234話
「――さて、次はそちらの番だ。侯爵……何やら私たちに見せたいものがあるそうだが?」
「近衛のアンドレイまで払うとは。あ奴、相当腹を立てておったぞ」
「どうでもよい」
侯爵の一蹴に宰相が顔を強張らせる。
「瑞樹君、お願いできるかな?」
「わかりました」
ウエストポーチからスマホを取り出した。
「これはスマホというものです」
小さな四角い板に、二人は熱視線を浴びせる。先に見せた紙幣や硬貨の効果だろう、食いつきがよい。
続いて、もう何度目になるだろう……写真と動画の撮影を実演しながら説明する。
自分たちの姿がスマホの画面に映し出されると、お約束の展開だが二人は目を白黒させた。
ところが意外にも地頭がよいようで、撮影という意味をすぐに理解した。二人の理解力に侯爵はちょっと悔しそう。
「わかった。それで?」
「今からお見せするのは、ドラゴンがフランタ市を襲った映像です」
「――――ッ!?」
二人は息を呑んだ。
テーブルにスマホを置き、ドラゴンの映像を流すと二人は食い入るように覗き込んだ。
映し出されたドラゴンは、フランタ市をゆっくり周回飛行し、南門から大通りを焼き払い、歩いては建物を容赦なく破壊した。
咆哮が響き、人々の悲鳴が混じり、焼け落ちる建物の音が重なる。恐怖が底上げされていることだろう。
二人は口を半開きにして固まっていた。
「これが……ドラゴン……!?」
「…………陛下」
国王陛下と宰相は言葉少なに血の気が引いている。
ティナメリルさんは腿に手を置いたまま寡黙に、侯爵は「わかっただろ?」と言いたげな真剣な表情を見せている。
「これは、お主が撮影したのか?」
「はい。逃げる最中になんとか……。いずれ何かに必要かと思いましたので」
国王陛下は、呼吸を思い出したように大きく息を吐き、背もたれに身体を預けた。
「これを三人の冒険者が撃退したと申すか……」
「……戦っているシーンも、見ます?」
国王陛下ががばっと身体を起こした。
映像はキャロルが撮影したもの。
遠目なので俺たちは点にしか見えないが、ドラゴンが前肢を交互に振り、こちらが応戦しているのがわかる。
ドラゴンがブレスを放ち、俺の大放水と撃ち合う。その瞬間、白い水蒸気雲がもくもくと立ち昇った。
最後、魔法で放たれた大剣が口に吸い込まれ、のたうち回ったあと、ドラゴンが飛び去っていった。
「以上です」
国王陛下がゴクリと唾を呑み込む音がした。
矢継ぎ早に質問が飛ぶかなと思いきや、しばし沈黙が続いた。やがてチラリと時計を見やると、
「宰相……このあとの予定は止めてくれ」
「かしこまりました」
「御手洗瑞樹殿――」
「瑞樹で結構です。御手洗は家名なので」
「瑞樹殿、このあと時間は大丈夫か? まだ話が聞きたいのだが?」
「そのために来たので。まあ……もっぺん動画見ます?」
このあと国王陛下と宰相は、ドラゴンの映像を三回ほど観た。
「これは他の者に見せてはダメなのか?」
「失礼を承知でお尋ねします。国王陛下、『これ、欲しいな』って思われませんでしたか?」
国王陛下のへの字眉がさらに角度を増し、険しい表情を俺に向ける。
要するに、そういう輩が絶対に現れるとの示唆である。怒らせたかもしれないが言わねばならないことだ。
「陛下。ユリウス殿下のこと、お忘れではないですよね?」
侯爵の苦言に二人は、ぐうの音も出ないといった表情だ。
「ダスター、お主が彼を客人に迎えたのはこれが理由か?」
「まあそうです。ですがこれだけではありません」
「――というと?」
侯爵はここぞとばかりに俺の功績を述べる。
『洗髪料などの商品開発』『ティアラへの売り上げ貢献』『防衛隊との関係強化』『ドラゴンの襲撃に備えた避難体制の提案』『潜入部隊の件を水面下で解決』『ドラゴンの牙と鱗を国に譲渡する提案』と、数多くの実績をのべたのち、
「ユリウス殿下の件を“なかったこと”にするように提案したのも彼です。ギュンターに殺されかけたというのにですよ」
被害者であるにもかかわらず、加害者の王族に配慮したという人徳を評す。
「それと――」
「まだあるのか!」
宰相の容喙に、侯爵はジト目を向ける。
「瑞樹君、あれをお願いできるかな? ティナメリル殿との会話……食事のときに見せてくれたであろう?」
「ああ!」
俺に耳打ちする侯爵に、二人は神妙な顔つきでこちらを窺う。
なるほど、ティナメリルさんとエルフ語で会話してほしいということか。よろしい、さらに度肝を抜いてやりましょう。
彼女にエルフ語で問いかける。
「ティナメリルさん、お城に来た感想はどうです?」
「ん? 立派ね」
「来てよかったっすか?」
「……別に?」
「ん~、またまた~~」
スンとしたままのティナメリルさんに、口角を上げて微笑んだ。
ふんすとドヤる侯爵とは対照的に、国王陛下と宰相は、まんじりと目を開いて固まっている。
「い、いまのは……? エルフの言葉か?」
「はい。お城に来た感想を聞きました。『立派』だそうですよ」
二人はティナメリルさんを見やり、初めて聞いたエルフ語に目が泳ぐ。
「あと瑞樹君、お二人はダイラント語とシシル語も解せるぞ」
侯爵の言葉に、俺は二か国の言葉で自己紹介してみせた。
「彼は言語に精通していてな、私は聞いたことがないが『猫人語』も解すようだ」
「……は?」「んなっ!?」
呆然とする二人に対し、適当に「ニャー」と言って微笑んだ。
「……これで終いですかね?」
「んー」
疲れた表情を浮かべている二人に侯爵は満足そう。
国王陛下は膝の上で手を組んで前かがみになり、視点の定まらぬ目でスマホを見ている。宰相は手を顎に当ててスリスリしていたが、やがてその手も動きを止めた。
二人とも国のトップとしての風格は鳴りを潜め、ただのおっさん化してしまった。
さて、あとはこちらのお願いを申し出るのみ。
「……あれ、お願いしてくれました?」
「ああ」
侯爵は「忘れてないよ」という顔で頷いた。
「陛下、こちらの瑞樹殿から要望があるのですが、よろしいですか?」
「……何かね?」
「彼は魔法の勉強をしております。つきましては、魔法学校の書庫を閲覧する許可を瑞樹殿にいただきたく」
「ん?」
脱力感に苛まれていた二人が背筋を正す。
「君は魔法が使えるのかね?」
「いえいえ」
大仰に手を振って否定する。魔法が使えると思われてはマズい。ランマルの件をほじくり返されても困るからな。
「私、日本ではこういうのを開発する勉強をしてまして――」
スマホを持ち上げて振る。
「学校では『AIを運用するプログラミング言語の開発』と『株式投資の自動売買の構築』の卒論を書いてたんです。なので参考になる文献でもあればなーと。せっかく王都の来たわけですし」
わからない単語を二人に浴びせて混乱させようと試みた。ところが意外に動じない。
こちらを見据え、「頭もよいのだな」という程度の反応である。交渉事で弱いところは見せないようだ。
「君は魔法学校に入学したいのかね?」
「いえ、本が読みたいだけです」
「……いつまで?」
「二週間ぐらい……ですかね?」
二人は互いに見合うと、宰相が小さく頷いた。それを見て国王陛下が「わかった」と表情を緩めた。
「まだ時間はあるかね?」
「ええ」
「もう少し君と話がしたい。日本のことなどを教えてはくれまいか?」
「もちろん喜んで」
宰相は給仕を呼び、新しいお茶と軽食を用意するように命じた。
スマホで時刻を確認すると、ちょうど12時だった。
「それは?」
「あ、これ、時計の機能もあるので時間を見たんです」
おそらくこの国にデジタル時計など存在しないだろう。しかも携帯できる時計となると懐中時計がせいぜいだろう。
数字を教え、部屋の時計で一分を測る。
スマホの分表示が変わると、大の大人が「おおー」と声を上げて喜んだ。このおっさんたち面白いなー。
このあとは軽食をつまみながら、日本の写真などを見せながら、13時過ぎまで話に花を咲かせた。
謁見は無事に終わった。
玄関まで国王陛下がお見送りに来てくれるという破格の待遇なのだが、ひとつだけお願い事を頼まれた。
俺にではなくティナメリルさんにである。
どうしても会って挨拶がしたい……という貴族がいるらしい。その願いを彼女は二つ返事で了承した。
お城のエントランスに、十名程度の上位貴族が待っていた。ざわめきが止み、彼女に目が釘づけになる。
国王陛下と宰相、ティナメリルさんの三人が彼らの下に向かう。貴族たちが深々と頭を下げる中、彼女は軽く顎を下げるのみ。差し出された手を軽くつまみ、貴族の口上に微笑を返す。塩対応でも嬉しいようだ。
貴族に目を付けられたくない俺は、少し離れた位置で侯爵と見守る。
「君には感謝している」
「こちらこそありがとうございました。同席いただけたおかげで吊るし上げられずに済みました」
「ハハッ。私は君が激怒して陛下を痛めつけないかと、そちらを心配したぞ」
「まさか」
互いに小さい声で軽口を交わす。
貴族の視線が俺に向いた。おそらく「あれは何者だ?」とでも聞いたのだろう。恐れる素振りで侯爵の陰に隠れた。
「心配せずとも手出しなどさせぬよ」
「貴族に殺されかけた私が彼らを信用するとでも?」
「…………そうだな。済まぬ」
侯爵は俺に視線を投げる。だが期待する返事がないとわかり、少し寂しそうに前を向いた。
「…………コーネリアス侯爵は別ですよ」
「!」
意地悪そうな笑みを浮かべて侯爵を見上げると、いい歳したおっさんが嬉しそうにはにかんでいた。
「それはそうと、あとで連中に大言壮語を吐かないように釘を刺しといてくださいね」
「タイゲ……何?」
「エルフが自分にこびへつらったとか、自分に会えてエルフは感激してたとか、彼女を貶めるような発言をさせないでってことです」
貴族連中に冷たい視線を投げかける。
どうも、「エルフに会ってみたい」という申し出は意外と多かったらしい。まあ、社交界真っ只中だからな。自慢するにはもってこいのネタだろう。
あの場では「会えて光栄だ」と言っていても、社交界では「エルフが喜んでいた」と正反対になるかもしれない。高慢な連中だからな。
「肝に銘じておく」
「よろしくお願いします」
国王陛下と握手を交わし、馬車に乗り込むと、二人に何か告げている侯爵が目に留まった。
宰相はこちらを一瞥すると、急いで連中の下へ向かった。
はてさて、侯爵はどんな脅し文句を言ったのだろうか。
当のティナメリルさんはどこ吹く風、窓の外に目をやっている。人間の権威や威光にまったく興味がないのは相変わらずだな。
馬車が出立すると、安堵からドッと疲れが襲ってきた。
まだ昼過ぎだが、侯爵邸に戻ったら飯の時間まで寝ることにしよう。




