表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄の通知を書いていた王宮書記ですが、百通目の宛名が私でしたので、原本を読み上げます  作者: 銀細工ナギ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/20

共同申請人

翌日の午後、誓約書庫の小さな照合室には、四人と一鉢の鎮静草が揃っていた。


クララは薬草園の納品相談で王都に来ていたため、そのまま証人を引き受けてくれた。ミーナは朝から落ち着きがなく、インク壺を三度並べ直している。エドガーは昨日より緊張して見え、私はそれを見るたび少し安心した。


人生を変える文書の前で平然としている人を、私はもう好ましいとは思えない。


「では、原本を読み上げます」


書庫長としてではなく、共同申請人として、私は清書した婚約申請書を手に取った。


「共同申請人、エドガー・アーレンス。共同申請人、リディア・エルンスト。両名は、相互の自由な意思により婚約を申し込む」


昨日、最初は申請人と被申請人と記されていた部分だ。エドガーが、自分から直したいと申し出た。


「婚姻後も、リディア・エルンストは誓約書庫における職務を継続する権利を有する。エドガー・アーレンスは監察職務を継続し、双方は相手の職務上の独立を侵さない」


クララが満足そうに頷く。


「婚姻前財産は各自が管理し、共同運用には双方の署名を要する。居所および同行については、双方の希望を協議し、一方の身分を理由に強制しない」


ミーナがもう泣き始めた。


「いずれか一方の意思により婚約または婚姻を解消する場合、相手の尊厳を損なう理由を要せず、財産上・職務上の不当な罰を伴わない」


最後の条項を読み終えると、部屋が静かになった。


クララが小さく言った。


「とてもよい条項です」


その声には、自分がかつて持てなかった自由を、誰かの紙に見つけた温かさがあった。


私はペンを取った。


リディア・エルンスト。


署名を書き、家の印を押す。エドガーも隣に署名し、王弟としての印を押した。今度の印は白百合ではなく、彼自身が監察官として用いる梟の印だった。広げた翼の線に欠けはない。


「照合します」


ミーナが涙を拭いて、二つの印と署名を確認した。クララも証人欄に署名する。


「これほど安心して見られる婚約原本は初めてですわ」


「通常、証人が以前の婚約事件の被害者ということはありませんからね」


私が言うと、彼女は肩をすくめた。


「通常ではないから、よろしいのです」


原本を保全箱へ収め、銀蝋を落とす。この箱は誰かから文書を守るための封印ではない。二人が同じ内容を選んだことを、未来へそのまま届けるための封だ。


「掲示用の公示は、どうなるのだろう」


エドガーが尋ねる。


「私が清書します」


「共同申請人が自分の公示を書いてもよいのか」


「成立公示は争いの文書ではありませんし、照合書記が確認します。もっとも、誤記をしましたら、ミーナに叱られます」


「全力で確認いたします!」


私は新しい掲示用紙を引き寄せ、羽根ペンを銀墨へ浸した。


婚約成立公示、第一号。


共同申請人、エドガー・アーレンス。


共同申請人、リディア・エルンスト。


両名は、相互の意思と署名により婚約を締結する。


必要な文は、それだけだった。


不義も、恩赦も、誰かが誰かを所有するような言葉もいらない。


公示を貼り出すため一階へ下りると、掲示板の前には思いがけず人が集まっていた。父と母、法務院から抜け出してきたエルマ、杖をついたアイナと母親、それに書庫の書記たち。


「皆様、なぜ」


クララが涼しい顔で言った。


「書庫には記録が残りますが、祝い事は目で見なくては」


ミーナが公示を掲示板へ留める。私が以前、罪を書き写したのと同じ場所へ、新しい銀文字が光った。


アイナが母親に支えられながら近づき、微笑んだ。


「美しい文字です。今度は、読むと息ができます」


ベアトリスからは、王都を離れる前に小さな包みが届いていた。中には二人分の白い布手袋と「助けてくれた方を探しながら、仕立屋を続けます」と記した便りがあった。訂正された名前は、それぞれの生活へ帰り、それぞれの続きを始めている。


その一言に、涙がこぼれそうになった。


エドガーが隣で、そっと手を差し出す。私は自分からその手に触れた。


「書庫長。今後も私の文書を厳しく確認してくれるか」


「もちろんです。監察官殿下も、私が見落とす記録を見つけてください」


「一生、努めよう」


「私も」


拍手が起きた。大げさな楽団も白薔薇の飾りもない、北塔の掲示板の前での拍手だった。それが、私には何より華やかに聞こえた。


百通目に自分の名を見つけた朝、人生は破かれたのだと思った。


けれど原本は、終わりを命じるためにあるのではない。


嘘に線を引き、奪われた名を返し、自分で選んだ続きへ、確かな署名を残すためにある。


私は掲示板の銀文字を見上げ、隣に立つ人の手を、もう一度握り直した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ