第24話『通学路』
今日は昨日と違って、空は雲一つなく晴れ渡っていた。
絶好の登校日和だ。
…いや、学校行くのに天気はあまり関係ないか。
やばい…。
もしかして、俺、めちゃくちゃ浮かれてる?
気付けば、口元が弛んでいた。
それはそうだろう、俺は先輩と付き合う事になったのだから…。
こんな嬉しい事があるだろうか!
思わず、スキップしそうになる。
いや、すればいいじゃないか!
たまには喜びを身体で表現するのも悪くない気がする。
俺は、腰に手を置いてスキップを始めた。
スキップなんて、小学校以来だ。
不思議なもんだな。
やってみると、なかなか楽しかった。
ルンルン気分のまま、スキップで角を曲がった所で俺はその体勢のまま凍り付いた。
「拓哉くん。何してるのよ…」
先輩が呆れたような表情でため息を吐いていた。
「あ、いや、これは…」
冷たい視線を受けた俺は、軽くパニック状態に陥ってしまって、完全にしどろもどろになる。
「まったく…あなたは私の彼氏になったのよ?しっかりしてちょうだい」
「はい…」
付き合い始めても、俺と先輩の関係は何等変わっていなかった。
だけど、それが嬉しかった。
ようやく、以前と同じような『日常』を取り戻した…そんな気がした。
「ふふっ…」
「何だよ」
唐突に、先輩が吹き出す。
表情を弛めて、笑い出した先輩に、俺は口を尖らせる。
「ごめんごめん。別に、拓哉くんを笑った訳じゃないのよ。ただ、嬉しかっただけ…」
「嬉しい…?」
「そう。日常に戻ってきた事が、ね」
「そっか」
先輩も同じ事を感じていた。
それが、とてつもなく嬉しい。
「明日香の事は、まだ吹っ切れないけど…いつか思い出にできるように頑張るわ」
少し表情を曇らせて、先輩は目を伏せて呟いた。
明日香…。
その名前を聞いた俺は、あの元気な幽霊の姿を思い出した。
明日香は、昨日気付いた時からいなくなっていた。
理由はわからない。
だけど、初めて会って以来、俺な傍らを離れようとしなかった明日香の姿はもうない。
もしかしたら、先輩の心が救われた事に満足して成仏したのかもしれない。
「そうだな」
俺は先輩に優しく笑顔を返す。
今、先輩は過去の禍根を断ち切ろうと一生懸命だ。
そして、俺はそれを少しでも手助けしたかった。
「そろそろ、行きましょ」
「そうだな」
暗い表情を吹き飛ばすように、パッと顔を上げた。
俺も同じように明るく振る舞い歩き始める。
「ところで、拓哉くん。今日のお昼はどうするの?」
「食堂だな」
俺は弁当を持ってくる事は全くと言っていい程ない。
ほとんどは食堂でパンを買って食べる。
それが普通である。
「だったら、何も食べないで、屋上で待っててちょうだい」
「ちょっと待て。何も食べないで、って…腹が減るじゃねぇか」
俺が不満気に抗議の言葉を口にすると、先輩の目がキッときつくなる。
その雰囲気に俺は気圧されて後退った。
どうやら、俺の言葉がか気に障ったようだ。
「あのね…普通女の子が『食べないで待ってて』って言ったらお弁当を作ってるに決まってるでしょっ?」
「おおっ!」
なるほど。
言われてみれば、確かにそうかもしれない。
俺は手をポンと叩いて納得した。
「まったく…」
呆れたようにため息を吐いて、先輩はうなだれた。
そんな先輩とは対照的に、俺のテンションは最高潮に達そうとしていた。
先輩の手作りの弁当…。
その甘美な言葉に、俺の胸は激しく高揚する。
以前、先輩の家でサンドイッチをいただいたが、いずみのせいで少し物足りなかった。
しかし、今日は俺の為だけに作ってきてくれたのだ。
興奮しない訳がない。
俺は先輩の手を両手で包むように掴む。
「先輩。ありがとう」
「え?」
そして、ブンブンと手を握ったまま振る。
さすがの先輩も俺のあまりの浮かれっぷりに、目をキョトンをさせて疑問符を浮かべる。
「先輩。俺マジで嬉しいよ」
「え、ええ」
「ひゃっほーーーい!楽しみだぜっ!」
「……」
しかし、テンションの針がレッドゾーンを突き破りそうな俺とは対照的に、先輩は間違いなく引いていた。
それもドン引き…。
明らかに、俺を奇異の目で見てる。
それに気付いた俺のテンションは、一気に落ちていく。
先輩を一瞥して誤魔化すようにコホンと咳払いをする。
「いや、少し浮かれ過ぎたな」
「いいわよ。それだけ喜んでくれたっていうのは、やっぱり嬉しいしね」
「先輩…」
少し照れたように、頬を赤らめて呟く先輩に俺は感動してしまう。
可愛い…。
可愛過ぎるっ!
しかし、そんな可愛い表情は一瞬で凍り付いていつもの表情に戻る。
「でも、さっきのはさすがに恥ずかしいわ。やめてちょうだい」
「はい…」
冷静な口調に、頷くしかなかった。
「よろしい」
表情を弛めて歩き始める先輩の背中を見ながらため息を吐く。
本当に俺は先輩の彼氏なのだろうか?
どちらかというと、姉弟のように感じてしまう。
だけど…。
まあ、いいか。
苦笑しながら、俺は前を歩く先輩を小走りに追い掛けて横に並ぶ。
俺と先輩の関係はいつもこうだったのだから…。
これが普通だ。
俺達は学校までの道程を他愛ない話で盛り上がった。
楽しかった。
先輩とただ一緒にいるだけで、俺は幸せを感じていた。
だけど…。
学校にたどり着く直前、異変は起こった。
「うぐ…」
ズキッと激しい痛みが胸を襲う。
俺は胸を押さえて、その場に蹲る。
「拓哉くんっ?」
先輩が心配そうに、俺の傍でしゃがみ込む。
だけど、俺はそれに答える事も出来ずに、そのまま意識を失った。




