第17話 深い穴に潜ります
研究大好きなレオポルトでも、迷宮に潜るとなると、自前の武器を持ちます。
もっとも素人が武器を持っても怪我のもとにしかなりませんけど。
冒険者ギルドの修練場で、教官役の剣士ヨハンセンをボロ切れの様に倒したプリスカとオザンナ、初めて短槍を握った娘とは思えない上達ぶりね。
やっぱり胸の球の大きさかしら、サン・ホセ達はだいたいテニスボールくらいの大きさだけど、プリスカ達はハンドボールくらいありそうよ。
カタリーナはビーチボールを抱っこしているくらい大きかったわ。
「サン・ホセ、彼女達は戦闘奴隷としてレンタル出来ますね」
「う~ん、多分大丈夫だとは思いますが」
ちょっと、ここに来てなぜ思い悩む?
「何の問題があるの?サン・ホセ」
「まずは実戦経験の有無ですね。
剣士は直接魔物と向き合います、初めて魔物を前にして尻ごみする者もいるので」
「だったら先に迷宮で慣れさておけばいいじゃない、サン・ホセお願い出来る?」
「いえ、ミヤビ様、奴隷だけで迷宮に入る事は禁止されておりますよ、必ず有徳人が率いなければならないのです」
「なるほど、自身は安全なところにいて、奴隷だけを危険な目に遭わせるのは望ましくない訳ね」
「分かりました、ご主人様にお願いしてみますね」
◇
最初は迷宮なんて、と露骨に嫌な顔をしたレオポルト様だけど、少女戦闘奴隷の修練の為と言った途端に態度を変えたわよ、このロリコン。
更に直衛の護衛はカタリーナだと聞いて、ここ数日ウキウキが止まらなかった、ご主人様。
そんな、色々な思惑が馬車に乗りあい迷宮に向かう、御者台にはサン・ホセ。
わたしも久しぶりにパンツルックになって参加よ。
馬車から降りた私たちの横を通っていくのはピンッと張った三角耳を立てた、お兄さん。
「ちょっと、サン・ホセ … 」
「なんでしょう?」
「今通って行った人の耳を見た?」
「ああ、狐獣人でしょうかね」
それが、どうした、そう言った感じの物言いの戦闘奴隷。
「獣人がいるの!」
サン・ホセだけじゃなく、プリスカやオザンナも、この人は何を言っているの。
そんな顔をして、わたしを見ている。
人生を変える大発見をした私だけど、周りのみんなは。
“何を今さら”
みたいな顔をされただけだったわ。
迷宮の入り口でサン・ホセがレオポルト様に近づいてくる。
「レオポルト様、これは必要ありません」
そう言って腰にぶら下げた短剣を取り上げる、
「もしもの時に困るよ」
「迷宮は頭を使って考える人間にはそれ程危険な場所ではありません、命を落とすのは武器を持った無謀者です」
「けど、何かあったら……」
「考えてみてください、彼女達の戦闘力は中層でも充分に通用する水準です、逆に彼女達が倒されるくらい強い魔物が現れたら、ご主人様が短剣を持ったところで鎧袖一触でしょう……」
むくつけの戦闘奴隷の説明によると、手元に武器が無ければ、逃げるなり、隠れるなり、仲間を呼んだりするのだけど。
手元に先の尖った金属があったばかりに、無謀にも戦いを挑んでしまうそうよ。
新調した短剣は取り上げられ、皮の水筒一つを持たされて不満顔のレオポルト様。
残念ながらお姉さんはサン・ホセに同意だよ、魔物は君みたいな子がナイフ一本で勝てる相手じゃないからね。
「ご主人様、こちらが入り口でございます、署名をして、料金をお支払ください」
ここは中世っぽい世界なんだけど、妙に清潔感があるオイスターホワイトのカウンター。
中にはラズベリーピンクの制服を着たお姉さん、ベレーまでおんなじ色よ。
なんかデパートの案内カウンターみたいね。
「ダ・デーロ迷宮にようこそ、ご署名をお願いします」
受付のお姉さんはニッコリ微笑みながら、羊皮紙みたいな紙を差し出す。
「レオポルト様ですね、御署名ありがとうございました、こちらに迷宮管理料をお納めください」
言われるままに銀貨をトレーに置くレオポルト様。
「はい、入金を確認致しましたので、左手を差し出してください」
どんな仕組みかは理解できないが、レオポルト様の左手首にバングルが嵌った。
「その腕輪は帰って来られたら回収いたします、入場の際はそちらの改札に腕輪を当ててくださるとゲートが開くようになっております、行ってらっしゃいませ」
駅の改札口そっくりなゲートが開いて先に進む。
これで電子音がしたら完全に駅の改札よ、入場者と退場者をしっかり管理しているのね。
剣と魔法のファンタジーな世界なのに、デパートの案内カウンターと、地下鉄の駅みたいで複雑な気持よ。
迷宮に降りる道を歩きながらサン・ホセがレオポルト様に言う。
「その腕輪は迷宮に誰が入っているかを把握するものです、原理は分かりませんが、持ち主が死ぬとギルドの本部に通報が行くとか行かないとか」
「そうなんだ、ボクの目標はこの腕輪を返す事なんだね」
「その心意気を忘れないでください」
そうだよ、あんたが死ぬとわたし達も一蓮托生だからね。
◇
二人の戦闘奴隷が前を行き少し空けてレオポルト様と直衛のカタリーナ。
幼女剣士はご主人様の真横についてちょっと自慢顔、時々、
“どうですか?わたし役に立っています?”
そんな表情でご主人様を見上げると、ロリコンは頬をほころばせる。
“ノータッチよ、ロリ商人さん、懐いているからって手を出さないでね”
わたしとサン・ホセは少し後方を歩いていて、最悪の場合にすぐに助けに入れるポジションだけど、基本的に二人の戦闘奴隷に任せる、と言うわけね。
サン・ホセがわたしに言う。
「ここは迷宮の一階層です、主にラバンと言う魔物が出て来ます」
「ふ~ん、それ以外は出ないわけね」
「いえ、例外はございますが」
先頭を行くオザンナがハンドサインを送って来た。
「この先に魔物の気配がするそうです」
「どこ? 暗くてさっぱり分からないのだけど」
「倒しました」
わたしが存在に気がつくよりも早く魔物は狩られていた、灰色の少し大きめのウサギみたいな魔物ラバンを二人の戦闘奴隷が手際よく処理していく。
魔物は動物と違って切れば血が出てきたり、腹に臓物が詰まっていたりしない、プリスカは身体をひっくり返すと肉切りナイフを入れて魔石を取り出す。
「ご主人様、これが魔石でございます」
レオポルト様はプリスカから渡された魔石をそのまま私にリレー、研究大好きなお坊ちゃまには荒事は向いてないわね。
渡されたのはティーカップに入るくらいの大きさの石、濃い紅色、海老色とでも言う色をした生暖かい石。
その後もお化けウサギみたいなラバンを狩り、エンギュイナンと言う、お化けリスが出てきた頃には第四層に達していた。
◇
「パスティーです、なにぶん迷宮ですので野趣の富んだお食事となります、ご容赦を」
プリスカがわたしにパイの包みを渡してくれる、少し厚めのパイ生地の中はひき肉と炒めた野菜、いわゆる労働者の昼飯と言われる食事だそうよ。
「ありがとう、みんなも交代で食べましょうね」
食事は交代で食べるし、食べている時も、背中あわせで、周りの警戒を怠らないのが、生き残る秘訣だそうよ。
わたしはサン・ホセと背中あわせ、と言っても体格差がありすぎて、大きめの背もたれくらいよ。
そんな背もたれなサン・ホセの声が聞こえてくる。
「ミヤビ様、まだ上層ですが、感想はいかがでしょうか?」
「ああ、サン・ホセ、正直に言うと魔物は弱いわね、みんなが強すぎるだけなの?」
「いえ、おそらくこの層でしたら、ミヤビ様でも倒せる魔物でございますよ」
「割と簡単に倒せるので、新人冒険者は気を抜いて死んで行きます」
「物騒な話ね」
「倒した後魔石を取り出している時に後ろから攻撃されたり、今の様な食事時に攻撃を受ける事が多々あります」
「だから冒険者はみんな奴隷を買うのね」
「左様でございます」
ほの暗い迷宮、天井は闇に吸い込まれてどうなっているのか分からない、下の方の岩が緑色に鈍く光っているだけで、圧迫感がすごい、閉所恐怖症の人にはお勧めは出来ないわね。
魔物の設定には迷いましたが、地上の動物とはまったく違う構造にしました。




