False――偽⑥
『グライドは、イメージ。想像する』
リサの声がした。ぼくとマサト、そしてリサの三名はチームを組んでいるため、常に回線が開きっぱなしなんだ。よくよく聞き耳を立てれば、リサやマサトの息づかいだって聞こえてくる。
リサの機体ベルベットが風を切ってグライドし、ネイキッドの直前でフワリと停止した。
『イツキが願えば、鋼鉄の肉体は応えてくれる。――大空を舞うこと以外なら』
最後の一言が彼女なりの冗談なのかもしれないが、ほんのわずか、どこかリサの声が弾んでいるような気がした。
クラスメイトたちの機体が必死で歩く中、空色のベルベットはその隙間を縫うかのように滑り、フィギュアスケーターのように機体を回転させて砂煙を上げた。
『こう』
わっかんねえ。わかんねえけど、リサのやつ、すごすぎないか? 装甲人型兵器に乗るのが初めての新入生だとは到底思えない。
もしかしたらあの人の妹ってことで、すでに搭乗経験があったのかもしれない。早見先生とだって旧知の仲だったようだし。
ふたりの様子を思い出し、何だか胸がギュっと締まった。
虚しい感情を振り払おうとして頭を振ると、マサトが尋ねてきた。
『何してんだ、イツキ? ネイキッドの頭なんざ振って』
「な、何でもないよ」
搭乗中はうかつに態度に出さないようにした方が良さそうだ。
それにしてもリサのやつ、まるで水を得た魚だ。生身で歩いているときよりも、ベルベットに乗っているときの方が断然安定しているように見える。生身のときはよく転んでいるし、あれじゃどちらが本当の肉体かわかったもんじゃない。
そんなことを考えて、ぼくは少し笑った。
リサは楽しそうにベルベットの腕を広げてグラウンドをグライドしている。
早見先生が来るまでにまだ時間もありそうだし……ぼくもやってみるか……。ええっと、確かリサは少し膝を曲げて前屈みになって……。
ネイキッドが膝を曲げ、前傾姿勢を取る。
「あとはイメージ……」
生身には存在しない、背中のバーニアを意識的に起動させる。これを無意識にできるようになれば、ぼくも士郎とキャスケットのようになれるのかもしれない。
ゴォっとバーニアが火を噴いた。瞬間、ネイキッドは無残にもわずかに浮いた足を空中で滑らせて、腰からグラウンドに転がった。
「うわっ!?」
グラウンドを抉るようなとんでもない音がして、視界は青空に。
「痛……っ!?」
打ち付けたのは機体の腰なのに、わずかに鈍い痛みがある。
そういや聞いたことがある。操縦する機械ではなく、装甲人型兵器は肉体として脳に接続された瞬間から、人は機体の痛みを脳で認識すると。
ぼくは焦って立ち上がる。
メタルを破壊して報奨金を得る前に、肝心の機体を壊してしまったら大変だ。
『ギャッハッハッハ!』
マサト――というよりもマサトの機体レギンレイヴが、ネイキッドを指さして馬鹿笑いをしている。装甲人型兵器の姿で腹を抱えて笑われると腹が立つ。
リサが馬鹿笑いに割り込んできて、教えてくれた。
『イツキ。最初はバランス調整のため、意識的にエアダクトを利用するといい。傾く方向に排気・排熱するイメージ。慣れれば脳内のバランス調整だけでグライドできる。速度もリミッター範囲内の百三十キロまでなら自由』
「な、なるほど」
時速百三十キロって……クラッシュしたらどうなんの……?
さすがに想像したくない。
『こーか? お姫さん』
エメラルドグリーンの機体、レギンレイヴが膝を弛めて前傾姿勢を取り、バーニアを噴かした。
『っとと……!』
機体が傾きかけた瞬間、レギンレイヴのエアダクトから熱せられた圧縮空気や排ガスが、バシュっという音とともに白煙となって排出される。
危なっかしく、レギンレイヴがグライドを始めた。傾くたびにダクトからの排ガスでバランスを取り、直線上をレギンレイヴが進む。
もちろん、ベルベットのように軽やかにではないけれど。
『そう。最初はそれでいい。どのみち装甲人型兵器は、機内の熱を機外に放出しなければ、いずれ熱暴走で止まってしまう。だから、一石二鳥』
『なるほどな。ありがとよ、お姫さん』
『ん』
リサに褒められて気をよくしたのか、マサトがわずかに速度を上げた――瞬間、足を滑らせて後頭部からすっころんで地面を掻きながら派手に転がった。
『いでっ!?』
「あーっはっはっはっは! いでっ……だって!」
『うるせえぞ、イツキ! けどこれ、慣れたらおもしれーな!』
今度はネイキッドが腹を抱えて笑った。レギンレイヴが恥ずかしそうに後頭部をガリガリと掻く。お互いロボットらしからぬ動きだ。
はは、何だか楽しいな! 装甲人型兵器!
膝を曲げて前傾姿勢を取り、バーニアを噴かす。さっきよりもイメージはゆっくりと。さっきはリサと同じ速さの動きをイメージして失敗したけれど、ゆっくりなら――。
「お……」
ネイキッドがゆっくりと大地を滑り出す。正確にはわずかに浮いているけれど、これは気持ちいいかもしれない。
徐々に速く――。
ネイキッドの速度が上がった。なるほど、リサの言う通りエアダクトを使わなくても、転びかけたら体重を調整する要領で進行方向に体重を乗せると、ネイキッドはちゃんとそれに応えて傾いてくれる。
勢いをつけて、慣性でスケートを滑らせる感覚に似ている。
すごい、すごいぞ! ものすごい速度だ!
「って……う、わあああぁぁっ!?」
と、止まらない!
あわててバーニアを切ると、両足が大地に墜ちた。慣性に逆らいきれず、無様に脚部を回転させて砂の上を走るも、グラウンドの端――巨大なフェンスがネイキッドに迫る。
『イツキ!』
マサトの声が響いたが、返事をする余裕などない。
ヤバ、ぶ、ぶつかる!
『――滑走中はバーニアを切るな。機体の進行方向を自在に操るには必須だ。可及的速やかに停止したいときほど、バーニアを活用しろ』
低く落ち着いた若い男の声。直後、ぼくの視界の端に現れる暗黒色の機体――。
そいつはすべてのパーツがカスタマイズされ、ぼくらの装甲人型兵器とはまるで別の機体となっていた。リサのベルベットのような多くの装備を積むための無骨な巨大化ではなく、あくまでもシャープに、そしてしなやかに。
『人体にブレーキが存在しないように、装甲人型兵器にもブレーキはない。だが人体同様、いや、人体以上に自由が利く』
その背に、たった一振りの大剣を背負って――。
暗黒色の機体はネイキッドの肩に左腕を回して背中のバーニアを噴かし、二機揃ってフェンスにぶつかる直前で進行方向を変え、凄まじい量の砂煙を巻き上げながら徐々に速度を落とし、ぼくらが元々立っていた位置にまでゆっくりとネイキッドを運んだ。
『イメージを広げろ、高桜。装甲人型兵器は必ず君の声に応えてくれる。それでも曲がれなければ、壁を蹴って垂直にグライドしろ。慣性の法則を利用できるようになれば、一般的な認識とされる足を止めて戦う戦法よりも、遙かに有利に戦えるようになる』
……そんなバカな……。……あなたが……。
ホバリングが終わり、両足に地面の負荷がかかった。
けれどぼくはそんなことを意識する余裕さえなく、その暗黒色の機体を呆然と見つめていた。なぜならそこにあるのはまさしく、九年前のあの大戦を戦い抜いた、たった三機のうちの一機。
散っていった二百九十七名の英霊を乗せて帰還した、〝カンオケ〟という名を冠する機体。
「――装甲人型兵器……キャスケット……! ……先生が……士郎……?」
九年前のあの日、たった一機でドレッドノート級のメタルを圧倒した伝説の機体。ぼくが探し求めてきた、命の恩人。
『そうだ、高桜。互いを知り言葉を交わすのは、これが初めてだな。私も無事に会えて嬉しいよ』
ぼくはこのときに知ったんだ。マサトの言っていた「早見先生は今世紀最高の英雄」という言葉の意味を。
英雄、早見士郎。
『よく、生き延びてくれた。礼を言う』
早見士郎のその言葉に、ぼくの涙腺は自然に弛んだ。十年前の感謝はもちろん、返事すらできないほどに。
ぼくは、ただ静かに涙を流した。
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