1章 23話 幼児期19
二日ほど更新できない日が続いてしまいましたので、書ける日には1日2話更新し、従来のスピードに戻そうと思います。
ニルダは以前とは異なる戦い方ができたことに満足していたようだったが、掴んだ感覚を自分の物にするべく、何度も立ち合いをしたがった。ニルダに2本目の立ち合いを願がわれた男爵は強い眼差しを向けられて、もう勘弁と拒否するほどだった。
「いやはや、なんともすごいものだ。
わしも昔はシールズ男爵家にこの人有りと言われたものだが、
ニルダ殿と比べては、赤子のようなものだ。
手加減もされておったようだし、な?」
男爵は全然悔しそうではなく、むしろ嬉しそうだった。ニルダがギフトを持っていることは知らないはずだけど、ニルダの動きにぎこちなさを感じていたのか、手を抜かれていたように感じていたようだ。実際ニルダがギフトを使っていたら、最初の一振り目で終わっていたんだけどね。
その後、通常の訓練に戻ったニルダを男爵は嬉しそうに眺めていたが、屋敷へと戻っていった。
「ウィリアム助祭様! 朝食が出来上がりました」
男爵と入れ違いでやってきた屋敷のメイドから声がかかり、双子と一緒に屋敷へと入る。
食堂には男爵、長男、男爵夫人の三人と、その横にリネットがすでに揃っていて、俺たちを待っていた。
「本日出発されるとのことでしたな」
お茶を一口飲んで落ち着いてから男爵が話しかけてきた。
「お父様、朝食後すぐに発つつもりです」
俺が普段あまり物事を話さないので、向かい合ってもいないリネットが代わりに返答してくれる。
「そうか。うちの領地も今ではそれほど裕福ではなく、
教会を支援することもできなくなってしまいましたが、
信仰だけは絶やさないつもりでおります。
またの訪問をお待ちしております」
男爵家全員で頭を下げてくれる。リネットも一緒だった。
俺は頭を上げてもらうようお願いする。
「我が女神はあなた方の信仰に必ず報いることでしょう。
それがいつになるかはわかりませんが、必ず訪れます」
あの駄女神が戻ってきた時はこの男爵家に対して土下座でもさせなきゃいかんな……と思う。
そして、俺が元の世界へ帰るために男爵達の信仰は必要だから、是が非でも支えてやりたいところだ。
「では、大したもてなしもできませんが、
朝食をいただくとしましょう」
男爵が全員に聞こえる声で言い、パンを1欠片口に入れるのを見てから全員で食事を始める。
貴族の家では、主人(今回は男爵)が食べてから他の者が食事をするのがマナーとされている。
客に関してはその限りではないのだが、貴族の主人より格が劣る場合には同じマナーが適用される。
俺は教会関係者であるためその辺りの格の上下は関係なくなるのだが、ただで食事をもらっている客人と言う扱いでもあるため、気持ち的に男爵を敬うつもりでマナーに倣った。
今朝のこともあり男爵はニルダに興味を持っていたのか長男と一緒に話しかけ、リネットは夫人とノエリアの三人で会話に花を咲かせていた。女性らしい話し方をしないノエリアだが、やはり女性らしいところも多くありリネットと夫人とは会話がとても合っていた。
昨日の固い雰囲気の夕食とは違って、今朝はとても楽しそうである。なお、俺はと言うと一人で黙々と食べていた。
食事も終わり、荷物も全て片付けて屋敷の前で出発の準備をしていると、見送りのために男爵が家から出てきた。何も声をかけずに、ただ頭を下げていた。
こちらも深く頭を下げて感謝の気持ちを伝えた。
「とても素晴らしい方々だったな」
男爵家を出発して1時間くらいした頃、急にノエリアがそんなことを言い出した。
普段割と仏頂面することも多いノエリアが、笑顔で何かを語ることはとても珍しい。
俺は、そうだね。とそれだけ言って歩くことに集中する。と言うか、ついていくのに精いっぱいで割と他のことに意識を向ける余裕もない。
復路では、往路より多く歩いた。1時間……いや、30分は多く歩いたと思う。何が言いたいかと言うと、毎度背負ってもらっているわけだが、俺も背負われているばかりではないと言いたいのだ。
少しずつ自分の足で歩く時間,量は増えている。背負われることを是としているわけではないのだ。と思ってるうちに眠くなってきて、ニルダの背中に頭を預けるとそのまま意識を途切らせてしまった。
「ウィリアム助祭は、寝たか」
「どうやらそのようですね。
今回の旅はいつもより疲れることも多かったでしょうから、
仕方ないとも思います」
ウィリアムの頭をリネットが撫でる。ノエリアは不思議な少年を見ながら深く深く考え込んでいた。
「しかし、助祭は本当に何者なんだろうな」
矢に対する知識、姉ニルダの剣に対しての知識、そして少年ながら大人顔負けの礼節、ただならぬ胆力も持ち得ている。ただの子供ではないことだけはわかる。
ではなんなのだと言われるとさっぱりわからない。以前リネットに言われた、闇の女神の生き写しと言う言葉から、闇の女神の祝福を全て受けて生まれた子供のようだとしか、わかっていなかった。
「お二人は、ウィルくんのことをどう思ってますか?
もし、自身の命にかかわるような出来事があっても、
ウィルくんを守れますか?
ちなみに、私は何があってもウィルくんを守ります。
守り抜きます」
急に、リネットがとても真剣な態度で二人に尋ねた。その声は聞くものに緊張を強い、真面目に返答させる。
ダークエルフの双子も真顔になって答える。
「うむ。私は、助祭のことをとても尊敬している。
当初は姉を助けてくれた恩人として尊敬していただけだったが、
今ではその人となりを知って、全てを尊敬しているつもりだ。
自身の命にかかわるような出来事があった時には、命を懸ける
つもりで守ることを誓おう」
ノエリアの答えは、今思っていることを素直に表現した素直な気持ちだった。
普段言葉遣いも粗いこともあり、ノエリアがこのように素直に言うことはなかなかない。
「私は、ウィリアム助祭を敬愛しています。
身も心もウィリアム助祭に捧げるているつもりです。
死ねと言われれば今すぐにでもここで自決しましょう。
自身の命にかかわるような出来事があったとしても、
我が命恋しさに逃げるようなことなどありません。
この命投げだしてでも、ウィリアム助祭を逃がします」
二人の心意気には多少差がある……ニルダの心意気は若干重い気もするが、リネットは納得し、自身のみが知るであろう事実を伝えることにした。
「以前、ウィルくんについて少し話したよね」
「まあ、お前からは何度も聞いてるけどな」
ノエリアが的確に突っ込み、それについて身に覚えがあるリネットはゴホンと咳払いして聞いていないふりをして先を続ける。
「ウィルくんは3歳の頃から教会にある開かずの間に
毎日入り込んでいるの。
開かずの間にはとても頑丈な扉があるんだけど、
その扉は鍵のような物は一切ついてなくて、でも
村の大人数人がかりでも開けられないって言う、
本当に不思議な、開かずの扉なのよ」
「その扉は壊して中に入ることもできないの?」
ニルダが背負っているウィリアムを起こさないように、半身になって後ろの二人を見る。
「壊すことも一時期考えたことがあるみたい。
でも、破城槌のような物を用いても、
傷一つつけられなかったと修道士長様が
おっしゃってたわ」
つまり誰も入る方法を知らない上に壊すことができない部屋にウィリアムは堂々と入っていたことになる。
「助祭以上の役職であれば、入れるのではないのか。
助祭,司祭,司教,昔なら教皇もいたはず」
リネットは首を振る。
「私も聞いた話だからどこまで本当かわからないけど、
過去司祭様や司教様、教皇様でも入ろうとしたけど
入れなかったみたい。
あの部屋は、教皇様よりもっと特殊な存在でないと
入れないんだと思うの」
教皇より上位の役職なんてものは存在しないから、教皇より特殊な存在でないと入れない部屋だと言うリネットの考えはあながち間違いではなさそうである。双子も話を聞いて納得した。
では、どのような存在なら入れるのだろうか。各宗教には聖女がいると言うから、聖女なら入れるのだろうか。しかし、ウィリアムが入れると言うことは聖女である必要はない言うこと。では、ウィリアムは一体なんなのだろう、三人がそれについて考え出しても結論はすぐに出なかった。
「……御使い……か」
ボソと呟いたノエリアに、二人の目が集中した。
ノエリアを見つめる二人は、どういうことだと今にも言いそうな顔をしている。
「闇の女神様が、この世界にウィリアムを遣わした。
ウィリアムは闇の女神様の御使いなのだろうな」
ノエリアの言は二人をある程度納得させた。おそらく、いや、間違いなくウィリアムは御使いである。そしてこのことはウィリアムを命を懸けて守れる三人だけの内緒と言うことにした。
話もまとまり、また歩き出す。
数歩歩いてからノエリアが思い出したように、
「で、リネットはウィリアム助祭のことをどう思ってるんだ?
私たちだけに言わせておいて、自分は答えないってことは
ありえないよな?」
ニヤニヤとした顔でノエリアがリネットに聞く。
急にそのようなことを聞かれ、リネットは驚いてパニックになっていた。
「いえ……あの……私は……ウィルくんのことは……
弟……我が子のように、思ってますから!
我が子のことは、命をかけても守るのが母親です!」
リネットは顔を真っ赤にしていた。
ウィリアムと言う名前が自身の弟になるはずだった者の名前であったこと、その名前をつけた子供を赤ん坊の時から面倒見てきた自分には、我が子のように思えてならないこと。
初めて誰かに話した。ダークエルフの双子は、恥ずかしそうに語るリネットをとても温かく見守っていた。




