第二十四章 殺意のワルツ(前半)
いつもお読みいただきありがとうございます!
今回は華やかな入学祝いパーティの裏で、それぞれの思惑が秒単位で交錯します。
凪と翡翠のちょっぴり甘い(?)やり取りから一転、不穏な影が動き出し――。
どうぞお楽しみください!
きらびやかなシャンデリアの光が、名門校の入学祝いパーティ会場をこれでもかと華やかに彩っている。
流れるのは、美しく洗練されたオーケストラのワルツ。
そのダンスフロアの中心で、一際目を引く一組の男女がいた。
「翡翠ちゃん上手いじゃん!」
いつも通りの生意気な笑みを浮かべ、凪は軽やかにステップを踏む。
注目を浴びる事には慣れっこの凪が、いつものように翡翠に話しかける。
「今は僕が翡翠ちゃんを独り占めだね」
「ふふ、私も凪様を独り占めですね。
ダンスは透亜様にきびしーく仕込んで頂きました…。
おかげで、回し蹴りが出せる程度の体幹は維持しております…!」
翡翠は、凪とにこやかに話合いながら、必ず雛子が視界に入るように動いていた。
「ワルツの最中に回し蹴りの心配しないでよ。
……あはは、ほんと翡翠ちゃんは面白いね」
クスッと笑う凪。
だが、その笑みの引き際は少しだけ早かった。
翡翠は、一瞬ちらっと凪の目を見る。
その視線に気づいた凪が「な、なにさ?」と珍しく少し気恥ずかしそうにした。
「凪様、少々お待ちくださいませ」
翡翠は真顔のままステップを緩めると、あろうことか、美しい漢服ドレスの帯の隙間に、ガサゴソと不穏な手つきで指を潜り込ませた。
隠密集団「狐狸」の癖で、暗器でも引き抜くかのような物々しい動きである。
「わっ! ちょ、なになに!?」
凪は心臓を跳ね上がらせ、周囲のセレブたちにその奇行が見えないよう、咄嗟に自分の小さな身体を滑り込ませて翡翠の手元を必死に隠した。
息の合ったステップのふりをして、絶妙なディフェンスを展開する。
「お待たせいたしました。……はい、こちらを」
すっと差し出された翡翠の小さな手のひらの上にあったのは――
帯の隙間に入れていた袋から取り出した、きらきらと輝くセロハンに包まれた、一つの葡萄味の飴玉だった。
「凪様に差し上げようと思って、持ってきました。内緒で食べてください!」
翡翠は小声で囁き、また一瞬凪の目を見ていたずらが成功した子供のようににっこりと微笑んだ。
「これ……僕がいつも食べてるやつ……」
「はい。凪様がお好きなのかな、と思いまして」
どうして知っているの、とは聞かなかった。
ずっと、自分のことを見ていてくれたのだ。
くるりと、周りから自分の顔が見えない方向へ翡翠を誘導する。
「……うん。ありがとう、翡翠ちゃん」
そこにあるのは、キラキラの王子様ではなく、等身大の少年としての微笑みだった。
同じダンスフロア。翡翠たちのすぐ近くで、別のワルツのステップを刻む影があった。
「素晴らしいステップですわ、透亜様。やはり私の目に狂いはありませんでした」
上品な笑みを浮かべ、透亜の胸元に指先を滑らせるようにして踊る西園寺詩織。
前夜の脅迫通り、透亜は彼女のエスコート役を務めさせられていた。
「光栄です、西園寺さん。
君のような美しい方にそう言っていただけるなら、事前に練習した甲斐もあったというものです」
透亜は、完璧な紳士の微笑みを詩織に向けている。
声音には一切の澱みもなく、旧華族の令嬢をエスコートする「完璧な優等生」そのもの
。
だが――そのポーカーフェイスの裏側。
(はぁ……退屈だな。この化かし合いも。はっきり言ってこの女には触りたくもないが……)
内心で酷く冷徹に毒づきながら、透亜は詩織の肩越し、数メートル先にある凪と翡翠の姿を、視界の端にしっかりと捉えていた。
翡翠がドレスの帯に手を入れ、凪が慌ててそれを身体で隠す。
そして、何か内緒話をしている。
(まったく、あいつら、僕がこれだけ苦労している間に何を楽しそうにやってるんだ?)
秒単位で戦況を計算する天才戦術家の脳細胞が、ほんの一瞬、完全なノイズによってフリーズしかける。
(……翡翠――しばらくおやつ抜きだな。凪も、明日からのタスクを通常の三倍にしてあげるよ)
これだけの毒づきを展開しているなど、胸元に寄り添う詩織は知る由もない。
まさか透亜が自分に全く興味がないなどとは、自身の美貌と手札に絶対の自信を持つ彼女のプライドが微塵も想定していなかった。
透亜の完璧な微笑みの口元は、一ミリもブレていなかった。
「ふふ、どうかされました? 私の顔に何かついていまして?」
「いいえ。西園寺さんがあまりに眩しいので、つい見惚れてしまいました」
吐き気のするような嘘を、極上の美声でさらりと返す。
詩織が満足げに目を細めた、その瞬間だった。
フロアを包んでいた優雅なオーケストラの演奏が、静かに、しかし明確な意思を持ってフェードアウトしていく。
きらびやかな照明がステージの中央を照らし出し、会場の視線が自然とそこへ集まった。
数人の取り巻きを背後に従え、洗練された足取りで壇上に現れたのは、この名門校の生徒会長を務める男――神城冬真だった。
一馬という絶対的な当主の影に隠れ、10歳の時に透亜によって「全負債引き受け同意書」を掴まされて失脚したはずの兄。
しかし、彼はまだ神城の籍を完全に失ったわけではなく、この学園の生徒会長という「絶対的なアドバンテージ」を盾にして、最悪のタイミングでマイクの前に立ったのだ。
「新入生の皆さん、入学おめでとう。生徒会長の神城冬真です」
向けられたマイクに、冬真は非の打ち所のない、いかにも名門校のトップに相応しい余裕に満ちた笑みを湛えて挨拶を始めた。
会場のセレブたちから上品な拍手が湧き起こる。
「神城冬真……?」
凪のステップが止まり、その目が一瞬で周囲を警戒する鋭さに切り替わる。
翡翠もまた、ドレスの裾をわずかに引き、雛子を視界に入れつつ、いつでも透亜の前に飛び出せるよう、重心を落とした。
冬真は、フロアで詩織と並び立つ透亜を見下ろし、その優雅な声音をさらに響かせた。
「さて、本日は我が神城家の誉れ高き新入生代表、『神城透亜』君もこの場にいる。
皆さん、ぜひ彼を歓迎してあげてほしい。
……もっとも、完璧な優等生を気取る彼が、10歳の時に実の兄である私を陥れ、一族の利権を強奪した冷徹な化け物であるという事実さえ、大目に見ていただけるならの話ですが」
品性を保ったまま放たれた、あまりにも痛烈な暴露の劇毒。
会場の空気が一瞬で凍りつき、大人たちの疑惑と値踏みするような冷たい視線が一斉に透亜へと突き刺さる。
だが。
当の神城透亜は、詩織の手をそっと離すと、ふっと息を吐いた。
その顔に浮かんでいるのは、崩れることのない、どこまでも深い極上の営業スマイルだった。
(……相変わらず成長のない男だ、冬真兄さん。わざわざ僕のチェス盤の上に、自ら首を差し出しに来るとはね)
透亜は、壇上の兄を哀れな道化を見る目で見ていた。
ポケットの中で、スマートフォンのマナーモードが「ブブッ」と小さく、しかし確実に微振動する。
それは、すでに1年A組の鉄壁が、この「暴挙」を処理し始めたという、冷徹な開戦の合図だった。
「チッ……」
フロアの端、ギャルお嬢様の一ノ瀬雛子とペアを組んで踊っていた御子柴律は、冬真が声を放った次の瞬間には、冷徹なハッカーの顔に戻っていた。
雛子を自分の背後に庇うようにしてフロアの隅へ退避させつつ、片手でポケットからスマートフォンを引き抜く。
液晶画面の上を、律の細い指先が目にも留まらぬ速さで滑った。
神城のメインサーバーを経由し、会場の音響システムへ強制割り込みをかける。
冬真がさらに透亜を糾弾しようと、勝ち誇った顔で唇を動かした。
だが――スピーカーはプツン、と不自然な電子音を立てて完全な無音に陥る。
冬真がいくらマイクに声を張ろうとも、スピーカーからは一切の音が出ない。
壇上の生徒会長は、わずか「3秒」で哀れな無声映画の道化へと成り下がった。
その隙に、羽鳥晃がスマホで「生徒会長の体調不良によるご乱心」という偽のニュースリリースを各メディアの裏回しで手配し、橘綜一郎が圧倒的な名門の威厳で「神城家の内紛をこの場に持ち込むな」とセレブたちの動揺をシャットアウトしていく。
しかし――そのハッキングのための、律のわずか数秒の「指先への集中」。
そこを、襲撃者達は見逃さなかった。
「あ、あれ……? 音消えた?」
律の背後で雛子が首を傾げた、その刹那。
喧騒のドサクサに紛れ、給仕に変装していた二人の男が音もなく律の死角に滑り込んだ。
一人が律を雛子から引き離すように強固な体躯でブロックし、もう一人が雛子の背後から伸びやかな手つきでその口を完全に塞ぐ。
「んむっ――!?」
短い悲鳴。
驚愕に目を見開いた律が振り返った時には、雛子の身体はテラスへと繋がる暗いカーテンの向こうへと引きずり込まれた後だった。
「?!」
翡翠は弾かれたようにバッとテラスの方を見た。
「っ……!」
フロアの反対側。
翡翠の目と耳が、会場のノイズの裏に隠された「雛子の拉致」と、かつて同門だった隠密集団『狐狸』の残党特有の耳障りな殺気を野生の勘で捉えていた。
「えっ!? ちょ、翡翠ちゃ――」
凪が引き止める間もなかった。
ペールブルーの漢服ドレスの裾を翻し、翡翠は文字通り「音もなく」フロアの光の中から消え去った。
透亜のスマホが激しく微振動する。
画面に表示された律からのテキストメッセージは、一文。
【一ノ瀬雛子、拉致】
パッとフロアに視線を走らせた透亜の視界から、さっきまでそこにいたはずの、翡翠の姿が完全に消えていた。
(……動き出したか。
翡翠、無茶はするなよ…!)
薄暗い広大な庭園の奥。月明かりだけが照らす庭の生垣の影。
「う、ううん……!うぅーーーーん!!」
口を塞がれ、暴れる雛子の首元に、冷たい刃が突きつけられていた。
「動くな」
バラバラと衣服の擦れる音と共に、闇の中からさらに二人の男たちが現れ、追いついてきた翡翠を包囲する。
男たちの目は、かつて翡翠がいた「狐狸」の、感情の死んだ暗殺者のそれだった。
「動けばこの女の命はない。」
ペールブルーの漢服ドレスを纏い、耳元に真紅のピアスを妖しく輝かせた翡翠は、ぴたっとその足を止めた。
いつもなら、この距離の相手など秒単位の急所打撃で骨ごと粉砕できる。
相手が大人数だろうと、一瞬で肉塊に変えられる。
しかし。
(……雛子様)
自分の目の前でガタガタと震えている、自分のために真っ赤な口紅を選んでくれた、大切な女の子。
その細い首筋に、真っ黒な刃が当てがわれたー。
ご覧いただきありがとうございました!
A組の天才たちが秒で生徒会長を無声映画の道化にする中、まさかの雛子が拉致される事態に……!
大切な友達を人質に取られた翡翠。絶体絶命のピンチですが、元「狐狸」の彼女がこのまま黙っているはずもなく……?
次回、翡翠のブチ切れ&怒涛の反撃(と、それを知った主君のフリーズ)編です!
「続きが気になる!」「おやつ抜きの透亜、頑張れ!」と思ってくださった方は、ぜひ下方の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけると執筆の励みになります!




