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〜アンジェリーナside 2〜
思案に暮れていると、ジェイド殿下の声が耳に入る。
「確かにアンジェリーナにさ、催眠や洗脳なんてできそうにないよねー。でも、なんか惹きつけられるものがあったんだけど、今じゃすっかりわからないんだよね。あ、悪口じゃないよ?」
「…ジェイド殿下、それは悪口です」
「ははは、ごめんごめん。なんていうか、目が覚めたというか、毒気が抜かれたというか、そうそう、解毒みたいな?」
「ジェイド殿下、そ・れ・も、悪口です!」
ジェイド殿下とギャーギャーワーワー騒いでも、結局謎は解けなかった。そんなある日、学園内を友人数名と歩いていると、スカーレット様に話しかけられた。
「アンジェリーナさん」
え? 久しぶりにスカーレット様に声を掛けられたけど、いつも通りに振る舞おうとしていらっしゃるが、目付きヤバくない?
「スカーレット様! お久しぶりです」
スカーレット様の様子がおかしいことに、気づかないふりをして、元気に返事をする。なんだか厄介事な気がする。
「ええ、お久しぶりね。アンジェリーナさんと少しお話ししたいのだけど、お時間いただけるかしら?」
辛うじて優雅な笑みを浮かべているが、目が血走っているし、肌艶もなんだか悪い。少し話したいと言われ、友人達と別れ、二人でラウンジへと移動する。
正直どうでもいいような世間話から始まり、ひと息ついたところで、スカーレット様は切り出した。
「ところで、アンジェリーナさん、以前私が差し上げた香袋は今もお持ちかしら?」
香袋…香袋ね。スカーレット様自ら作ったとおっしゃっていたから、肌身離さず持っていたのよ。でも、大変失礼だけど、侯爵令嬢が用意した割には変な匂いでさ。ちょっとスパイシーというか癖がある匂いで、私はフローラル系の匂いが好きなんだけどな。
令嬢が身につけるような匂いじゃないから、プレゼントとしてはどうなのかしらと思うけど、そんなこと言えないし、大事にしないわけにもいかないし、ってね。ただ、気が付いたらなくなっていたから、誰かが持って行ったと思うのよ。実際、髪飾りやハンカチもなくなっていたことがある。
嫌がらせと言うより前世で言うストーカーって感じ? 私の使っているものを持って行っては、律儀に新しいものを置いていくもんでね。これがヒロインの愛され力ね、なんて思っていたものだ。
だけど、前世でもプレゼントを紛失するなんて、人としてどうかと思うのに、今世ではそれどころの話ではない。ましてや、上位貴族の、しかも手作りの品だ。
つまり、たかが香袋ひとつでも、弱小子爵家なんて、スカーレット様の気分次第で、かなり不味い立場になる。なので、用心していて本当に良かった。スカーレット様から頂いたものは、可能な限り複製を用意していたのだ。質の違いはあれど、パッと見はわからないだろう。
でも、中身の葉は以前嗅いだことがありそうなんだけど、何かまでわからなかったから、同じものを用意できなかった。お願いだから、匂いは嗅がないで欲しい。
「香袋ですか? スカーレット様に頂いたものですもの! もちろん今も肌身離さず持っていますわ」
そして、ポケットから出して見せる。お願い! それ以上近づかないで…。
「……今も持っていてくれて嬉しいわ」
「もちろんですわ。スカーレット様に頂いたものですからっ!!」
スカーレット様は触れることなく、すぐに視線を逸らした。良かった…見た目は同じようでも匂いを直に嗅げば、全然違うことはわかってしまう。本当に良かった! 早々に偽物はしまい込んで、勢いで押し切ることに成功した。
スカーレット様は満足したのか、ようやく私を解放してくれた。マジで危なかったー! 自分の危機管理能力を褒めてあげたい。40うん何年の経験値ね。
翌日の休憩時間、日課になりつつあるルドルフ殿下とジェイド殿下との集まり。どうやらジェイド殿下ったら、私がスカーレット様に捕まっていたところを目撃していたようで、面白おかしく揶揄ってきた。もう! この隣国の王子様ったら! エイダン様どうにかしてよね。
大変な思いをしたこと、乗り切ったことを愚痴っていたら、ふいにルドルフ殿下が呟いた。
「…香袋だけ、気にかけたのか?」
「ええ、そうですけど?」
「他にも貰った物もあるのだろう? 香袋やハンカチみたいに目立たないものではなく、同じように気にかけるなら、髪飾りのような目立つものを気にかけるべきではないか?」
「確かに言われてみれば、そうですね。特にいただいた髪飾りなど頻繁に身につけていたのですが、盗まれてからは、所詮はフェイクなので、使用するのを避けております。持っているか気にするなら、髪飾りの方が目立ちますよね」
「ふむ。君が周りからチヤホヤされるようになった時に何があった?」
「…特に変わったことはないと思います」
「では言い方を変えよう、その前後に何を貰った?」
「…香袋?」
私はまだよくわかっていないが、ルドルフ殿下とジェイド殿下の顔つきが変わった。
「ロゼリアは薬草をブレンドした茶葉を、親しいものたちに贈っているよな」
「ええ、お嬢様がブレンドした茶葉は身体にも良く、味も一級品です。趣味でお作りしているので、市場には出回っておりませんが、親しい方たちに贈っておられるようです。私は頂いてませんけどね……」
「へぇー! ロゼリアがブレンドするんだねー! 最近のやつも美味しいよね! 飲みやすいのに、後味がピリっとしてて、癖になるよね。え!! もしかして、もしかする? ロゼリアのお茶に何らかの効果が、ある?」
「俺はそう思っている。ロゼリアのお茶を飲んでから、頭がはっきりしてきたんだ」
「あ……」
「ん? アンジェリーナ、何か言いたげだな」
「私、あの香袋の匂い、前世で嗅いだことがあります! 医療用として使われることもあるんですが……身につけるものでは……」
「医療用…。ハインツ家は医療に秀でているし、薬草も手に入れやすいな」
「失礼を承知で申し上げますと、ルドルフ殿下の婚約者はスカーレット様になるものだと思っておりました」
私はアンナ時代の記憶を呼び起こす。