天華に捧げる竜の歌 8
「それから割とすぐに、トルロイがミレーネさんと結婚をして、君が生まれた。生まれてきた君を見た時、私は失った番と我が子のことを思い出したんだ。私があの地から出てきたのは、もしかしたらこの子に会うためだったのではないかと」
目の前の名付け子は、憚ることなく涙を流している。はじめて番と子のことを話した時の友人たちも、名付け子と同じように泣いていたなと、ディートヘルは当時のことを懐かしく思い出した。
「さあ、ラスフィア君。もう泣かないでくれ。今の私には、友人たちもいるし、君もいる。君たち家族は、私にとっても家族同然だ。私はもう、生きることを諦めてはいないよ」
ハンカチで涙を拭きながら、名付け子がこくこくと頷いている。
ちなみに名付け子の涙を拭うそのハンカチは、すぐ傍に立つ女性警察隊員が手渡してくれたものだ。番の青年がハンカチを渡そうするより一瞬早くハンカチを渡した女性に対し、番の青年が悔しそうにしていた姿がなんとも面白い。
「……ディートヘルさん。今度、お父様も一緒にどこかで食事をしましょうね。昔の話、もっと聞きたいです」
「うむ。そうだな。とりあえず今日は、マルグリットの予定が合えば、三人で食事でもどうだろう」
ディートヘルの誘いの言葉に、すぐさま名付け子が「いいですね!」と乗ってきた丁度その時、部屋の電話が鳴った。
女性警察隊員が受話器を取り短い会話をしたあと、「警部。出動の要請です」と銀髪の青年に向けて言葉を放った。
「場所は?」
「レディストラム街にある商業施設で、亜人による立てこもり事件が発生したようです。犯人は複数、それもなかなかの手練れだとか」
「わかった。リアーナはもしもの時のために長距離銃を携帯してくれ。悪いがサイムズ殿、エーレン嬢」
名を呼ばれた瞬間、すぐにディートヘルは返事をした。
「ああ、気にせずいってくれ。時間を取ってもらって悪かったね。ではラスフィア君。私たちも一緒にここを出るとしよう」
「はい。あ、レイドさん」
名を呼ばれただけだというのに、番の青年が心得ているとばかりに頷き、名付け子に微笑んだ。
「食事してくるんだろ? 俺も今日はいつ帰れるかわからないから」
「わかりました。気を付けて下さいね。皆さんも」
名付け子の相手の身を案じた言葉に、部屋にいた面々が頷いた。
******
「あらあ。それじゃあ、結局ラスフィアちゃんに言わなかったの? 彼女の名前は、貴方がつけたんだって」
グラスを揺らすことで中の氷を転がしながら、友人が意外だとでも言うように目を丸くした。
現在のディートヘルは友人のマルグリットと二人、バーで酒を飲んでいる。
警視庁を出たあと、ディートヘルは名付け子と共に、友人であるマルグリットの元を訪ねた。その時にはマルグリットもすでに帰っていて、ディートヘルは二人によって街中を案内された。
ディートヘルだけでも目立っていただろう自信はあったが、友人も名付け子も、各々相当に目立っていた。名付け子はその美貌で、友人はその迫力で。
観光を終えたあとは、二人の行きつけだという料理店で食事を取ることになった。三人で食事をするのは初めてであったため、話はおおいに盛り上がった。
食後はマルグリットと共に名付け子を家まで送り届けてからこれまで、ディートヘルはマルグリットの伝手で手配して貰った宿のバーにて、マルグリットと二人、ずっと酒を飲み交わしている。友人もこの宿に部屋を取ったらしいので、好きなだけ昔話に花を咲かせることができそうだった。
「ああ」
「……まあ、別に今言わなくても機会はいくらでもあるし、それに……貴方が言わないと決めたのなら、一生言わなくても良いとは思うけどね」
「言わないと決めているわけじゃない。単に言う話の流れにならなかっただけだ」
今までそのことを名付け子に言わなかったのは、そのことを言おうとすれば、必然的にディートヘルの昔の話もしなければならなかったからだ。
昔の話は、二人の友人にしか話したことはない。救われた船の乗組員たちにも、言わなかった。否、そのころにはまだ、他人に話せるほどにはディートヘルの受けた傷が癒されていなかったのだ。
「そうだ! ラスフィアちゃんの結婚式で言うのなんてどう? 感動的じゃない?」
「番を失った話を、目出度い席でするのか?」
「ああ~ん。そうねえ……。ん~でも。そこは省けばよくない? ラスフィアちゃんたちはもう知っているんだし」
友人に言われ、ディートヘルは考えた。確かに、すでに名付け子はディートヘルの番と子のことを知っているのだから、目出度い席だとしても、名前の由来だけを名付け子に告げることはできる。
名付け子の名前は、ディートヘルが付けたものだ。はじめて名付け子を見たディートヘルが泣く姿を見て、友人が名付け親になることを提案してくれたのだ。
「あなたの名前は、異国の花の名前からとったのよ~なんて、すっごい素敵じゃない!」
名付け子の名前は、崖に咲く白い花の名がその由来だ。ディートヘルにとって、とても特別な意味を持つ花。ディートヘルの、死んだ番の名でもある。
その花の名は、ディートヘル赤蜥蜴の間で使われる言語で付けられたものであるため、名付け子の名とは、少々響が異なっている。
名付け子だけではない。ディートヘルの名も、赤蜥蜴の使う言語の響きを、人の、友人たちの使う言語に響きを似せたものだ。その分、こちらでは少々珍しい名として感じられるだろう。ちなみに、ディートヘルの一族には姓がなかったため、今の姓は貿易船の船長の名を拝借したものだ。
「そうだな……。ラスフィア君の結婚式では、名の由来を贈るとともに、歌でも一緒に贈ろうか」
「あら、歌? もしかして、船で良く歌っていたあの歌?」
友人の言葉に、ディートヘルは頷いた。
貿易船での生活の中で、ディートヘルはよく歌を歌っていた。気付けば、口ずさんでいたのだ。ディートヘルの番が、良く歌っていた歌を。そして実は、今でもふと気付けば、その歌を口ずさんでいる。
おそらくディートヘルは、鎮魂歌のつもりでその歌を歌っているのだ。墓に、花の一本すら供えに行けない代わりに、番と子のいる天まで届くようにと願い、歌を歌っている。
「あなたいい声だし、声量もあるものね……。きっと、届いているわよ」
友人の言葉に、ディートヘルは驚いた。
どうやらディートヘルがどういったつもりであの歌を歌っていたかなど、友人にはとっくに看破されていたらしい。この分では、きっともう一人の友人も知っているのだろうなと、ディートヘルは空恥ずかしいような有難いような、不思議な心地になった。
「……ラスフィア君の結婚式が終わったら、一度帰ってみようか」
「そうねえ……。その時には、知り合いに船を出してもらうわ。サイムズ船長は、もう歳で引退しちゃったものね」
あの時の船長には、別れてから一度会っただけだ。けれど、新しい土地で何とかやっているディートヘルの姿を見て、とても喜んでくれた。
「さあ。もう一杯飲みましょう、ディートヘル。久しぶりに会ったんだもの。今日はとことん付き合うわよ」
ディートヘルも酒豪だが、この友人もまたかなりの酒豪だ。そういえばもう一人の友人も二人に負けず劣らず酒豪だったなと、ディートヘルは一人笑いを零した。
貿易船の甲板の上、夜空を見上げながら三人で酒を酌み交わした、あの日に想いを馳せながら――。




