らしかった。
座ったのはボックス席。対面で座る二人。店内のじゅううと肉が焼ける音と、炭火焼きが醸し出す香ばしい匂いがエルゼの食欲を刺激した。
「ガンガン食べてがんばろー」
「カルビに、ハラミに……って、全体的に安くないですか?」
タブレットを操作するエルゼは目を丸くする。
「ん、相場知ってるの?」
「日本にはよく来ていましたからね。質は大丈夫ですか?」
相場的に最低五百円はするだろう牛カルビ一人前が、その七割くらいなのだ。そういう肉は、特に牛肉はひどく味が落ちるのは経験的に知っていた。
「街の低コストの飼料で育てた牛さんだからね。それにすごい交配理論でおいしい牛さんを産んでるんだよ」
「なるほど、科学の成果ということですね」
ひとまずエルゼは肉の盛り合わせと野菜を注文した。
「野菜いらない……」
珈音は自分用のライスを注文しながらぼそっと呟く。
「栄養に悪いですよ? バランスよく食べないと」
「普段は気をつけるけど……今日はいいよ……あとで栄養ゼリー飲む……」
「ダメです、食べましょう」
注文した品は数分で届いた。もちろん人ではなくロボットが運んでくる。後輩としてエルゼが肉を焼いてあげた。
「どうぞ」
「ありがと。いただきます」
珈音はぱくぱく肉を頬張る。容赦なく人を銃撃する顔を知ってしまったが、
「うまいうまい。エルゼは肉を焼くプロだ」
ライスを片手においしそうに食べる顔は、昨日のパンケーキを頬張る姿と同じだった。年相応の女の子。
「まずは網の中央で強火で焼いてから、端に移動させ弱火で蒸す。柔らかくかつうま味を閉じ込めるコツですよ」
「エルゼもどうぞ」
「あ、おいしい。脂が全然くどくないし、うま味もしっかりあります。私もごはん注文しよ」
エルゼはすぐさま中ライスを注文した。
「牛肉って質が悪いとほんと美味しくないですからね。この質をこの価格で……科学の偉大さを感じますよ」
「すごいでしょ。前にテレビで見たんだけど、ビルの地下で飼育が階層的に自動化されてて――……」
無駄がない飼育だとか、牛が地下に入る耐久性のすごさだとかを自慢げに語る珈音。
「……」
それをじーっと見つめるのはエルゼ。
「どしたの?」
「いえ、珈音の経緯が経緯だけに、科学は嫌いにならないのでしょうか?」
きょとんとする珈音。
「科学で得られる幸せがあるなら、私はそれを大事にしたい」
「さすが、科学者の一族ですね」
真っ直ぐに答えた珈音が眩しく見えた。
が、珈音は、
「あ、そうだ」
言い忘れていたことがあったのだろうか、
「言っとくけど、奢りじゃないからね」
むすっとエルゼは口を尖らせて、
「年下に奢られるほどプライドは低くありません!」
◇
ドイツのとある都市に立つ高層マンション――最上階。
「これで使える“人形”も最後か」
スパイチーム《楔》の司令塔であるウルフカットの少女、レイ・フォーゲルは、ガラスのテーブルに肘を突き、タブレット端末を操作しながら呟いた。
レイはチームの司令塔でもあり科学者だ。敵対スパイと対峙した際は殺さず連れて帰らせて、投薬などによって記憶を消去してからドーピングで身体能力を底上げさせ、《楔》の傀儡として使うことがあった。しかしここ一ヶ月ほどの《加速する科学の不夜城》の調査で、都合のいい“人形”は使い切ってしまった。
だが、
「必要なデータは取れた。《情報生命体》はちと厄介だな。とんでもねー発明しやがって」
レイは立ち上がる。
すると、
「じゃあ、私たちの出番かな」
やさしい音色の声がレイの背後から。
ずいぶんと穏やかな声だが、抑揚が薄く、感情の欠如が現れている。
一方で、
「よし、リベンジだ! エルちゃん待ってろよ~!」
こちらは元気な女の子の声。
「ああ、待たせた」
レイが振り返ると、二人が並んでいる。ともにレイより一つ年上の姉。
――長女のソフィア・フォーゲル。
――次女のルシア・フォーゲル。
「エルゼを頼んだ」
2章完結です!
申し訳ございませんが3章は10月以降になると思います。




