216話 第一王子たちの顛末
第一王子の引き渡しから三週間。
ティアラ冒険者ギルドはいつもの活況を取り戻し、襲撃の影はすっかり消えていた。
冒険者の中には詮索好きも多い。だが貴族や軍の行為を知ろうとする愚か者はいない。地位格差のひどいこの国では、口は災いの元である。
今回の襲撃事件、関係者には『“第一王子とその近衛兵”に偽装した賊の仕業』と口裏を合わせてある。
交渉のときは『庶民の暴動対策』と王国騎士団長には言ったが、本音は権力者に口出しさせないための方便だ。貴族に問われたときに「あれはニセモノですよ」とごまかすためってわけだ。
とにかく我々は絶対に本物とは認めない! 断固として認めてはならないのだ!
さて、本日、領主の次席執事であるアルナーがやってくる。
用件は『引き渡し後の顛末報告』『交渉で得た金の一部の運搬』である。それと俺が個人的にお願いした品もらしい。いやーもう待ちに待ってたよ!
なんせこの三週間、俺はずっと気を張っていた。
言わずもがな、ランマルに変装して第一王子と近衛騎士団に私的制裁を加えた身である。正体がバレて暗殺部隊が送り込まれたりしないかと気が気ではなかった。ま、何事もなさそうでホッとしている。
それはそうと、連中のその後は気になっていた。
先触れで来た使者は「到着は13時頃」と言っていたのだが、もう14時を回っている。
何かトラブルでも……とやきもきしていていると、ギルド前の広場に馬車の団体が到着した。
「遅くなって申し訳ありません!」
アルナーがかばんを携えて駆け込んできた。
すぐ後ろには、防衛隊のカートン隊長とクールミンも姿も見える。
これに驚いた店内の冒険者たちは一斉に出口に向かう。
フランタン領の紋章入り馬車に荷馬車、領兵の護衛、それに防衛隊まで来たのだ。かかわりあいはゴメンだろうて。
カートン隊長は相変わらずの仏頂面で登場。
ちなみに彼は、第一小隊の隊長から“総隊長”という新設の役職になり、バザル副隊長が第一小隊の隊長に昇格した。おめでとう。
なお、隊長が固辞していた本部長も、別の人が就任済みである。
「いえいえ、遠路はるばるご苦労様です」
「先に行政官に着任されたマグバーハン伯爵にご挨拶に伺ったのですが、話が少し長引いてしまいまして……」
なるほど、先に行政局に行ったのか。
マグバーハン伯爵は、コーネリアス侯爵の奥様であるリーシェ夫人の兄君。侯爵より三つ下なので義理の弟になる。
人物評については侯爵から「大丈夫だ」と念押しされている。貴族を鼻にかけて庶民をバカにしたりしないという意味だ。
俺の勘気を被ってぶっ倒されては困るからだろう。
アルナーは目録を差し出しながら、
「それで……荷物はどうしましょうか?」
「馬車は裏手にまわしてもらえます? 金品は旧館の金庫にしまわないといけないので」
「わかりました」
金品とは、引き渡し交渉で約束した金である。いいかげん職員に見舞金を支払いたかったので、少しでもとお願いしたのだ。
それと、俺が個人的にお願いしたものがある。魔法関連の書物だ。
タラン主任に目録を手渡して荷物の受け取りを頼むと、俺たちはギルド長室へ向かった。
「わざわざご苦労さまです」
「いえ、こちらこそ大変世話になりましたから」
ロキギルド長は立ち上がってアルナーと握手を交わす。次いでカートン隊長、クールミンとも交わした。
ソファーにアルナーを促し、俺とギルド長も腰を下ろす。カートン隊長とクールミンは一人用の椅子に座ってもらった。
扉がノックされ、リリーとキャロルがお茶を運んできた。二人に礼を言うと、軽く会釈して微笑んだ。
アルナーはお茶を一口つけると、かばんから手紙を取り出した。
「こちらが瑞樹さん宛に預かった手紙です」
「内容は?」
「ユリウス殿下と近衛兵たちの処罰の内容です」
「えっ、処罰されたの?」
思わず口にした。侯爵が「処罰されないだろう」と言っていたのだが……。斜め読みしながら重要人物の名前を探す。
「…………は? ギュンター処刑!? 斬首?」
「えっ?」
俺の驚きに皆が反応する。ギルド長は手に持ったコップが揺れ、クールミンはあんぐりと口を開いた。仏頂面のカートン隊長ですら驚きで目を見開いていた。
文章を指でなぞりながら読む。
「あーなるほど。責任を全部ギュンターに押し付けた形ですね」
手紙には『人事権の乱用』『公金の横領』『貴族との収賄』『機密情報の漏洩』という言葉が並んでいる。近衛兵を私物化していたという理由で断罪されたわけだ。一部の不正ということにしなければ、王国軍全体が弱いと思われてしまうからだろう。
あと、ドラゴンの牙の情報を衛兵から聞き出したことも処罰の対象に含まれている。賄賂を渡して極秘事項を聞き出すのは、まんまスパイ行為だからな。
第一、その行為がなければ事件そのものが起きなかったわけだから、むしろそれでの処罰は妥当だ。
それと、ギュンターの家であるオルトナム伯爵家にも処罰が及び、当主は家督を次男に譲って隠居を余儀なくされたようだ。
本来はお家断絶らしい。しかしオルトナム家は古くから王家に尽くしてきたこともあり、その温情から国王陛下が慈悲を与えたようだ。
「あと、第一王子直属の近衛兵は解体。全員クビですね。……あ、退職って意味のクビね」
理由は『職務怠慢』『能力不足』、資質に問題アリというもの。
思っていた通り、彼らはギュンターのコネで近衛兵に重用された、いわゆる第一王子派の貴族の愚息だそうだ。
この処罰で第一王子派は求心力を一気に失ったらしい。やはり王位継承の派閥争いがあるのか……やれやれ。
となれば当の張本人、第一王子のユリウス殿下はどうなったのか?
「ああ。第一王子は療養ということで当分謹慎か…………ん?」
「どうした?」
仰天した表情で皆を見渡す。
「なんか、ユリウス殿下…………機能不全になったっぽいですわ!」
「機能不全?」
俺は自らの股間を指さす。すると四人全員、気の毒そうな表情を浮かべた。
ふふふ、心に傷を負わせることに成功したわけだ。
宿で受けた傷と、三日間にも及ぶ地下牢でのひどい仕打ちは、治癒魔法で身体は治っても、心の傷は残ったのだな……ざまぁ!
それと、あくまで噂の域を出ないとの注釈付きだが、国王陛下はこのことを伏せるために療養という形をとったのだろうとある。
近衛兵たちは処罰はないようだ。
よく考えれば、大半の近衛兵はフランタ市に来ただけで何も悪事は働いていない。そんな連中まで処刑というのは、俺としても本意ではない。
私的制裁はまさに、とばっちりのご愁傷さまなわけだが、日ごろから庶民に横暴を働いているツケだと思ってもらおう。
それに軍を解雇されたことで体面は地に落ちている。それが処罰といえるだろう。
「あ、こーれはヤバい!! ランマルの仕置きが国王にバレた!」
カートン隊長がじろりと目を向ける。私的制裁の件をいまだに根に持っている。『私的制裁、ダメ。ゼッタイ!』と顔が言っている。
さすがに事情聴取でバレるか。
侯爵も国王陛下から仕置きの内容を聞かされて真っ青になったとある。だがランマルの正体についてはとぼけたとのこと。サンキュー侯爵。
だが仕置きの件が知られたことで、国はここに調査部隊を送り込んでくるかもしれない。しばらくは身辺警戒を怠るまい。
ま、でもランマルが罪に問われることはないはず。
なんせ第一王子はフランタ市に“来ていない”のだからな。俺が王子に「タダで済むと思っている」と吐き捨てた本当の意味である。
「ん、だいたいわかりました。ギュンターが処刑されたのは意外でしたが、正直胸がスッとしました。……ね?」
俺の言葉に、四人とも口をギュッと閉じて沈黙を貫く。
ホントはみんなも気分がスッとしているだろうに……。大人の対応だなー。




