第四十話 これからも、ゆるい日常
「ただいまー」
自分の部屋に帰ってきて、誰もいないのに挨拶をするわたし。
「おかえりー」
後ろからついて入ってきたあかねさんが返事をする。
「疲れたな……」
黒兎も、本当に疲れた様子で部屋に入ってきた。
「とりあえず、麦茶でも飲みますか」
冷蔵庫から麦茶を取り出して、三人分のコップに注ぐ。
「あかねさんも黒兎も、お疲れ様〜」
「いきなりボス戦だったね」
「そうね〜。二度とごめんだわ」
「やっと終わった……」
三人で麦茶を飲む。
冷たい。
生き返る。
大怪獣と戦ったあとでも、冷たい麦茶は美味しい。
しばらく休んでから、わたしは二人を見る。
「ところで」
「ん?」
「二人は今後、どうするんです?」
「そうね〜」
あかねさんは少し考える。
「せっかく知り合えたし、私はあやめちゃんがいいなら、しばらくご厄介になりたいかな」
「白面の豊穣神様のところに戻ったほうがいいんだろうけど、別にすぐ戻らなくちゃいけないわけでもないしね」
「わたしも、そのほうが嬉しいかな」
一人より賑やかなほうがいい。
それに、あかねさんと一緒にいるのは楽しい。
「黒兎はどうするの?」
「俺か?」
黒兎は腕を組む。
「俺は行くところがないし、どうするかな」
「兎の姿でも外に出されたし、人の姿だと余計にどうしたものか……」
「それなら、私が白面の豊穣神様に紹介状を書くから、神使になるといいよ」
「神使?」
「そう。黒兎なら大丈夫だと思うわ」
「それはありがたいが……」
黒兎はあかねさんを見る。
「あかね、本当に居座るのか?」
「そのつもりだけど?」
あかねさんは当然のように答える。
「ただ、あやめちゃんは私のだからね」
「いつから、わたしはあかねさんのものになったんです?」
「細かいことは気にしない」
「細かくないと思いますけど」
「まあ、あやめがいいならいいか」
「黒兎も、たまには遊びに来ればいいよ」
「おう」
これで黒兎もなんとかなりそうだ。
よかった、よかった。
◇
「あやめちゃん、いる?」
しばらくして、しずくさんが訪ねてきた。
「はい、いますよ〜」
「ちょっと話があるんだけど」
「なんです?」
しずくさんは部屋に入ると、なぜか少し言いにくそうにわたしを見る。
「妖精女王の見習いをやめて、本当にならない?」
「……はい?」
「正式な妖精女王」
「急にどうしたんですか?」
「いやね、あやめちゃんも普通の人間とは違うくらい強くなったことだし、そろそろどうかなって思ってね」
「高校を卒業したら、正式に返そうかと思ってたんですけど……」
「そうよね〜」
しずくさんは残念そうに肩を落とす。
「言ってみただけだから、忘れてちょうだい」
「はあ……」
なんだったんだろう。
まあ、いいか。
◇
「やっぱり断られちゃった」
「そりゃそうです」
ゆいに呆れたように言われ、しずくはため息をついた。
「いい加減、ちゃんと仕事しましょうよ」
「そう言ってもね、人間界は楽しいのよ。あなたもそうでしょう?」
「まあ、そうなんですけどね」
「それに」
しずくは、あやめの部屋の方を見る。
「あやめちゃんの成長を見守る楽しみもあるし、当分このままよ」
「また仕事を押しつける気じゃないですよね?」
「まさか」
「今の間はなんです?」
「気のせいよ」
「はあ……仕方ないですね」
しずくとゆいは顔を見合わせる。
そして、二人で笑い合った。
◇
次の日。
いつもの時間に目を覚ます。
顔を洗って。
新聞配達に行く。
そして、
戻って来て朝ご飯を作る。
夏休みなので、学校はない。
「あやめちゃん、おはよう」
「おはようございます」
あかねさんもいる。
昨日まで黒い兎だった黒兎は、もういない。
大怪獣もいない。
今日はたぶん、何も起こらない。
たぶん。
「さて」
冷蔵庫を開ける。
「今日の晩ご飯、何にしようかな」
特売で買ったお肉がまだ残っていたはず。
野菜もある。
「今日はカレーにしよう」
「朝から晩ご飯のこと考えてるの?」
「大事なことですよ」
「そうね」
結局、わたしの毎日はそんなに変わらない。
これから先も、きっといろいろあるんだろう。
でも――
まあ。
なんとかなるよね。
「さて、宿題やろっと」
まだまだ夏休みは続く。
そして――
妖精と魔法少女の、ゆるい日常も続いていく。




