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お兄様と呼ばないで!  作者: カブラギ Kサク
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第十六話「最後の試練」

凄い威圧感だ。

僕は別に武道の経験者という訳ではないが、『奴』の放つエネルギーの波動のようなものを、ビリビリと感じるのだ。

これが魔女で言うところの『魔力』というものなのだろうか……?

しかし僕はなんとか腹から声を絞り出すことができた。

「さっきまでの話、聞いてたんだよな? だったら話は早い。結名おねーさんに恩赦をかけてやってくれないか? あんたは見てなかったかもしれないが——」

「いや、見ていた。私はこの一週間……その娘がこの町に来てからの活動、その全てを見ていた」

これは意外な反応だ。だったら話は早い。

「お前の妹は、確かにその娘の予知により、救われた。それは事実だ。しかし——それが、何だと言うのだ?」

え? 何を言ってるんだ、こいつ。

「たかが人間の小娘一人や二人救ったことが、そんな偉大な功績なのか? ましてそこの娘は魔力を一度封印された身……言わば執行猶予期間中だ。そんな身でよくもまあ人間ごときのために動こうなどという気になったものだ」

僕は正直、物凄く憤りを覚えた。

だが、ここは抑えるべきだ。

「確かに、あんたみたいに神がかった存在にとっちゃ人間の命なんてちっぽけなもんかもしれない。けど、あんたら魔女にも仲間意識くらいはあるだろう? だったら——」

「何だと?」

魔導師の声が一瞬、感情を帯びた。

そしてその手の平を僕のほうへ向けたのだった。

「がっ……!?」

か、体が……動かない……!!

「たかが人間風情の友達ごっこと我ら魔女の同胞意識を同義と見ているのか、貴様は……!」

体全体が巨人の手に握られているかのような、そんな圧迫感がある。

殺される。

これが人間と高位の魔女の力の差、なのか……!

「お願いです、止めて下さい! 管理者様!」

結名おねーさんがそう懇願すると、管理者は振り上げていた手を下した。

「けほっ、けほっ!」

解放された僕は大きく咳き込んでしまった。

おねーさんは優しく僕の背中をさすってくれた。

「私としたことが、少し熱くなりすぎたようだ。だが同胞たる魔女をむげに切り捨てるのも忍びない。よって封印指定者・結名……そして契約者たる、そこの小僧。貴様らに最後のチャンスをやろう」

「最後の……チャンス?」

「うむ。これから私の出す『最後の試練』をクリアーできたら結名は無罪放免、好きにするがいい。しかしクリアーできなければ……記憶を消して、里へ連れ帰る」

「そんな……!」

おねーさんの表情が一瞬で青ざめる。

そう。こいつは今おねーさんに『事実上の』死刑宣告をしたのだ。

恐らく『最後の試練』とやらで思い切り僕たちに不利な無理ゲーをふっかけてくるに違いない。

「どうした? 貴様らにとって破格の条件だと思うのだが? 」

僕は自分を鼓舞するために右拳を強く握りしめた。

「いいぜ、やってやる。吠え面かくなよ? 管理者様ッ!」

「言い忘れていたが、負ければその小僧の記憶も消させてもらう。もう既にそいつは我々魔女の生態について深く知りすぎているからな」

「僕は別にかまわないぜ。そんくらいのペナルティあったほうが盛り上がるってもんだ」

しかし結名おねーさんは心配そうにこちらを見ている。

『大丈夫なんだよね……?』

そうおねーさんは目で訴えかける。

僕は余裕の笑みとともにグッドサインをおねーさんに送った。

「わたしも、異論ありません。最後の試練、受けさせていただきます」

ローブの上からでは分からなかったが、魔導師はうっすらと笑ったような気がした。

「よろしい。では早速始めよう。なあに、簡単なゲームだよ」

「もったいぶらずに早く教えろよ」

「では、最後の試練に相応しい場所を用意しよう。魔力フィールド、展開ッ!!」

そう管理者が叫ぶと、一瞬にして周りの景色が塗り替えられていく。

「ここは……どこかの、神殿……なのか?」

「そうだ。ここは普段私が居を構える『大神殿』だ。折り畳み住居のようなものだと思えばいい。このようにいつでもどこでも元の空間を塗り替え、展開することができるのだ。では中へ入ろう。そこで試練を行う」

「他の人間に見られたらどうするんだ?」

「心配要らん。ここは人間界とは次元を異にする空間にある。見つかることはない」

そう管理者はぶっきらぼうに答えた。

僕達は管理者に先導され、神殿の奥へと進んだ。5分くらい歩いた所で大扉が僕達の前に立ちはだかった。

開錠(アンロック)!」

そう管理者が口にすると、一人でに大扉が開きだした。

「さあ、この先が『試練の間』だ」

そこには何かの機械装置のような仕掛けがあった。

「ここが文字通り試練を行う場なのだが……まずこれから行う『最後の試練』について説明しよう。準備はいいか?」

「言われるまでもない。説明を頼む、管理者様」

「では、説明する。ルールは簡単だ。今貴様らの手元に配ったストップウォッチがあるだろう? 心の中で三十秒数え、お互いに三十秒経ったと思ったところでストップウォッチを止めればいい。その時点でお互い経過時間が三十秒ジャストなら試練はクリアー、晴れて自由の身だ」

「この時計、誤差はないんだろうな?」

「その心配なら無用だ。私はこれでも生前は『時を司る魔女』だったこともあるのでな。私が独自に作り出したその時計には寸分の狂いもない。あと、計測時間の小数点以下はカウントしないものとする。つまりお互いに『30・0秒』台ならば試練はクリアーだ」

「分かった。じゃあ早速——」

「ただし。小数点より上で誤差があった場合はその時点でお前たちはお互いに関する記憶を全て失う」

「なんだって!?」

「そんな!」

「何を今さら驚くことがある? これでも私なりに最大限譲歩しているのだぞ? それとも、私が時計に手心を加えるとでも?」

「それは……」

僕は土壇場になって迷ってしまった。

僕達に選択の余地などない。けれど負ければ……分かれを惜しむことなく、お互いのことを忘れてしまう。その一点のみが、僕の心を迷わせるのだ。

「構いません。試練を受けます」

結名おねーさんだった。

「ごめん、アキラ君。わたし、少しでも可能性があるなら、賭けてみたいの。わたし達が一分一秒でも長く一緒に居るために——ううん。これからも、一緒に居るために!」

僕はおねーさんのその一言で、完全に迷いが晴れた。

「もう一つあるよ? お互いの大切なものをなくさないために……だろ?」

「うんっ!」

その笑顔は……皮肉にも。僕が今まで見た中で、最高に輝いた……おねーさんの、笑顔だった。

「さあ、準備はいいか? 私が合図を送った瞬間がスタートだ。では……」

何故だろう。ひどく落ち着いている。

何が起こっても大丈夫だ、そう思える。

きっとおねーさんも同じ気持ちなのだろう。

「始めっ!!」

僕はその瞬間、全ての思いを込めて、ストップウォッチのスタートボタンを……押していた。





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