1章 11話 幼児期8
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次に入ってきた患者は先日の祈祷の際に俺に慰問を要望していた老婆だった。
リネットに支えられて、一歩ずつゆっくり入って来る。足に難があるような感じだ。
「命があるうちにもう一度慰問に立ち会えるとは。
しかも、こんなに可愛くて立派な助祭様がねぇ。
ありがたやありがたや」
椅子に座った老婆はまたも俺にお祈りを捧げている。
困った俺はリネットに振り返る。リネットは苦笑していた。
「お婆さん、それで具合はどうなんでしょうか?」
リネットは老婆の肩に手をかけて話しかけることで、お祈りをやめさせることに成功していた。
「最近ねえ。どうも足の関節が痛くてねぇ。
教会まで歩くのも辛くなってきたんだよねぇ。」
痛いと足をさすりながら、辛そうな顔をして俺に懇願していた。
しかし、老婆を鑑定してみたが状態は正常であった。どこも悪いわけではないのだ。単純に年老いて歩くのが辛いと言うことに違いない。外のシスターは鑑定スキルなんて持っていないから、このような状態の患者が順番的に早めに来てしまったのだろう。
俺は老婆の体全体に向けてヒールを唱える。俺の手から淡い光が放たれ、老婆の足だけではなく体全体を覆い吸い込まれていった。
「おぉ……痛みが消えていく……。
助祭様、ありがたやありがたや」
手足の痛みも消えたようで、そのことを実感した老婆が何度も俺に頭を下げ祈りを捧げてきた。まだヒールを覚える前、外傷がなければヒールが発動しなかった時とは違うと言うことは、疲労回復としてもヒールは効果を発揮するようのかもしれない。
リネットが老婆に声をかけ次の患者が待っていることを伝えて部屋から出て行かせた。痛みが消えたからか老婆の足取りは軽かった。
こんなやりとりをしていたせいか俺は必要以上に疲れてしまっていた。まだたった3人だ。朝だけで後7人も残っている。
続けて20人じゃないことを考えると、慰問を2回に分けた修道士長に感謝の祈りを捧げたいくらいだった。
なんとか残りの7人終わらせ、朝のうちに無事10人の慰問が終わる。最後の患者が診療所から出ていくとリネットが一旦ドアに鍵をかけた。
休憩のため診療所を出て普段食事をしている部屋に戻ると他の担当をしていたシスターも戻ってきていた。
テーブルには10人の患者から寄付された物が置かれている。ほとんど野菜だ。
「今の私たちからするとお金でもらうより
野菜でもらったほうが良かったから
本当に良かったわよねえ。」
シスターの内の一人が大根に似た野菜を持って眺めながらつぶやく。
大根のような物の他には少量の果物やトマトのような物もある。これで少しの間食事が豪華になることは間違いなかった。
昼になり村の鐘が鳴らされる。これはこの世界の一般的な昼の合図だ。各村には警鐘が置いてあり、昼になると1回だけ鳴らされるのだ。
鐘が鳴らされたので俺はリネットとともに診療所に戻る。診療所に戻ったからと言ってリネットはすぐに患者を呼びには行かない。外のシスターが患者の順番を決めてからだ。
「さ、後半分です。がんばりましょう!」
リネットは拳を握って気合を入れているが、リネットが気合を入れてもそこまですることなんて基本ないはずなんだが・・・。
俺がそう思っていると、外の準備ができたようでドアをノックされた。
リネットはドアを開けて最初の患者を呼び入れる。
朝のように面倒くさい患者が多かったが順調にこなしていく。このまま最後まで……と思ったが残念ながらそのまま終われず、一人だけ厄介な者が訪れた。
「おめえが助祭のガキか!」
その男はドアを足で蹴って開けるといきなり怒鳴りつけてきた。
明らかに患者ではないとわかるその男は、姿から見てならず者と言った感じであった。
男の後ろには倒れているシスターが見えたので、シスターを無理やりどかして入ってきただろうことがわかる。
「今まで何にもしてくれなかった闇の女神教がよぉ。
こんなガキを助祭にして、慰問だぁ?
ふざけたことしてくれちゃってよぉ。
それとも慰問してくれるのはガキじゃなくて
後ろのねーちゃんかあ?」
男は明らかに俺をなめていた。腰から抜いた短剣を見せびらかすようにしながら、俺の前に顔を近づけた。後ろから、ドンと音が聞こえる。一瞬だけ目線を動かして見ると、リネットが恐怖で腰を抜かしてしまっていた。
子供に何もできるはずがないとニヤニヤ笑っている男に対し、俺は腰に差しておいた棒で男の顔を全力で殴った。 差して 挿して 他の箇所で「寝間着」に紐の描写はありましたが、ローブがどのようなタイプか分かりませんでした。腰紐ありなのか、パンツ、ズボンありで羽織るタイプか、背中になにか装備するようにベルトループやピスポケットがあるローブなのか。いずれの場合でも、「差す」としておけば、読み手が勝手に想像してくれます。
男は俺がそんな行動に出るとは思っていなかったようで、俺の棒を無防備に顔面で受けてしまう。俺の力では大したダメージにはならないが、男はよろめいて床に腰をついた。
「ちょっと! ウィルく……助祭様!」
先ほどまで腰をぬかしていたリネットが、棒で相手を殴りつけたことに対して驚きの声をあげていた。
「……あれ……?」
俺に棒で殴られた男は、前後の記憶がなくなったかのように呆然としていた。先ほどまでの下卑た笑みを浮かべていた時とは違い、正直まぬけな顔だ。
男を殴った棒は司祭室に置いてあった物で、俺は改心棒と呼んでいる。
司祭の部屋で見つけた物で見た目はただの木の棒なのだが、間違った信仰を持つ信徒に正しい信仰を吹き込むという特殊能力を持っていることが鑑定でわかった。
つまり俺はこの男に、自由と言う名の「ある決められたルールの中で、他者を支配,束縛,侵害することなく、生きる」と言う正しい信仰を吹き込んだのだ。闇の女神の教義を間違って解釈していたこの男にはうってつけだった。
さっきまで態度が悪かった者が別人のように変わってしまったことで毒気を抜かれたリネットは、男の前まで行っても何もされなかったことで安心して話しかけた。
「あの……顔を打たれてましたけど……
大丈夫ですか?」
「はい、痛くもないです」
男は話しかけてきたリネットのに向き直るとキョトンとしていた。
そして急に罪悪感を抱いたような顔をし、急に立ち上がる。 罪深さを感じたような 罪悪「感」を「感」じるは重ね言葉ですので、故意の表現でなければ避けたほうが無難です。 故意の例「頭痛が痛い」「馬から落馬」 http://exci.to/2RVKBl3 ここらへんは慣用表現としてありかもしれません。
「帰ります!」
男は部屋を出て行ってしまった。
「なんだったのかしら」
リネットはわけがわからないと言った感じで男が出て行ったドアの方を見ていた。
男は外に出るとすぐに自身が突き飛ばしたシスターに頭を深く下げて謝っていた。
自身がシスターの自由を侵害していたことに気付いたのだ。
俺はことの結末がわかっていたので男の行動には関心を持たず、リネットに次の患者を呼ぶように合図した。
こうして1つ問題があったものの難なく片付いてしまい、その日の慰問は終了した。