第十五話「おねーさんの涙」
『星蛍川』。
ここしかない。僕とおねーさんが十年前、初めて会った場所。
思えば、ここで僕達は色んなことを語り合った。
案の定、おねーさんはそこに佇んでいた。
憂い顔なせいか、カガヤキボタルの光に照らされていつもより綺麗に見える……皮肉なものだ。
おねーさんはカガヤキボタルを見ながら物思いにふけっているようだったが、こちらに気付くと視線を僕のほうに向けた。
「……アキラ君」
「おねーさん。何で黙って出て行ったんだよ! ずっと一緒にいようって、誓い合ったじゃないか!」
僕は思わずおねーさんに感情をぶつけてしまった。
そして彼女は『ごめん』と一言謝った。
「何で出て行ったのか、理由をちゃんと教えてくれよ。僕に愛想が尽いたっていうのなら、まだいい。けど、理由も告げずに一方的にお別れなんて……そんなの、ないよ」
おねーさんは視線を落としてしまった。
そして暫く考え込んだ後、こう答えた。
「次の零時になるとね。『魔法管理者』が来てしまうの」
まほう……かんりしゃ?
「文字通り、魔法を管理する責任者よ。いえ、魔法を管理するためのシステムそのものと言ってもいい」
「それと、おねーさんと何の関係が?」
「魔法管理者の主な仕事は『魔法の悪用・濫用の抑止』そして、『魔女の掟に背く者の処罰』」
僕は黙っておねーさんの話に聞き入った。
「わたしは知っての通り、一度契約に失敗して『封印指定者』になってしまった。そして魔女の掟の中に『封印指定者はいかなる場合も契約を行ってはならない』というのがあるの。今回の場合、わたしはまずその禁を犯してしまった——」
「それで、具体的に、どんな処罰が下るんだ?」
「封印指定者の再契約は魔女の掟破りの中では一番罪が重いとされているわ。記憶を消されて『里』へ戻されるか、あるいは最悪、死罪ということも……」
「じゃあ逃げようぜ? 逃げる手伝いなら僕が——」
「無理よっ!」
僕はおねーさんが小さく震えてのに気付いた。
「時計を見てよ……後何分あると思ってるの? それにさっきも言ったけど、魔法管理者は魔法を管理するシステムそのものよ? この世界のどこに逃げようと、わたしの放つ魔力を辿って一瞬で現れる。そして……」
処刑される、か。
「くそっ!」
僕は地面を殴りつけていた。
「殺されるだけならまだいいわ。死ねば一瞬で終わりだもの。けど、記憶を消されるのだけは我慢ならない……! 日向君、叶絵ちゃんとも、お友達になれたっていうのに、全部なかったことにされちゃう。そして何より、キミのことを忘れちゃうなんて、わたし耐えられない……!」
お姉さんは顔を覆って泣き出してしまった。
ああ、そうか。今、ようやく分かった。おねーさんが僕を置いてここへ逃げ込んだ理由が。
僕は、そっとおねーさんを抱きしめた。
「泣き顔、見られたくなかったんだよな? ごめん、気付いてあげられなくて。けど、一人でこんなとこに来ても、何にもならないぜ? 僕がその『魔法管理者』って奴と話をつけてやるよ。零時になれば、現れるんだろ?」
「キミは……本当に強いね。夢で会ったときだってそう。わたしの言うことをすんなり信じてくれたし、今日なんて妹さんのためにこんな傷だらけになってしまって……それでもキミは最後まで諦めずに……ううん。諦めていない、のよね? 今も……?」
僕は抱き合ったまま、答えた。
「ああ。僕は最後の最後まで諦めない。だっておねーさんとの楽しい時間が後数分で終わるなんて信じたくない。終わりになんて、したくない! だから魔法管理者とやらにこう言ってやるんだ」
「何て言うの?」
「魔女の掟破って、ごめんなちゃい……ってね」
「ぷっ。何それ。おっかしぃ」
「あははは。やっと笑ってくれたね」
僕はそっと彼女の涙を指で拭ってやった。
時計を見る。23時59分。もう残り5秒を切っている。
「さあ、現れろ! 魔法管理者ッ! 最後の戦いと洒落込もうぜッ!!」
「では、そうしよう」
女の声だった。結名おねーさんより、かなり大人っぽい……ハスキーな声だ。
「アキラ君、あれ!」
おねーさんが空を指さす。
満月をバックにして、光の粒子が集まっていく。瞬く間に形を成し、漆黒のローブを着た魔法使いの姿となった。
顔は……ローブに付いたフードで覆われていて見えない。
「お前が、そうなのか……?」
僕は腹から声を絞り出して、そう訊いた。
すると魔導師はこう答えた。
「いかにも。我こそが『魔法管理者』。全ての魔法を統括する者なり」
決戦の火蓋は今、切って落とされた——!




