第31話『犯人との対決』
「…ハァ…ハァ…」
どれだけ走ったのか、自分でもわからない。
俺は電信柱にもたれ掛かり、少し休む。
体力は限界に達していた。
先輩を探す為に、家を飛び出した俺は、心当たりをあちこちと探した。
しかし、先輩の姿はどこにも見当たらなかった。
一体、どこにいるんだ?
早く見つけないと、先輩の身が危ない可能性がある。
恐らく、ある事に気付いた先輩は犯人に直接会いに行ったに違いない。
素直に応じればいいが、もしかすると、正体に気付いた先輩を口封じに殺そうとするかもしれない。
早く先輩を見つけ出さなければ…。
電信柱を肩で弾くようにして離れると、また走り始めた。
息が整うのを待つのももどかしかった。
だけど、すでに心当たりはほとんど探し尽くした。
どうする…?
俺の知らないような場所ならお手上げだ。
途方に暮れたその瞬間、頭の中にあの神社が思い浮かぶ。
そういえば、あそこはまだ探していない。
行ってみよう。
俺は重たい足を引きずるようにして神社に向かった。
神社に人気は全くなかった。
暗い階段を這うようにして上がっていく。
「…ッ!」
階段を上がり切った所で、俺の目に飛び込んできたのは、倒れている先輩の姿とそれを見下ろすように立つ人の姿だ。
月明りも神社に阻まれ届かないせいか、それが誰なのかは見えなかった。
だけど、俺には予想がついている。
「よう。良い夜だな」
できる限り、平静を装って対峙する。
倒れている先輩の安否が気に掛かるが、下手に刺激して先輩を傷付けられても困る。
頼むから無事でいてくれ…。
心の中で呟いて、俺は不敵な笑みを相手に見せる。
「そうだね…」
やはり。
見えない相手の声は明らかに聞き覚えがあった。
相手はゆっくりと月明りの元へ出てくる
「…小室先生…」
小室教諭だった。
そう、ずっと昔に明日香を殺し…そして、最近、再び幼女に乱暴していた犯人は小室教諭だったのだ。
「あんまり驚かないんだね…?」
「ああ。わかっていたからな」
不思議そうに尋ねてくる小室教諭に、冗談でも言うように、肩を竦めてあっさりと言い放つ。
冷静に考えれば、いくつか符合する点があったのだ。
一つ目は犯人の犯行時期だ。
何故、犯人は途中で犯行を止め、また最近、やり始めたのか?
簡単な事だ。
犯人はこの町にいなかったのだ。
そう、小室教諭はこの街から出ていたから事件は起こらなかった。
調べれば、きっとS県で同じような事件が起こっている事がわかるだろう。
二つ目にいずみが襲われた時だ。
逃げる犯人を追い掛けた俺は小室教諭とぶつかった。
小室教諭はコートの男が逃げたと言っていたが、あれこそがまやかしだったのだ。
本当は角を曲がった所でコートを脱ぎ捨て、包丁とコートを隠してやり過ごしたのだ。
大体、逃げられるとしても後ろ姿ぐらい見掛けるだろう。
全く、騙されたもんだ。
「先輩は…無事か?」
「ああ。まだ、何も手を出してないよ。ただ、薬で眠らせているだけさ」
『まだ』という言葉に、俺は眉をしかめた。
それは、これから何かをするという宣言的な台詞だ。
しかも、薬だと?
どれだけ、卑怯な奴なんだ。
学校の時と変わらない優しい表情で、これを言ってのけたのだ。
それが俺の怒りに火をつける。
我慢の限界だった。
「ふざけんなっ!」
「おっと、動かないでくれ」
殴り掛かろうとする俺に、小室教諭はいつから持っていたのか、包丁を先輩の首筋に突き付けていた。
「ぐ…」
「僕はね、人の恐怖に歪む表情が好きなんだ。だから、雨宮くんも目を覚ましてからゆっくりと殺そうと思ったんだけど…君が来てしまった」
小室教諭は、残念だよ、と肩を竦めてため息を吐いた。
「先輩を離せ」
唸るようにドスの効いた声で威嚇する。
いつでも動けるように体勢を整えたまま、小室教諭を睨み付けた。
「いいよ。森山が死んでくれるなら」
だが、小室教諭はあっさりと承諾した。
一つの提案を出して…。
その時、初めて小室教諭は教師から殺人者へと表情を変貌させていた。
狂気を宿した瞳がなぶるように、俺の答えを待っている。
高揚感からか頬に赤みがさしている。
小室教諭は俺が何と答えるのかわかっているのだ。
「わかったよ。好きにしろ」
俺は肩を竦めてから諦めたようにため息を吐いた。
お手上げだ。
俺にはどうする事も出来ない。
答えを聞いた小室教諭は口の端を上げてニヤリと笑った。
「そういうと思ったよ。じゃあ、後ろで手を組むんだ」
「はいはい」
言われた通りに後ろで手を組むと、小室教諭はガムテープをを取り出して俺の身体にグルグルと巻き付ける。
完全に身動きが取れなくなったところで、ようやく巻き付けていたガムテープが無くなった。
「動けないだろう?」
「ああ。蓑虫みたいにしやがって!ガムテープの使い過ぎだ」
「へらず口を叩くな!」
あまりにも余裕のある俺の態度に、小室教諭は苛立ったように殴り付ける。
「くっ…」
身動きのとれない状態では踏ん張る事もできずにそのまま倒れる。
くそっ!
思い切り殴りやがって…。
口の中に血の味が滲む。
「言う事を聞かなければ、雨宮くんがどうなっても知らないよ」
「……」
「そうだよ。その目だよ」
卑怯な事を呟く小室教諭を睨み付ける。
そんな俺の態度を嬉しそうな表情を見せる。
ゆっくりと包丁を手に近付いてくる小室教諭に俺は死を覚悟した。
仕方ない。
どちらにしても、日曜には死ぬんだ。
俺はいい。
だけど、小室教諭が約束を守るとは思えない。
それが気に掛かる。
どうにか先輩だけでも助ける方法はないか?
考えても良い方法は浮かばない。
「それじゃ、さようなら」
小室教諭は口元に笑みを浮かべ、包丁を思い切り振り下ろした。
「くっ…」
俺は目をギュッと瞑ると、来るべき痛みに耐えた。
「ぎひゃっ…」
何やらガサッという音と共に、小室教諭の変な悲鳴が聞こえてきた。
目を開けると、目の前には小室教諭の姿がなく、変わりにいたのは都築だった。
「森山、大丈夫か!」
「都築…どうして?」
身体に巻かれたガムテープを剥していく。
視線を動かすと小室教諭は地面に転がって痙攣していた。
どうやら、都築が思い切り殴り付けたようだった。
「香澄が雨宮の妹から掛かってきた電話で異変に気付いたんだ。で俺に探すように連絡したんだよ」
ガムテープを剥しながら、香澄に感謝しろよ、と続けた。
なるほど。
どうやら、いずみは俺だけではなく香澄さんにも連絡していたようだ。
今回はそれに助けられた。
「後で香澄さんには礼を言っとく」
「そうしとけ」
ガムテープを剥し終えた都築はパンパンと手を鳴らす。
「それと…ありがとう。都築、助かったよ」
「けっ。年上なんだから先輩って呼びやがれ」
素直に礼を述べる俺から、都築は恥ずかしそうにそっぽを向いて、照れ隠しに憎まれ口を叩く。
「そうだな。今度からそうするよ…都築先輩…」
「けっ。俺はこいつを警察に連れて行くから、雨宮を頼むぞ」
また、照れたように吐き捨てて、都築は小室教諭の方に視線を向けた。
小室教諭を、俺から剥したガムテープで縛り上げ、都築は強引に立たせて神社から立ち去った。
そうだ!
先輩は大丈夫なのか?
俺は先輩に駆け寄る。
見た限りでは怪我はなさそうだ。
「先輩…先輩っ!」
声を掛けながら身体を揺すって意識の覚醒を試みる。
薬で眠らされているらしいが、大丈夫だろうか?
「…ん…」
しばらく、声を掛けていると、先輩の瞼が動いて小さく吐息が洩れる。
良かった…。
生きてる。
先輩は次第に意識が戻ってきたのか、薄く目を開いた。
「拓哉…くん?」
「大丈夫か?」
まだ、きちんと頭が働いていないのだろう、先輩は自分の状態が把握できていないようだった。
「私…一体…?」
「先輩は小室先生に会いに来たんだよ」
「あ…」
ようやく、自分の状況を思い出したのだろう、瞳に理性の光が戻ってくる。
「まったく、無茶するぜ。もう少しで、殺されるところだったんだぞ」
「ごめんなさい」
「まあ、無事だったから良かったけどな」
先輩は素直に謝った。
こうも素直になられると、これ以上は説教する訳にもいかなかった。
「小室先生は…?」
「都築が警察に連れていった」
「都築くんが…?」
「とにかく、詳しい話は明日だ。いずみも心配してるし、今日は帰ろう」
「うん」
先輩の身体が心配だった。
きっと、疲れているだろうし、いずみも安心させたい。
「立てるか?」
「大丈…きゃっ!」
一人で立ち掛けて、バランスを崩した先輩を受け止める。
足がおぼつかない。
俺は足のフラつく先輩を抱え上げる。
「よいしょ」
「ち、ちょっと、拓哉くん?」
「いいからいいから」
慌てる先輩の言葉を制してスタスタと歩き始める。
初めは恥ずかしさからかバタバタと暴れていた先輩だったが、次第に大人しくなる。
「ありがとう」
そして、小さくポツリと呟いた。




