出会い
初めまして、ねろりと申します。
本日から新連載を始めさせていただきます!
腹黒いお坊ちゃまと、ちょっと天然(?)な護衛少女の、現代ファンタジーラブコメです。
楽しんでいただけたら幸いです!
序章 出会い
神城家の広大な庭園には、人の気配がなかった。
池の澄んだ水面を、色鮮やかな錦鯉が音もなく滑っていく。
神城財閥――日本の政財界の頂点に君臨し、流通、金融、先端技術から防衛産業にいたるまで、国の基幹を文字通り支配する巨大コンツェルン。
その本家であるこの屋敷は、権力の象徴であると同時に、血で血を洗う苛烈な後継者争いの戦場でもあった。
莫大な資産と利権を巡り、親族同士が足を引っ張り合い、互いの動向を監視し合う。それが神城の日常だった。
「……くだらない」
十歳の神城透亜は、誰もいないのをいいことに、普段の「完璧な笑顔」を消し去っていた。中性的で、眉目秀麗と誰もが称えるその顔立ちは、無表情になるとゾッとするほど冷ややかだ。
本家の末息子として生まれた彼は、幼少期から有象無象の欲望と悪意に晒されてきた。生き残るために身につけたのが、大人たちの本音を隠すための「仮面」である。
神城家と隠密集団「狐狸」は、古くから深い繋がりがある。一族の主要な人間の後ろには、必ず「狐狸」の護衛が影のように付き従っているのだ。末っ子である透亜の元にも、ついに今日、その狐狸から護衛が買われて来ることになっていた。
どうせ他の親族たちと同じように、自分の機嫌を取り、内偵を進めるための有象無象が送られてくるのだろう。そう思っていた、その時だった。
「——そこ、退いた方がいいですよ。落ちますから」
突然、頭上から妙に澄んだ声が降ってきた。
透亜が驚いて見上げると、庭園の大きな大島桜の枝に、一人の少年が腰掛けていた。短い髪に、動きやすそうな中国の民族衣装——すっきりとした細身の真っ黒な長袍を纏っている。
だが、その警告の直後、バキリと嫌な音が響く。
「あ、折れた」
少年は真っ逆さまに落下した。
透亜が息を呑んだ瞬間、少年は空中で見事に一回転。チャイナ服の裾を美しく翻し、猫のようにしなやかに、音もなく芝生へと着地してみせたのだ。常人離れした身のこなしだった。
透亜は一瞬で脳を切り替え、顔に「にっこりとした仮面」を貼り付けた。品がよく、誰もが庇護欲をそそられる、完璧な愛想のいい笑顔。
「君が、新しい僕の護衛? よろしくね。男の子にしては、ずいぶん小柄で可愛いんだね」
透亜は、相手を油断させるための甘い声を向けた。
しかし、その少年のような相手は、懐から「狐狸」の証である印を取り出しながら、不思議そうに首を傾げた。
「あ、私、女の子ですよ。動きやすいからこの格好なんです。……あ、申し遅れました! 本日から透亜様の護衛を務めます、『狐狸』の翡翠と申します。主に最初から嘘つくのは寝覚めが悪いので、先に言っておきますね!」
「……え?」
透亜の完璧な笑顔が、ピキリと凍りついた。
古くから神城家を支えてきた老獪な「狐狸」の者たちとは、あまりにも毛色が違いすぎる。男装の麗人だとか、深い策略があって男の振りをしているわけでもない。ただ「動きやすいから」という、お粗末で直球な理由。
翡翠は、硬直した透亜の顔をじっと覗き込んできた。
至って平凡な子供。特に容姿が優れている訳ではない。だが、覗き込んできたその顔が、くしゃりと破顔した。
「それにしても、透亜様って、ずっとそうやって作り笑顔してるんですか? 疲れません?」
それは、底抜けに無邪気な笑顔だった。
同時に、透亜の胸の奥で、どす黒い感情がふつふつと湧き上がる。これまでの人生で、自分の仮面をここまで躊躇なく踏み荒らしてきた人間はいない。
(なんだ、この無礼な生き物は……。狐狸は一体、何を考えてこんな奴を僕に……)
透亜の微笑みが、わずかに歪む。それは大人たちを騙してきた人形の笑顔ではなく、初めて他人に向けられた、本物の「腹黒い興味」の笑みだった。
「ふうん……。いいよ、面白い。君がいつまでその呑気な顔をしていられるか、試してあげる」
仮面の下の本性を隠しもせず、透亜は低く囁いた。
けれど翡翠は、言葉の意味があまり分かっていないのか、ただ嬉しそうに「はい! 精一杯お守りしますね!」と元気よく頭を下げるのだった。
序章をお読みいただき、ありがとうございました!
完璧な仮面を一瞬で剥がされた透亜様と、マイペースな翡翠。
この主従がこれからどんな関係になっていくのか、温かく見守っていただけると嬉しいです。
「この二人の掛け合い、ちょっと気になるな」「翡翠の着地かっこいい!」と思ってくださった方は、ぜひページ下部にある【ブックマーク登録】や、評価の【☆☆☆☆☆(星)】をぽちっと押して応援していただけると、執筆の物凄い励みになります!
第九章までは、本日中に、それ以降は毎日20時頃に投稿する予定です!
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