False――偽③
「おい、あれ二年の――」「あの変人?」「噂のエースナンバーだろ」「あ、天川か!」「あの一年、終わったな……」「自業自得だろ」
ぼくもマサトも、顎を跳ね上げられた藤堂でさえも唖然としている。
「言い訳はしなくていい。黙ってボコられな。何にも聞く耳もたないから」
言うや否や、いや、言い終わりすら待たずに天川月乃が尋常ならざる速度で藤堂へと迫った。
「チィ!」
舌打ちをして、迷うことなく彼女の顔面を払いのけようとした藤堂の裏拳をかいくぐり、か細い手でやつの膝を押さえて蹴りの出だしを潰す。
驚嘆に値する早業と、臨機応変な判断力。
「――っ!? この、牝がッ!」
それでも体幹を崩すことなく、藤堂は肘を天川月乃の頭部へと容赦なく振り下ろす。けれど天川月乃はまるで地を這うように低く身を屈めてそれを回避し、床に両手を当てながら膝を曲げた。
「女はお嫌い? このカマ野郎ッ!」
天川月乃が両手両足で床を蹴った。狼狽する藤堂を尻目に、すり抜け様にやつの腕をつかみ、目にも止まらぬ速さで背後へと回り込む。
息つく暇もなく腕をねじり上げられ、背中を押さえ付けられた藤堂正宗の両膝が折れた。
「ぐっ!? ば、ばかなっ! この俺が、牝ごときにこんな無様を――ッ!」
藤堂の形相が変わった。けれど、もはや完全にキマってしまっている。力押しで解ける状態じゃない。
天川月乃は冷笑を浮かべて、藤堂の耳元で静かに囁く。
「じゃ、折るから。女の顔を殴ったんだから、これくらいの覚悟はあるでしょう?」
「折る? 貴様が? くく、ふざけるな、貴様に折られるのではない! 劣等種に屈辱を味わわされるくらいであれば、腕など不要だ!」
「……!」
藤堂が自ら膝を立て、腕を軋ませながら徐々に膝を伸ばし始めた。
たかがもめ事で自ら腕を捨てる気か――!?
だが天川月乃もまた譲らない。一層拘束を強める。このままでは本当に折れる。藤堂の顔色が憤怒でさらに赤色を強めた瞬間、野次馬の向こう側から野太い大声が響いた。
「何をしているっ!?」
ピクっと天川月乃の動きが止まる。
痛みで顔中に脂汗を浮かせていた藤堂の背中を蹴って突き放し、天川月乃は開けっ放しになっていた廊下の窓枠へとバックステップでヒョイと飛び乗った。
とんでもない運動神経だ。
「あとヨロシクネ、新入生くん。他の子たちはみ~んなカカシだったけど、キミたちふたりだけは、なかなかステキだったぞ」
ぼくに向かって軽くウィンクをした後、窓枠からさらにバックステップ。すっかりと闇に包まれていた中庭へと溶け込むように消えてしまった。
な、何だありゃ……。忍者の末裔かなんかだろうか……。
野次馬の壁が綺麗に割れた。ジャージ姿の男性教師が、片膝をついていた藤堂に視線をやってから尋ねる。
「おい! どうかしたのか、藤堂? 大丈夫か?」
藤堂が怒りをかみ殺したような低い声で呟く。
「…………いいえ、何もありませんでしたよ、先生。少しばかり立ちくらみがしましてねェ。あぁ~……、もう平気ですよ。お手を煩わすまでもない」
差し出された教師の手には目もくれず、藤堂がゆっくりと立ち上がる。
暗い炎が灯るような、粘着質な声色に表情。見ているだけで気分が悪くなる。
おそらく天川月乃の話を教師にしなかったのは、女に負けたプライドを保つためだ。でも野次馬が天川月乃のことを話さないのは、藤堂の悪行を見ていたからだろう。
どうやらあの天川月乃というハリケーンのような女子生徒は、そこそこ皆に愛されている人物らしい。
藤堂が立ち去り際に、ぼくの目の前で一度立ち止まった。
「高桜一樹、気に入らん名だがおぼえておいてやる。多岐将人、天川月乃共々、せいぜい俺の機体ディヴァイデッドの射線上には立たんことだ。……貴様ら特殊の全員が、メタルに殺されるとは限らない」
煮えたぎる怒りを抑えて、ぼくは静かに囁く。
「……おまえこそ、もう一度リサに手を出してみろ。殺すぞ、サイコ野郎」
「フン、あのアルビノは貴様のような劣等種にはもったいない。ようやく見つけた、い~い匂いの牝だ。いずれ、俺のものとする」
「ふざけるな。リサはものじゃないッ」
互いにだけ聞こえるように、宣戦布告を交わす。
藤堂が食堂校舎から去ると、ようやくその場に集まっていた野次馬たちも解散した。空気があきらかに弛緩する。
しかし驚いた。
マサトからあらかじめ「関わるな」と言われてはいたけれど、まさかあそこまで頭のネジの外れたやつだとは思ってもみなかった。
自分の命を預けるチームメイトの、しかも女の顔を拳で殴るなんて――。
殴られた女子生徒は、野次馬の女子たちが保健室まで連れて行ったようだけど、大丈夫だろうか。かなり派手に吹っ飛ばされていたのが心配だ。
「はぁ……」
マサトが深いため息をついて、食券を買う。
「どうかした?」
ぼくも食券を買って、ふたりして食堂内に足を踏み入れた。
「どうかしたもくそもねえよ。だから藤堂のバカには関わりたくなかったんだよ。あいつ、本気だぜ」
「しょうがないだろ。目の前で女の子が殴られたんだぞ。リサだって――」
そうだ。そうだった。
「マサト、リサは?」
「女子寮に帰した。メシは購買でパンでも買って食えっつってさ」
「そっか……。うん、それならいいんだ……」
ぼくは両手を腰に当て、長いため息をついた。
「……いや、悪かったよ。そんなあからさまに落ち込むなって。むしろ一緒に食うおれの方がヘコむぜ。この場合はしょうがねーだろ? 何でかは知んねーけど、リサちゃんも藤堂に目ぇ付けられてたみたいだしよ。今は女子寮より安全な場所はないからな。メシくれー、これから何度も一緒に食うチャンスあるって。な?」
「バ~カ、そんなんじゃないよ」
……ああ、なかなかゆっくり話す機会ってできないもんだな。
本当はリサに、あの人の名前と、眠っている地を聞きたかったのだけど。
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