233話 国王陛下と接見
「おはようございます、瑞樹様」
翌朝、扉をノックする音で目が覚めた。
一瞬、ここはどこだと飛び起きたがすぐに侯爵邸だと気づき、ふたたびベッドに倒れた。
昨夜は不安と緊張で眠れないかと心配だったが、長旅の疲れと飲酒ですぐに寝入ったようだ。
洗顔で眠気を吹き飛ばし、身だしなみを整える。
新品のギルドの制服に身を包み、胸にコーネリアス家の客人を示すメダルを付ける。
外套を手に廊下に出ると、ティナメリルさんの部屋の前で給仕が待機していた。
まさか二日酔いでダウンしてる……なんてことはないよな?
「ティナメリルさん、入りますよ」
ノックして扉を開けると、彼女は白い寝間着のまま、鏡台の前で髪を結っていた。
顔色はいつも通り、むしろすがすがしい表情をしている。
なんとまあ、あれだけ呑んでケロッとしてるとは。代謝機能が人間と違うのかもしれないな。
ちなみに俺も、教会からパク……拾った本にあった『解毒魔法』を使えばアルコール除去はできる。アルコールは毒だからな。
けど普段は使わない。俺だってほろ酔い気分ぐらいは味わいたいからな。
侯爵の馬車に同乗し、護衛四騎を従えて王城へ出発した。
「あの……ゆっくりなんですね」
「気にせずともよい」
召喚状の配達に来た準男爵は「朝9時に登城せよ」と言っていたが、侯爵邸を出た時点で9時を回っている。
侯爵から「面会は10時」と聞いているのでまだ時間はあるけれど……。
これ……間に合わないんじゃないか?
侯爵は時間を気にする様子もなく、腕組みしたままじっと目を閉じている。ティナメリルさんは車窓を流れる街並みを眺めている。
時間に気を揉んでいるのは俺だけか? 国王陛下と接見するのに遅れても平気なの? 俺、胃がキリキリしてんだけど……。
だんだんと王城の広い敷地を囲う城壁が見えてきた。
堀に架かる跳ね橋を渡り、衛兵の敬礼を横目に通過する。壁に囲まれた長い坂道を上ると、視界が開けて城の姿が現れた。だが玄関は見えない。
おいおい、まだあるのか……。
白亜の城を誇示するように、外周に沿って馬車は進む。
やがて内堀に架かる跳ね橋が見え、大通り、門、アプローチを通って城の玄関に到着した。
侯爵に続いて下車し、手を差し伸べる。
ティナメリルさんが降りた瞬間、丘を渡る風が彼女の金髪をふわりと揺らした。
朝日を受けてきらめく金糸の髪、透き通るような白い肌、碧玉の澄んだ瞳、そして笹葉のような長い耳。
エルフが初めて登城した瞬間……まるで映画のワンシーンのようだ。
直立不動の衛兵の先に、三人の人物が立っている。
隊長格らしい兵士、文官の親玉みたいな貴族、そしてゴージャスな衣装のイケおじ。おさまりの悪い髪型と、への字の眉が妙に目を引いた。
「なんだ、お主ら出迎えに来たのか」
「なんだではない。遅いではないか」
「まあそう言うな」
侯爵の軽いジャブに、左の男が即座に打ち返す。
親しみを感じる挨拶のあと、侯爵はすぐに姿勢を正す。この三人がどういう人物かは察しがついた。
「国王陛下に申し上げます。こちらがティアラ冒険者ギルドの御手洗瑞樹殿、そしてティナメリル殿でございます」
「お目にかかれて光栄です。御手洗瑞樹と申します」
「ティナメリルです」
国王陛下は表情を緩める。
「余がマルゼン王国国王、エーヴェルト・マルゼンである。急な召喚に驚かれたであろう、許せ」
温和な口調、威圧感はないが、立場が人を作った風格は感じる。庶民の俺にも声をかけたことに第一印象は合格だ。
といってもティナメリルさんの同席効果で底上げされているのは間違いない。
「ティナメリル殿、エルフを我が王城にお迎えできてうれしく思う。よくお越しになられた」
「こちらこそ光栄です」
国王の目が少しだけ引き締まる。エルフを前に緊張しているのだろうか。
「これは宰相、国務大臣のブルーノ・レオタール。こっちは近衛騎士団長のアンドレイ・バニングだ」
宰相は軽く頭を下げ、近衛騎士団長は胸に拳を当てて敬礼する。
まさか国の重鎮が玄関まで出迎えに来るとは思わなかった。国王陛下とのファーストコンタクトは意外な場所となった。
特別接待室に案内され、豪華な室内に目を奪われる。
華やかな模様が描かれた床、気品ある椅子や調度品。壁にかかる多くの絵画、全体的に乳白色を基調とした壁、魔法石のシャンデリア――どれも素晴らしい。
人払いさせているため給仕がいない。宰相が「下手かもしれぬが……」と用意されてあったお茶を入れてくれた。
それからまず、俺の素性を尋ねられた。
「日本出身の大学生で情報工学の勉強をしておりました」
「日本とはどこにあるのかね?」
「わかりません。突然、森に放り出されて……」
二人とも「だから呼んだんだけど?」といった顔をしている。まあ当然だが、かといって「別の地球から来ました」などと言えるわけもない。
ここはあの手を使うか。
「証明になるかわかりませんが――」
ウエストポーチから財布と取りだして、紙幣と硬貨、運転免許証、クレジットカード、あとレシートも見せた。
目を丸くする国王陛下と宰相……と侯爵。そういや侯爵も初見だったわ。
「陛下……これ、すごい鋳造技術ですよ」
「紙が通貨……手書きではないのか。……いんさつ?」
「ぷらすちっく? 革ではないのだな」
「そなたの顔か。……しゃしん? 絵ではないのか?」
三人は子供のように目を輝かせ、ティナメリルさんは静かにお茶を口にしながら興奮する三人を眺めている。
「…………よければ差し上げましょうか?」
「えっ?」
よっしゃ食いついた。紙幣と硬貨のみをテーブルに残し、
「お一人様、どれか一個だけでお願いします」
「……ひとりいっこ」
三人は悩んだのち、国王陛下は千円札、宰相は五百円玉、侯爵は五円玉を選んだ。諭吉セーフ!
さすがにこれで、スパイではないと信じてくれるだろう。日本は実在するという証拠品も手渡したのだしな。
ま、それを元に頑張って探してくれ。
「――ところで、ホンノウジのランマルを知っているだろう?」
ホラきた、いよいよ本題だ。
「はい、面識はあります。ですがどこで何をしているかは知りません」
「此度の旅行の護衛をしたと聞いたが?」
「えっ?」
思わず侯爵を見やる。
「……いや、護衛は侯爵の領兵の方ですよ?」
「別に雇ったのであろう?」
すぐに意味がわかった。グレートウルサスのことか。
「ああ。そういえば護衛が『冒険者パーティーと一緒に、事故に遭われたご婦人方を救助した』と言ってましたね。ですが私、それ知らないんですよ」
「どういう意味だ?」
「あのとき、私は馬車に酔って具合を悪くして横になってたんです。ね、ティナメリルさん」
ここぞとばかりにエルフに頼る。
「ええ。あなた、峠で真っ青になっていたものね」
「うちの護衛が言っておったが、彼はほとほと馬車に弱く、一時間も乗ればすぐ酔うそうだ」
侯爵の援護射撃もいただき。二人はまるで弁護士みたいだ。ここぞとばかりに頼る。
「いやもうホント、この旅程は地獄でした。帰りもまた乗るのかと思うと憂鬱で……」
苦笑いを浮かべて国王陛下の様子を観察する。
グレートウルサスの件は三日前だ。どこまで知っているのだろう?
カマかけてみるか……。
「お言葉ながら、その聖職者は本当にランマルだったんですか?」
「五人組の冒険者が河原にいたという報告が上がっている。救助にも参加したとな。そのあとグレートウルサスの討伐現場で治療活動を行ったとある」
「そうなんですか」
倒した……とは伝わってないっぽいな。まだ貴族の護衛が討伐したことになってんのか。……ん、五人組?
……ああ、河原にいた四人の冒険者の仲間と思っているのか。それをホンノウジと誤認……護衛だと思われているのか……。
「失礼ながら、ランマルに何か御用なんですか? あれでしたら今度、ギルドにいらした際にお伝えしておきますが……」
「いや、それには及ばぬ」
「そうですか」
俺とランマルが同一人物という認識はなさそうだ。馬車にすぐ酔うようなヘタレがグレートウルサスを倒したとも思うまい。
二人は俺のとぼけを覆せず、結局、ランマルの追及はそれで終わった。




