↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/16

14 夢の中(1)

 翌日。

 風邪が悪化した。

 

 目が覚めるなり、ひどい気怠さが全身を覆っていた。

 寒気がして喉が痛い。

 関節が痛い。

 頭がぼうっとしてフラフラする。

 何とかして身体を起こすと、俺は婆さんを呼んでいた。


「婆さん、おーい、婆さんって。なんか薬ないか」


 ベッドから降りようとして、はっと気が付く。

 なんでベッドで寝てるんだ?

 俺の布団はどうした?

 それにこの部屋、なんで畳じゃないんだ。

 ここは、どこだ?


 戸惑っていると、どたどたと音がして、綺麗な巨乳のねーちゃんが現れる。

 しかも金髪で青い目をした外人さんときたもんだ。


「××××××××××××××」

(どうしたのラウル?)


 日本語じゃなかった。

 だけどなぜか、言ってる意味は理解できた。


「×××××××××××××××××××××××××××××××××××××××」

(あらあなた、風邪を引いたのね。今日は安静にしてなさい)

 

 外人のねーちゃんは、起き上がった俺の肩を優しく掴むと、そのままベッドに寝かしつけた。


 俺は頭に?マークを浮かべながらも、そのまま意識を失ってしまった。





 次に目が覚めると、そこは和室だった。

 だがここも俺は知らない。


 そもそもこれは部屋なのか。

 見渡す限りの畳張り。

 畳で水平線が出来るのを俺は初めて見た。


 畳の他には何も。

 いや。

 目の前に将棋盤があった。


 気が付けば座布団に座っている。

 俺は正座していた。


 

 ──ここは?



 疑問を口にしようとした瞬間。

 ふわっと。

 

 スーツを着た男が舞うようにして、盤を挟んだ向かいに現れた。

 あなたは──。


 おお。

 嘘だろう。


 そこにいたのは、俺が最も敬愛してやまない棋士の姿だった。


 紺色のスーツを品良く着こなした、ダンディズム溢れる眼鏡の男。

 自分よりも20ほど若い男である


 だが彼の存在は俺に将棋を取り戻させてくれた。

 再び将棋を指す勇気をくれたのが彼だった。


 小学生に敗れて、夢を見失った16歳のあの日から。

 俺は約20年、将棋を指さなかった。

 いや、指せなかった。


 駒を持つ勇気が出なかった。

 将棋を憎いとさえ思った日もある。



 だが。

 新聞でたまたま見た彼の一手が、そんな日々をぶっ壊した。



 1983年王位戦挑戦者決定リーグ。

 

 先手の中飛車と後手の居飛車という出だしで始まった対局。

 彼は後手番だった。


 その終盤に放たれた△4三角不成。


 この一手に俺は胸を打たれた。

 完全に痺れてしまった。


 将棋には『打ち歩詰め』という反則がある。

 持ち駒の歩を打って敵玉を詰ましてはならないという、ちょっと不思議なルールだ。

 

 詰将棋の世界では、このルールを利用した作為の物も数多い。

 成ってしまうと『打ち歩詰め』になるから、あえて不成を選択しなければならないという工夫だ。

 大駒は絶対に成った方が得という心理を、逆手に取った作為となる。


 だが実戦において大駒の不成が出ることなんて、滅多にある事ではない。

 ましてやそれが、31手詰めという長手数の詰みに現れるなど、いったい誰が読み切れるというのか。


 だが読み切った奴がいるからこそ。

 △4三角不成は生まれた。


 あの衝撃は忘れられない。

 俺が想像する『天才』という概念のその先に、この一手があった。

 世の中には天才を超える怪物がいる事をこれで知った。


 夢が破れたなんて、悩んでいた自分が馬鹿らしくなる。

 絶望のその先に、やけくそみたいな希望が落ちていたんだ。


 世の中、なんだって楽しんだもん勝ち。

 将棋に罪はない。

 心からそう思えたんだ。


 それ以来俺は、この人の大ファンになった。

 彼の本はすべて買ったし。

 どんなイベントでも彼が出るとあれば、必ず参加した。


 もっとも、彼が将棋界で大活躍をしたそのすぐ後に。

 彼以上の怪物が現れて、その活躍は少し薄れてしまうんだけど。



「ラウルくん。一局指してみないか」



 憧れの天才棋士はそう言った。

 ラウル。

 それが自分の名前である事を、この瞬間に思い出した。


「そ、そんな、畏れ多いですよ」


 俺の声は上ずっていた。

 今の俺はアイドルを前にした少年少女と何ら変わらない。

 

「ふむ。私の姿が対局の妨げになるか。──では、これならどうかね」


 ブヴン、と奇妙な音がして、彼の姿が変化する。

 次に現れたのは破壊神ハーヴ、もとい、鬼畜眼鏡である。


「私の姿は、君が考える最も強い棋士に変化する。これは君の中で二番目の男だ」


「そ、それも物凄く畏れ多いんですが──」


「ではこれがいいか? それともこれか? これならどうだ?」


 そう言ってぽんぽん姿を変えていく。

 どれもこれも憧れの存在ばかりで、目が回りそうになる。


「プロは勘弁して下さい。嬉しすぎて逆に死にそう……」


「じゃあ、これなら文句あるまい」


 最終的に出てきたのは、なんとリオンの姿だった。

 ああ、これならやりやすい。


「あの、あなたは一体何者なんでしょうか?」


 ここに至ってようやく、当然の疑問を口にしていた。

 

「私は将棋の神だ。そしてここはおまえの夢の中。気楽に構えたらいい」


 リオンの姿でそんな事を言われると、なんだかとても奇妙だった。

 だがそうか。

 これは夢か。

 まぁそうだろうな。

 我ながら変な夢を見るものだ。


「では一番手直りの飛車落ちからにしようか」


 そう言ってリオンの皮をかぶった将棋の神は、自分の飛車を落とした。

 一番手直りとは、一局指すたびに駒落ちハンデを改めるという意味だ。


 俺が勝てば次局は角落ちになり、神が勝てば次局は飛香落ちとなる。

 自分が駒落ちの下手なんて何年振りだろうか。

 だからつい──。


「え、平手じゃないんですか?」


 そんな事を言ってしまった。

 飛車落ちなら、俺はトッププロにも勝つ自信がある。

 駒落ちだけは異常に強かったから。


「神を相手になかなか不遜じゃないか」


 リオンの顔で、にたりと笑う。

 

「だが手直りだ。平手で指したければ勝てばいいだけの事。かかって来なさい」


 そう言われて、俺の闘志はかっと燃え上がった。

 リオンの顔で言われると、ちょっとむかつく。


「わかりました。それでは。──よろしくお願いします」


「うむ。よろしくお願いします」


 お互いに頭を下げる。

 さすが神。

 格下相手でも礼儀正しい。




 ラウルくんの前世での生年月日は、1940年代になります。

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。