第八話「バッドエンドのフラグ」
駒貫に例の件を相談してから、三日経った。
土曜日の夜。
僕はいつもより早くベッドに入った。
最近は夢の中で『おねーさん』に会うのが、楽しみになってきている。
日曜に初めて見た白昼夢を覗けば、三日間連続でおねーさんと会っていることになる。
しかしどういう訳か夢の中の僕は『例の予言』については触れてこなかった。
ここ三日間、他愛もない世間話で盛り上がっていた。
と、言ってもおねーさんが自分のことを語ることは一度もなく、僕が一方的に学校であったことなどを報告するだけなのだが。
だが今日はそういう訳にもいかない。
明日が、その日なのだ。
おねーさん自身が『危ない』と指摘した日。
何がどう危ないのかを、訊かなければ。
僕の意識は、ゆっくりと闇に沈んでいった……。
「やあ。今夜は早いんだね」
おねーさんの表情は目を閉じたままだ。
しかし声の調子は嬉しそうに聞こえた。
「うん。おねーさんに会って、どうしても話しておきたいことがあってね」
そしておねーさんの声は調子を落とした。
「妹さんのこと、だよね……?」
僕は小さく、頷いた。
「何日か前に言ってたよね? おねーさん。叶絵の身が、危ないって。具体的に叶絵に、どんな危険が迫ってるっていうのさ?」
しかしおねーさんは……答えなかった。
「ごめん。それは言えないの」
「どうして?」
「それも……答えられない」
僕は少し苛立ってしまった。
「じゃあ答えられることを、話してよ?」
おねさーんは少し押し黙ると……やっと声を出してくれた。
「わたしがこうして話せるのが『魔法』の恩恵によるものだっていうのは、前に話したよね? わたしが『魔女』として使える本来の魔法……『固有魔法』と呼ぶんだけど。それとは別に魔女なら誰しも使える魔法、『共通魔法』という術でこうして心と心を繋いで夢の中で話ができているの」
「魔女……魔法が使える、おねーさんみたいな人のことだよね?」
「うん。共通魔法は魔女見習い程度でも普通に使えるんだけど……固有魔法は意中の男性と契約を結ばないと使えないの」
「それと、これから起こることと関係あるの?」
「うん。わたしにはこれから数時間後に起こる惨劇が、はっきりと見えてる。けど、正式に契約を交わした魔女でなければ、その内容まで告げることは……できないの」
なんとなく、分かる。それは——。
「魔女のおきて、ってやつなのか……?」
おねーさんは黙ってしまった。
けれど僕はその沈黙をもって肯定の意味だと捉えた。
「そっか。ありがとな、おねーさん。要はおねーさんとその契約っていうのを結べば万事オッケーなんだよな? じゃあ早いとこ——」
「待って」
何かな?と僕は聞き返した。
「わたしのことを、疑わないの……? こんな得たいの知れない女の言うことを、信じる……いえ。信じられるの……?」
僕は少し考えてから、こう答えた。
「信じるよ。だっておねーさんは僕の……」
そこで僕の意識は途絶えた。
朝だ。朝が来てしまった。
目覚ましの音に起こされ、僕は激しく後悔した。
「だあああああっ、何で肝心な時にぃっ! 折角かっこよく締めようとしたのにぃっ!」
僕は苛立ちの余り目覚まし時計を壁に向かって投げつけていた。
「……最悪だ」
そう。事態は考えうる中で最悪の方向へと向かっている。
『現実の』おねーさんが何処に居るのか。
『契約』を結ぶにはどうするのか。
そして——。
「おねーさんの名前……まだ、教えてもらってない」
そう。事態は着々とバッドエンドのフラグを立てつつあるのだ。