Run――実行④
天川月乃がサンダルのまま、透き通った海水に足を付けた。マサトが走りながら靴と靴下を脱ぎ捨て、高く跳ねて天川月乃の近くに着地する。バシャっと海水が跳ねて、天川月乃が笑顔で悲鳴を上げた。
「きゃあ!」
「ひっひ」
まだ少し海水浴には早い時期で、泳いだりはできないけれど。
「行こ、リサ」
「ん」
ぼくは走り出して、マサトと天川月乃へと駆けよる。足下の波に水面が揺れて、小魚がパっと散った。
「信じられない。小さな頃の記憶じゃ、臭くて汚い海だったのに」
人が消えて九年。地上よりも海の方が自浄能力は高いと聞くけれど、まさかこれほどのものだったなんて。この透明度はちょっと感動ものだ。
足を動かすたびに小魚の群れが逃げてゆく。釣り竿でも持ってきていたら、思わぬ大物がかかりそうだ。
「綺麗でしょー!」
得意気に天川月乃が胸を張った。
マサトの視線が胸に釘付けになっているのは愛嬌だ。ここは友情を取って、気づかないフリをしてやるのが礼儀だろう。
「フ、あなたほどじゃないですよ、ツキノさん」
「うんうん、そーね。あー、ビーチボールとか持ってきたらよかったね。そだ。夏になったら泳ぎにきたいから、あんたたち死んじゃダメよ? そのときはさ、あたしの自慢のチームも紹介するから! うちらすっごいんだよ! チーム〝エンジェル・ラダー〟は対メタル戦の戦果だって、かなりのものなんだからね!」
やはりガン無視。
よほど自信があったのか、マサトの顔が萎れている。
無理だよ、マサト。おまえの想像を遙かに超えて、天川月乃は人の話を聞くタイプじゃないんだから。
大浴場での一件を思い出して、顔が真っ赤に染まった。
後ろからようやく追いついてきたリサが不思議そうにぼくを見上げて、ぼくの左胸に真っ白な手を当てた。
「心拍、体温上昇。……風邪?」
「ち、違うよ」
あわててリサから距離を取ろうとして後ろに下がると、背中でドンと誰かを押してしまった。
「イッ!? きゃあんっ!?」
見事に着衣のまま、膝上までしかない海水の中に倒れ込む天川月乃――。
あ、まず……。
そう思った瞬間にはもう、地球というか海がぼくの頭上にあった。正確には倒れる瞬間の天川月乃に足をつかまれ、逆さまに投げられていた。あいかわらず超反応な反撃だ。
水飛沫を派手に上げて、頭からまだ少し冷たい海につっこみ、そのまま水面にうつ伏せでプカリと浮かぶ愚かな自分。
絶対考えるより先に手ぇ動かしてるよな、この人……。
「ぷあっ!」
ぼくが海面から顔を上げた瞬間には、もう天川月乃は両手を腰に当てて仁王立ちポーズを取っていた。
「何すんのよっ!? びしょ濡れになったじゃんっ! 着替え持ってきてないのよ!?」
「ご、ごめんなさいっ! 今のはわざとじゃ……な……い――」
天川月乃の衣服が濡れて肌に貼り付き、その破壊力抜群のプロポーションがくっきりと目の前に……おまけにパーカーの隙間から見えるシャツは、すっかり透けてしまっている。にもかかわらず、やはり堂々とした仁王立ちで、艶めかしいやら恨めしいやら。
何かもう、この人の目の前で座らされるポーズが板についてしまいそうだ。
そんなぼくを、あいかわらずの冷めた瞳で眺めるリサ。膝上まで海水に浸かっているというのに、はしゃぐ様子もなければイヤがる様子もなく、ただひたすらにぼーっとぼくらを眺めて立っている。
「ぎゃっはっ、何やってんだっ! バカは風邪ひかねーから平気なんか? ひぃーっははははははっ!」
リサとは対照的に、マサトが腹を抱えて笑っているのが腹立たしい。珍しく同意見だったのか、天川月乃が一瞬マサトに視線をやってからぼくへと戻し、ほんの数ミリだけうなずくように首を動かした。
ぼくと天川月乃が同時に水中へと潜る。
「うひーっひひひは、あ、あれ?」
マサトが戸惑いの声をあげた瞬間、海中からぼくがマサトの右の足を、天川月乃が左の足をつかんだ。
「うおっ……どああああぁぁぁぁ、待て待て待て待て頼む待ってくれェェーーーー!?」
「知るかぁ!」
「にゃっははははは!」
天川月乃と同時に浮上して、めいっぱいの力を込め、マサトをぶん投げる。
「ぎゃああぁぁぁーーーーーーーーーーっ!」
マサトが天高く舞い上がり、空中で一回転して派手な音を立て、数メートル沖の海中に沈没した。
「でめえらばばばばっ!」
口から海水を吐き散らせながらマサトが両手を広げて迫る。ぼくと天川月乃は示し合わせることもなく、同時に距離を取って逃げ始めた。
「きゃっははははははっ!」
「あはははは、こっち来んなァ!」
水飛沫が当たりに散らばる。
リサはあいかわらず、ぼくらの様子を眺めたままだ。楽しんでいるのかどうなのかさえ、その表情からは読み取れない。でも、海水から上がろうとしないあたり、悪くはない気分なのだろう。
「へっへっへ、観念しやがれ!」
「きゃああああ!」
楽しそうに逃げる天川月乃がマサトにつかまって海水に沈められる。けれど天川月乃は沈められる瞬間にぼくの足をつかみ、道連れにする。
「ぎゃあ!」
バシャン、と派手な飛沫が上がって、ぼくら三人が同時に浮上した。もう濡れてしまったとかいうレベルじゃない。
自然、無事に海面に立ったままだったリサにぼくらの視線が集まった。
「……?」
リサが不思議そうに首を傾げた。
天川月乃が邪気のない笑みを浮かべ、リサを指さす。
「やれー!」
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




