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それから六たちはジャージに着替えて長靴を履いて校外にある公園のプールに来ていた。
プールと言っても長年使っていなかったのだろう。草はボウボウに生えて、プールの中には泥が溜まっていた。
「やあやあ、あなた方がこのプールの掃除を請け負ってくれるという学生さんですか?」
髪の毛が少し後退した人が良さそうな中年の男がやってくる。
「はい。僕がギネヴィア学園生徒会長貴咲樹です。このプールの清掃は我々が責任を持って綺麗にしてみます」
「何と頼もしい言葉だろうねぇ。よろしく頼むよ」
男は「では、僕はこれから仕事があるので、夕方に顔を出すよ」と言い残して、その場を去っていった。それを樹は笑顔で見送ると、六たちに向き直る。
「さあ、君たち。頑張ってプールの掃除をしようじゃないか」
と、そんなときである。樹の胸ポケットが着信音とともにぷるぷる震え出す。
「失礼」と言って、電話をとると「ああ、僕だ」と答え、それから何度も相づちを打ったあと電話を切る。そして、申し訳なさそうに六たちの顔を見て、こう言った。
「すまない。生徒会のほうでトラブルがあったらしい。僕は急いで学園に戻らなくてはいけなくなってしまった。申し訳ないが、プールの掃除は君たちでやってくれたまえ。よろしく頼んだよ」
「ちょ、ちょっと!」
フェイが呼び止めようとするが、樹の背中はどんどんと遠ざかっていく。残ったのは勇者部の面々のみだ。
「生徒会長のヤツ、俺たちに仕事を押しつけたな」
「さっきの電話は?」
「サボるための口実だろ」
六はデッキブラシを手にとって、プールの槽内を磨きはじめる。リュリュもそれに続いてデッキブラシで掃除をはじめた。
「あなたちはそれをわかっててやるっていうの?」
フェイが問いかけてくる。
「押しつけるってのは責任もついでに押しつけるってことだからな」
「そ、そんなぁ……」
四葉は信じられないという表情を浮かべる。
「歴史は繰り返す、ですね」
クリステルの発言は過去を思い返してのものだろう。
「どっちにしろ、やらなかったら次の日もやらされるだけってことでしょう?」
「そういうことだな」
他の三人も観念したように作業をはじめる。
やっていくうちに最初に休みがちになっていったのがクリステルである。
「ミイラさん、大丈夫か? 今日は日差しも結構強いし適度に休みながらやってくれていいんだぞ」
六が気遣うとクリステルは気丈に振る舞おうとする。
「私は大丈夫です。皆さんも頑張っているんですから、私も頑張らないと」
「そうか」
「それと私はミ・イラですので」
「はい」
クリステルがデッキブラシを握りなおして磨こうとしたときである。クリステルは何と足を滑らせてすっ転びそうになる、ところを六が抱きとめようとする。が、六も足を滑らせてしまい、それを支えようと四葉が駆け寄ろうとしたとき、四葉も足を滑らせる。そうやって数珠繋ぎのように転けた三人の無事を確認しようと駆け寄ろうとしたフェイもつまづいて前のめりに転けてしまった。
「もう! 何なのよ!」
ガバッと起きあがったフェイが理不尽だと言わんばかりに叫んだ。尚、掃除はまだ行程の半分も終わっていなかった。
それからも大小の主にクリステルが起因したトラブルは続いたものの日が沈む頃には槽内の掃除は無事に終わって、いまはプールサイドに敷き詰められたタイルの隙間から生えている草を抜いているところだった。
それもあらかた片付いてぐったりしているところを涼しい顔をした樹が帰ってくる。
「いやあ、すまない。用事が長引いてしまってね」
樹は長靴を履いて、どこでつけてきたのかジャージや顔を泥で汚していた。まったくもって大したものであると六は感心する。
それに合わせるようにして中年の男も遅れてやってきた。
「おおー、すごいじゃないか。ここまで綺麗にしてもらえるなんて思わなかったよ」
すっかり綺麗になったプールを見て、男は感激している。
「そう言ってもらえると掃除をした甲斐があるというものです」
「ありがとう、ありがとう」
男は樹の手を強く握って感謝の言葉を何度も口にした。
「これから困ったことがあれば、ぜひともギネヴィア学園生徒会長貴咲樹を頼ってください」
キラリと輝く汗と爽やかな笑みが眩しい。だが、六たちにしてみれば白々しくしか見えない。
「そうさせてもらうよ」
満足そうな二人を尻目に勇者部の面々はもはや何を言う気力すらなかったのだった。