226話 エルフの言い伝え
お昼だというのに陽の光はなく、天井から吊るされたランタンの灯りだけが店内を照らしている。
外は土砂降りで、雨戸の隙間を縫うように風が唸る。こんな日は客もまばら、職員は手持無沙汰にしていた。
「止まないねぇ」
ロックマンは、ガタガタ鳴る窓を見て呟いた。
「……いや困るんだけど!?」
半ば諦めた笑いを返す。
出立は明日だというのに、こんな嵐ではとても馬車は出せない。
「予定はどうなってんの?」
ガランドが心配そうに尋ねる。
「二十一日に馬車の迎えが来て、その日は領主の館に一泊。翌日から五日かけて移動し、二十七日に侯爵邸に到着。翌日の二十八日に国王陛下に謁見……って流れ」
ゆとりのある旅程を組んでもらった。二時間おきに町を通過し、馬車に酔えば路肩で途中休憩もとる。
計画に落ち度はないのに前日がこの暴風雨は。日頃の行いはよかったはずなのになー。
「なに、明日には止むでしょ。心配しなさんな」
「……だといいがな」
レスリーは真顔で素っ気なく言ったが、俺が国王陛下との謁見という大事を控えていることを案じてくれている。過度に騒がない彼の態度にならい、俺も口にしないことにした。
「ところで瑞樹、準備は済んでいるの?」
「あ、はい。真新しいギルドの制服一式もいただきました」
「謁見は制服で?」
「そのつもりです」
ラーナさんの気遣いに感謝。さすが姉御だ。
「リリー、ティナメリルさんの準備は済んでるんだよね?」
「キャロルと二人でみたんですけど……」
「けど?」
言い淀むリリーはキャロルに目を向けた。
「大丈夫です、瑞樹さん。『替えの下着は二枚で』と言っときました」
「ナニガ!?」
キャロルは得意気に胸を張り、リリーは苦笑いを浮かべる。対照的な二人の反応に俺は眉を寄せた。
あとで教えてもらったのだが、ティナメリルさんは何の準備もしておらず、手ぶらで行くつもりだったらしい。二人は「さすがにそれは……」と説得して替えの下着を持たせたのだという。
なるほど、下着の話だから男のいる場所ではと、リリーは口ごもったのか。キャロルときたらもう……遠慮ないな。
それにしてもティナメリルさん、一ヶ月もの長期旅行なのに手ぶらとは……。エルフって着の身着のままなのか、それとも無頓着なのか。
思わず肩をすくめた。
「そういや瑞樹、貴族がエルフを怖がるのはなんでだ? 領主から聞いたんだろ?」
「ああ。そういや話してなかったねー」
エルフ繋がりで思い出したのか、ガランドが俺に尋ねた。話すタイミングを失ったせいですっかり忘れていた。
主任も仕事の手を止めてこちらにやってきた。
「でもたいした話じゃないよ」
過度な期待をしないように……と、前置きしてから話し始めた。
昔、四人組の冒険者が財宝を求めて森に入り、帰路で見つけた若いエルフ二人を拉致して貴族に売った。
エルフたちは報復として貴族を殺害。国の重鎮を殺された王は、森へ大軍を差し向けるも全滅。憤怒に震えた王は、森を焼き払えと火を放つ。
激怒したエルフたちは軍は殲滅させ、さらに国中の人間を皆殺しにして国が滅んだ……。
「――という言い伝えです」
雨戸を叩きつける風の音と、店内の薄暗い雰囲気が絶妙な演出となって話に色を添えた。
皆は顔を見合わせて感想を述べ合った。
「……ま、作り話でしょうけどね」
「えええええ!?」
驚く声が上がる。
「そうなんですか?」
「いやだって、いろいろおかしいでしょ?」
俺は大げさに矛盾点を指摘する。
国が滅んだのに誰がその話を伝えたのか、貴族がエルフに殺されたとどうやって知ったのか、エルフを攫った事実を誰が知ったのか――などである。
「それではなぜこの話がずっと残ってるんです?」
主任の問いに皆も同調する。なぜ貴族はこの言い伝えを信じているのかと。
「この手の言い伝えの妙はですね、『事実がいくつか混じっている』というところなんだと思います」
「というと?」
「おそらくだけど、『四人の冒険者』『貴族が殺された』『森が焼けた』『国が滅んだ』、これらは事実じゃないかなー。時系列は別々でしょうけどね」
「エルフは?」
「後付けでしょう。いなくても話のつじつまは合わせられます」
あくまで仮定の話と前置きし、
とある人身売買組織の一員である四人は、若い男女二名を拉致して貴族に売った。しかし犯罪行為が露見して貴族は処刑された。
遠征に出かけた軍は森で遭難してしまい、多くの兵士を失ってしまった。
森林火災が発生して延焼が拡大、手が付けられないほどの大火事で数日間燃え続けた。
あるとき山が噴火し、大量の溶岩流に巻き込まれた国家が一夜にして消滅した……。
現実味のある話としたらこんなとこだろう。
「真相不明の事件事故がくっついて、全部『エルフのせい』って話が広まったんでしょうね」
「なんでそんなことに?」
「そりゃ決まってます。話は面白いほうが記憶に残りやすい。『エルフこわい』ってね。日本にも似たような胡散臭い話は山ほどありますよ」
古今東西、言い伝えなんてものはツッコミどころ満載の話がほとんどだ。日本の昔話なんて最たるものだ。都合のいい事は神様仏様のおかげ、都合の悪い事はおばけや祟りのせいである。
「あと、エルフが異種族で人間と違うって点も大きいかと。知識階級の貴族ほど怖がるのもそのせいかなー」
長い年月をかけて『エルフに手を出すと国が亡びる』と言われ続ければ、ある種の呪いのように楔として打ちつけられたのだろう。他国でも信じられているのだから相当なものだ。
「瑞樹はそのことを領主に言ったの?」
「言わない言わない! 話のあと、『うひゃあ~! エルフって怖いですねえ~!!』って震え上がっときました」
大根役者のような怖がる仕草をしてみせると、皆からクスクスと笑いが起こった。
「エルフが畏怖されているならずっとそうさせとけばいいんです。実際恐ろしい連中でしょうし……」
と言いかけて、慌てて付け加えた。
「って、ティナメリルさんが……ってことじゃないですよ?」
軽い冗談で場は和み、俺の不安も少し収まった。
しかし窓の外の雨はやむ気配がなく、俺の不安はずっと残ったままだった。




