第15幕
開演時間になった。ブザーが鳴り、照明が落とされる。ざわついていた大教室に静寂が訪れた。誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。
スポットライトが舞台後方の一面に置かれた塀を照らし出す。中央には引き戸の付いたくぐり戸。その手前にビールケース。右手には古ぼけた木製のベンチがある。
くぐり戸が少しずつ開き、大胆なメイクで目元を強調したヨーコが顔だけを見せた。髪に大きなオレンジ色のリボンを結んでいる。
「誰かいませんかぁ」
続いて、ヨーコの上にジュンジュンが、これも顔だけをくぐり戸から覗かせる。こちらもパンダのように派手なシャドウを引き、髪に赤のリボンを結んでいる。
「いたら返事をしてくださぁい」
もちろん、観客は無言のままだ。
最後に、ジュンジュンの上にアーチャンが顔を並べる。魔女のように目尻を釣り上げたメイクにピンクのリボン。他の二人に比べて鋭角的な印象だ。
「いないなら入っちゃいますよぉ」
縦に並んだ顔を、揃って左、右、左と動かすと、三人はくぐり戸を開いて順に舞台へと出てきた。全員、場末のホステスらしく、垢抜けないドレスに身を包んでいる。
コミュニケーションプラザの芝生広場に設けられたステージでは、目玉企画であるミスコンテストの予選が行われていた。首から番号札をかけた若い女性が数名、壇上に並んでいる。カジュアルなポロシャツにチェック柄のスカート、清楚系のワンピース、アイドルのようなフリフリのドレスなど、服装はみなばらばらだ。
観客席から見て一番左にいる女性が、両手でマイクを持ち、司会の男子学生からの質問に答えている。
「こう見えて、特技は薙刀なんです。おじさんが師範で、子供の頃からその教室に通っていたので」
「それはギャップ萌えですね。ちょっとやって見せてもらえますか?」
横手からスタッフの学生が薙刀を持ってきた。それを受け取った女性は、深く息をつくとスカートにもかかわらず大きく股を開き、中段、下段、八相、脇、上段と、基本の構えを次々に披露していく。ときおり刃先が日光を反射してキラリと光り、その都度、おお、とどよめきが起こる。
一通り演武が終わると、司会の男子学生が拍手をしながら女性に寄って行った。女性は薙刀を片手で持ち、地面に立てる。
「ありがとうございました。見事な演技でしたね。後半は参加者全員によるゲームもありますから、そちらも頑張っていただけたらと思います」
女性が一礼をして後ろに下がると、スタッフの学生が薙刀を回収しに向かった。続いて隣の女性が一歩前に出る。
十一号館大教室の舞台では、作務衣姿のキッカワが、木刀を手にガマの油売りの口上を練習していた。これに続くのはミルクの登場シーンだ。はたしてどうなったのか。ミヤコは固唾を飲んで見守っていた。
くぐり戸がそっと開く。しかし、誰も現れない。観客席に微かなざわめきが漂う。
一呼吸おいた後だった。くぐり戸が大きく開くと、そこにいたのはもじゃもじゃの天然パーマにサングラス、それなのにOLの制服に身を包んだアジポンだった。階段代わりのビールケースを大股で踏み、入ってくる。観客席は凍り付いたように静かになった。
脚をガっと開いて右手のベンチに腰掛けると、アジポンは持ってきた小さなバッグから菓子パンを取り出し、ムシャムシャと豪快に食べ始めた。
キッカワはすぐに気づいたが、気づいていないふりをして木刀を振る。
アジポンは今度は紙パックの牛乳を取り出して、ストローも挿さずそのままゴクゴクと飲み始める。さすがに気になった素振りでキッカワが後ろを振り返ったところ。
「あらあ、あたし、気になりますかぁ?」
その瞬間、観客席から悲鳴にも似たどよめきが起こった。アジポンの声は見た目通り、野太い男のそれだったのだ。
「いえ、ちょっと練習してただけですから」
どよめきに押され、キッカワの台詞はタイミングが少し遅れた。しかし、そんなことに気づく者はいない。
「すみませぇん。なんかぁ、お邪魔しちゃったみたいでぇ」
おネエ口調でしなだれかかるアジポン。観客席はどよめきが収まらず、動揺がぞわぞわと波打っている。
ユヅが横を向くと、ミヤコは口をあんぐりと開け、呆然としていた。目の焦点が合っていない。あまりの衝撃に硬直しているようだ。
その後もアジポンはシーンの最後まで振り切った演技を押し通した。手や足を大げさに振り回し、これでもかと言わんばかりに派手な抑揚をつけて台詞を喋り、キッカワでさえ引くほどに押し出しを強めた。確かに、ツヤカの演技とは一片の共通点もなかった。
ほとんどの観客は、自分が何を見せられているのか頭の整理が追い付かず、混乱に終始していた。ただ一人、最前列で瞳をキラキラと輝かせている女子高校生を除いては。
自分も舞台に上がらんというほどまでに身を乗り出し、マユはアジポンの一挙手一投足を凝視していた。その横顔はまるで、悪魔に魅入られた幼い子供のようだった。




