221話 盾の魔法
「次は何がありますか?」
「んー……」
クールミンは一冊の本を手に取ると、
「魔法の盾ですかね」
「おおー!」
キタコレ魔法の盾!
漫画やアニメでお馴染みだ。きっとそういうものに違いない!
「ここではなんなので、外に出ましょうか」
「わかりました。それじゃあ旧館の陰になるとこらへんでやりましょう」
魔法を使うところを人に見られたくないからな。通りから見られない場所でこっそりと行うことにしよう。
「まずは『風の盾』からやりましょう」
「はい」
彼は本をパラパラとめくり、呪文があるページを開く。
例によって長々と呪文が書いてある。あの『神様お願いします』的な文言があるやつだ。
実演前にクールミンが尋ねる。
「…………ここって省略できるんでしたっけ?」
「おそらくできますが、まずはクールミンさんが魔法学校で習ったとおりにお願いします」
「そうですね」
そう言うとクールミンは本を閉じ、独り言を呟くような感じで唱えた。
《唱えます。風神ウィンドルが守ります。よろしくお願いします。風の盾》
詠唱を終えた彼は、終わりましたとばかりにこちらを向いた。
しかし彼には何の変化も起きていない。
こう……風がブワッとなったとか、近づくと跳ね飛ばされるとか、そういう変化はまったくない。
クールミンはクスリと笑う。俺が戸惑っているのがわかったからだろう。
そして彼はスタスタと歩いて十メートルほど離れた。
「瑞樹さん、そこの石を拾って軽く私に投げてもらえます?」
「あ、ハイ」
足元に落ちている小石を拾う。
「いきますよ」
「どうぞ」
その石をクールミンにめがけてヒョイと投げた。すると小石は彼に当たる直前、横にそれた。
「お、マジで?」
調子に乗ってニ、三個投げてみる。だがやはり小石は彼の身体に当たることなく左右にそれて落ちた。
「これが『風の盾』です」
「おおー! それってあれです? 矢とか避けるやつ」
「そうです」
クールミンが解説する。
風の盾は見た目には何もわからない。発動状態で人に触れることも触れられることもできる。
効果は投擲攻撃を避けるものだが、あくまで逸らせる程度の能力である。遠距離から弓矢や弾速の遅い投石などは避けられるが、弾速の早い投射物は避けきれない。巨大な物体や重量のあるもの……投石機で投げられる石とかは無理。
長所は発動後、勝手に維持してくれるところ。時間は人によるが三十分から一時間。
短所は特にない。まあ「物を放り投げて渡してもらえないことぐらい」と彼は笑った。
「石の魔法の弾は避けられない感じです?」
「小さい弾で百メートル以上離れていれば……という感じです」
あくまで逸らすという効果である以上、防ぐのも速度と重量次第ということか。
「石の魔法の弾を防ぐのは、次の『水の盾』ですかねー」
「ほほう」
ということでさっそく次の『水の盾』を見せてもらう。
クールミンは左手を握り、グーの状態で構えると、
《詠唱します。水の神ウォルトルが守ります。水の盾》
すると彼の拳の前に円形の水の盾が出現した。
「おおおー!!」
思わず感嘆の声が漏れた。
大きさは直径六十センチ、厚さはだいたい一センチ程度といったところ。
さわると盾はゼリー状っぽい。表面はぬるぬるした感触で、しかもなぜか濡れない。
指を突っ込んで貫通させようと試みるも無理そう。
クールミンが腕を上下に振ると盾もついて動く。盾は浮いている状態にもかかわらずだ。
彼が言うには「マナを放出して盾を維持している」とのこと。なのでマナを止めると水の盾はバシャンとその場に落ちる。
「んー、俺もやってみていいですか?」
「ぜひ拝見したいです」
辺りを見渡して人の目がないのを確認する。
俺の場合、拳からマナを放出するという芸当はできない。そこでおでこから魔法を放つイメージで詠唱してみる。
《詠唱、水の盾》
突然、頭のてっぺんから足元まで体前面を隠すほどの大きさの水の盾が出現した!
「うわっ!」
「なっ!?」
これにはクールミンも目を丸くして驚いた。
よく見ると円ではなく楕円。長径は身長を頭一つ超えるほど、短径は肩幅より広いぐらい。
しかも曲面になっていて俺の体前面に展開されている。イメージ的には『楕円形のでっかいコンタクトレンズ』といった感じ。クールミンの水の盾は平面だったんだがなー。
そしてこの盾……首を振るときちんとついて動く。ブンブンと首を振るとすごい速さで水の壁が動くのでちょっと怖い。
「これ……すごい硬いですね」
そう言われたので触ってみる。ぬるっとした感触の硬い物体……まるで表面が濡れた強化ガラス板のようだ。
叩いても音はしない。しないが指で叩くとトントンと音が聞こえそう。
見た目は完全に巨大なコンタクトレンズである。
「これ、凍ってるわけじゃあないんよねー?」
独り言のように疑問を呟く。
理系特有の『疑問を解かずにはいられない病』が発動し、あれやこれやと推測が頭を駆け巡る。
まずは物理攻撃耐性をチェックするか。
「クールミンさん、ちょっとそこの棒で殴ってみてくれません?」
クールミンは花壇のそばに落ちていたエクスカリバー(木の棒)を手に取ると、ブンブンと力いっぱい上下に素振りした。
「手加減! 最初は軽くですよ!」
「……わかってますって!」
ニコッと笑うクールミン。あ、これ本気で殴る気だ。
彼は右手に棒を構えると、
「いきますよ?」
「どうぞ」
クールミンは上段振り下ろしで殴りかかった。
すると棒は盾に当たって止まることなく表面を滑り、彼はバランスを崩してこけそうになった。
「わわわ!!」
「!?」
彼は改めて盾の前に立つと、感触を確かめるように棒で何度も叩く。
つるりつるりと滑る棒。濡れている表面を叩いているにもかかわらず、水しぶきを上げるような音もしない。
「はは~ん。なるほどね~」
「な、何です?」
「いえね……叩いた感触がまったくないんですよ。棒が滑るので気色悪いと言いますか……」
「気色悪い?」
本来の水の盾は、すさまじく粘性が強い液体という感じ。
たとえば、矢を受けたときは少し刺さってそのまま落ちる。剣で殴られたときはグニッと少し埋まってから逸れる。槍で突かれたときは切っ先が突き抜けることなく押しとどめる。
つまり、攻撃側は止められた……という感覚があるわけ。
ところが俺の水の盾はまったく違う。
当たった感触がまったくないらしい。なんていうか、空を切っているに近い感覚だという。
盾全体が曲面になっているので棒が当たった瞬間、上下左右どちらかに滑ってしまう。力いっぱい殴ると体ごと持っていかれるのだ。
そこに物体があると思って殴ったのにない感触……バランスを崩したのはそのせいだ。
これは物理ダメージは完全無効化しているってことかな? 常温で固体な水……ってどゆこと?
「ふ~む。まあ検証は追々するとして……」
そういやこれってどうやって解除すりゃいいんだろう?
試しに《解除》と頭の中で詠唱してみた。するとバシャンと大きな音を立てて水の盾が崩れた。
「わお!」
二人して飛びのいた。
「あッいや、どうやって消すのかなーと思って試しに『解除』って念じてみたんです。すんません」
互いに面食らってしまい、二人しておかしくなり、ふふふと笑った。
「それでは最後に『土の盾』なんですが――」
「はい」
「ここではできません」
「えっ?」
クールミンは花壇をじっと見つめながらそう述べた。
「魔法が使えないという意味ではなく、ここ……つまり『町での使用が禁止』という意味です」
「なんで?」
「地形の変化を伴うからです」
彼によると、土の盾は『地面から高さ約一メートル程度の壁のように土が出現する』というもの。イメージ的には地面から土の板が生えてくる感じらしい。なのでたとえば石畳の場所で土の盾を発動させてしまったら、石畳を突き破って土の盾が出現してしまう可能性があるのだ。
そうなると「わぁ~すご~い!」では済まない。まわりから「石畳破壊しやがってどないすんねん!」と激怒されるわけ。
道路で使ったら通行遮断、建物の近くで使ったら家倒壊……といった被害が生じるだろう。普通に器物損壊罪で逮捕だそうだ。
「…………そ、そこの花壇でもダメですか?」
「土はどこに片付けるんです?」
「あー…………」
そうか、出現した土を片付けなければならないよな。
ここならそばに空き地があるからそこに捨てたら……と言ったら怒られそうだ。
「それに瑞樹さんの場合、どんなことになるかわからないでしょ?」
う……否定ができん。
水の盾ですらクールミンと異なりデカくて硬いものだった。となると土の盾がどういう状態で出現するかわからない。
通常は石造りの家を押し上げたりするほどの魔法ではないとのこと。しかし俺の場合は保証がない。ここで唱えて旧館ごと持ち上げたりしたら目も当てられない。ティナメリルさんのお家を破壊とか、クビじゃ済まん!
ん? よく考えたらグロリオ草のときに、花壇の土の上げ下げやってたな。
それってヘタしたらこの辺りの石畳ごとドカンドカン上げ下げしてたかもしれんのか……。あっぶね~!
「……なのでこれは覚えるだけにしておいてください」
「わかりました」
土の盾の話のときだけ、口調が防衛隊員の忠告っぽい感じだったように思う。生活圏で使ったらホントにアカンのだ。
そうだな……いつかまた森の奥に行くことがあれば、そのときに検証してみよう。




