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──鍋は空となって、焼かれた鮎も美味しくいただいた。
村で食べていたものよりも美味しいし、腹が立つほどにおかわりをしてしまった。悔しいし、簡単に乗せられて泣きたくなる……。
泣きそうになっている間、彼は鍋と椀を洗いに戻ってくる。私の泣きそうな様子を見ても、彼は変わらぬ調子で声を掛け、私の後ろを指す。
「ほら、もう食い終えたなら、あそこの建物で寝てろ」
指さされた場所に振り返って見てみると、しっかりとした建物が建っていた。
村にあるような建物で、掘っ立て小屋には見えないほどの大きさだ。真新しい建物とは見えないほどだけど、彼はここに住んでいるのだろうか。
「……貴方は、この森に住んでいるの?」
「ここに住んで四年は経つ」
「……待って。こんな場所に住んでるって、貴方はどんな人なの!?
ここは火の山が近いし、何度も小さな火山の石も落ちてくる場所だと思うけど──!?」
私の疑問に彼は皮肉げに笑う。
「確かに、火山の近くにある森に住んでる人間なんていたら物好きだな。我にとって噴石や溶岩は玩具だが、それらはここに来ないようにしてある」
「……それは、嘘だよね?」
「どう捉えるかは、貴様に任せる」
「……」
どう捉えるかって、普通はありえないんだけど。この背の高さと体格の良さとかをみると、本当にできるかもと思っちゃう。彼は洗った鍋と碗を籠の上に置いて、私と対面するように座る。
「我はある目的でこの辺りを調べている」
「目的?」
「ああ、だが、調べてわかったのは、数年この地域では女の幼子の人攫いが多いことぐらいか」
幼い、子供。私は小さい頃を思い出した。村の引き取り手がない子供と親を亡くした子を引き取っていた。幻朝様は外からの子供を引き取っていたけど、まさか。
「火山が噴火するたびに贄を出す風習があの村にあるのは知っている。大きな噴火ならともかく、小さな噴火でも出すようになったのはおかしいぞ。その度贄を出しているのもな。ここ二三年、我が何度も逃がしているから、余計にだ」
そんなはずない。あの小さな家族が攫われた子どもたちで……幻朝様が贄を出すために育てていたなんて。まさかそんな。……ううん。それでも。
「……っそれでも、私は」
「死にたいのか?」
私は黙って頷く。
私は両親を失って、死ぬために生きてきたようなもの。幻朝様のために、村にいるあの子たちの為に死ぬのは私にとっていい。自分の中の穴も埋められるし……死んで父と母に会える。
頷いたあと、彼からは呆れられた。
「貴様は、自分の死を利用されるのが好きなのか?」
「利用……?」
利用されることに何が悪いのか。聞くと彼は呆れ、ため息をつく。
「愚か極まりだな」
「っ愚かって、贄になることがどこが愚かなの……!」
立ち上がって言い返してしまう。
生け贄は怖いけど、皆の為にお山様を鎮められるなら良いことだと思う。一飯の恩があるといえど、流石に私の在処を馬鹿にされることは許せない。
彼は淡々と話す。
「愚かだろ。貴様、何でそうなっていることを知ろうとしないのか。なんで考えようとしないのか。なんで疑問に……いや、そもそも閉塞的な場所で生まれて育ってきたなら、機会がなかったのか。なら、考えられないのは仕方ない」
仕方なさそうに話されたあと、質問をされる。
「だが、これは聞こう。ここ数年村の生活は苦だったか? 食い物には困ったのか?」
「……それ、は」
思い出すけれど、村の生活は苦ではない。建物もあったし、買い物もできた。自分が贄になるときの着物と装飾は、その村にとって豪華なものだった。噴火があったとしても、小さな噴火だ。この村に灰が届く場合と小さな灰で、灰が降り続くようなものじゃなかった。
農作物が多少困っても保存食があったし、森や川で狩りをすれば…………あ、れ。
「……私の、記憶では、然程困った記憶はない」
思い出して気付き、疑問が湧く。お山様を鎮めるのは村の為と言うけれど……村が困窮するようなことがなかった。村の中で、全てが満たされていたような。
「……」
寒気がして来たような気がし、汗が出る。
そんな、そんなはずはない。だって、幻朝様は。
「貴様、死にたいんだろう?」
聞かれて問われ、私は我に返る。彼は私をじっと見て答えを待っていた。だから、私も答える。
「……うん、死にたい」
死んで、胸の穴が埋まって、お父様とお母様に会えるならいい。
考えていると、彼は話を続ける。
「我は今の問題で解決しなければならない。故に、貴様を死なせるわけには行かない」
「贄、にさせないってこと?」
「そうだ。贄にさせないが、貴様には我の役立ってもらおう。その為に我が妻となれ」
「妻」
妻ってお母さん、のような人だったかな。子供が出来る前だから妻? いや、できたあとでも妻って呼ぶのかな。考えていると、彼は少しだけ怖い笑みを浮かべていた。
「けいやくという言葉は知っているか?」
「……けい、やく?」
小首を傾げる。知らない、言葉だった。
けいやくとはなんだろうか。彼がその契約について教えてくれる。
「契約とは、互いに行う意思を持ち、約束をする。その約束事は必ず行われることを契約。つまり、相手を縛るために使えるものだ」
「……縛るって、それ私に悪いことなんじゃ」
「そんなことはない。見事に我の妻として役に立てたら死なせてやろう」
「……!」
死なせる。つまり、この人の妻として役立てば、死なせてくれるの?
死なせてくれるということは、私の胸の内側も埋まって父と母の元に行ける。
「死ねるだけでなく、貴様が疑問に思っていること、村で隠されている真実と出来事も知れる。悪い契約じゃないはずだ」
彼の言うことは確かだ。
私の抱く疑問も解消されるならば、それは確かに悪くない。
「……そうだね。とても」
私は彼の手を取り、聞く。
「貴方をなんて呼べばいいの?」
「……ああそうだな。互いを知る為に、名を述べなくてはな」
彼は私の顔を見据えて、真剣に口を開く。
「我は紀千菊。貴様は?」
「……しず。お父さんとお母さんからそう名前をもらった」
千菊。見た目に反して、高貴そうな名前だ。
彼は私の名前を聞いたあと、柔らかに笑ってみせた。
「しず、か。良い名だ。しばしの間、よろしく頼む」
焚き火に温まるようなそんな優しい微笑み。
「う、うん。よろしく」
その微笑みは、私の胸の中をドキドキさせるには十分だった。村以外の男の人を知らないからかもしれない。たぶん、そうだ。




