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005.白猿の亜人

 

 店に挨拶を済ませた後、余った時間で現在ラスフィアたちは王都の観光をしていた。


 トルロイは今日、明日とホテルに泊まり、三日目に国に帰る予定となっている。滞在を予約しているホテルには夕方までに入れば良いため、あと三時間ほどの時間が余っていた。


「いやー、それにしてもすごいね。ガルストラ警視庁は」


 トルロイの暢気な声で我に返ったラスフィアは、目の前の建物を見上げた。


 やってきたガルストラ警視庁は、白に近い灰色の、重厚な石造りの建物だった。大きな門は解放されていて、そこから黒い隊服を着た警察隊の人間が行き来する姿を見ることができる。


(か、格好いい……。写真……写真撮りたい!)


 こちらの世界にもカメラはあったが、やはりまだ持ち歩くには大きすぎる。それにカメラ自体はラスフィアのものではなくトルロイのものであったし、極力手荷物を少なくしたかったため、今回は持ってくることは断念したのだ。それに貴重なものでもあったため、盗難防止の意味もあった。


(まあ、これから毎日でも見られるわけだし……)


 ラスフィアの職場はこの警視庁のすぐ近く。店のオーナーも、店には警察隊員が立ち寄ることが多いと言っていた。若干制服フェチの気のあるラスフィアにとって、隊員の制服姿を写真に収められないことは残念だったが、その分目に焼き付ければいい。


 十分に建物と警察隊員の制服を目に焼き付けたあと、ラスフィアがいざ帰ろうと父親を促そうとした矢先、突風が吹いた。


「うわ……すごい風……!」


 その風が突如渦を巻いたかと思うと、石畳の上の砂埃を巻き上げた。


「危ない!」


 トルロイに肩を引き寄せられ、ラスフィアは寸でのところでつむじ風に当たるのを避けることができた。


 風が真横を通り過ぎる一瞬、風に向かって強く引き寄せられる感覚があった。もしあのまま風の渦に当たっていたら、大変なことになっていたかもしれない。


「……びっくりしたわ。ありがとう、お父様」


 道行く人々が皆、慌ててつむじ風を避けている。つむじ風の後を付き従うように吹いた強風に、ラスフィアはワンピースの裾が膨らまないよう両手で抑えた。


「ああ……本当だ。びっくりしたね」


 風が通り過ぎた後、トルロイは帽子が飛ばないよう抑えていた手を離し、タキシードに付いた埃を両手で払っていた。


 ラスフィアも、纏めていた髪が乱れていないか、手で触って確認をする。


「私、つむじ風を見たのってはじめてかも知れないわ」

「僕は若いころ、外国で何度か見たことがあるよ。そのつむじ風は、あとで竜巻になってたけどね」


(笑えないわ……)


 無邪気にも笑顔を向けて来たトルロイに、ラスフィアは苦笑いを返した。


「え、ええと……暖かくなってきたとはいえ、まだ風は冷たいわね」

「そうだね。それでもここは、リアンタに比べれば随分暖かいけれど」


 トルロイが春の陽射しのような微笑みを浮かべ、青い空に浮かぶ白っぽい太陽を見つめながら言った。


 今の季節は、前世で言うところの三月の終わり。


 ガルストラもラスフィアの生まれた国リアンタにも、四季と呼んで差支えのない程度の季節が存在している。冬を終えた直後のこの季節は、ゆるくなってきた空気に気持ちも身体も緩みだす頃合いだ。


 実際、今日ラスフィアが着ているワンピースも、ひと月前に比べると随分、生地の薄いものだった。


(うう……でもちょっと着るには早すぎたかも知れないわ。……いえ、お洒落は根性よ!)


 こちらの世界の、そして今の時代の女性の服は、貴族も平民も同じく、ドレスとワンピースの中間のような見た目をしている。女性のスカートの丈は踝までが多いが、若者の中にはふくらはぎまで見せている者もいた。

 

 今日ラスフィアが着ている服も、ちょっとレトロなワンピースといった感じだろうか。水色と白の細いストライプ生地に、ところどころで繊細なレースが使われている。もちろん、スカートの丈はふくらはぎまで。


(服が可愛いって、テンション上がるわ……)


 女性の服装が、可愛い。

 そして、男性の服装も格好いい。


 というより、どちらも前世のラスフィアの好みの服装だ。


 服装に関しては、この世界のこの時代に転生して良かったと思ったことの一つだった。


「さあ。帰りがてら観光の続きをしつつ、そろそろホテルに向かおうか」


 昼を食べ終えてから、二人はすでに二時間以上は観光をしている。これから生活する住居はすでに決まっていたが、今日だけはラスフィアも、トルロイと一緒にホテルに泊まる手はずになっているのだ。


(一流ホテルだもんね。楽しみだわ……! 主に食事が!)


 トルロイの言葉にラスフィアが頷こうとしたその時、すぐ近くで怒号が飛び交い始めた。


 何事かと声のした方へと振り向けば、身体の大きな何らかの亜人らしき者たちが二手に分かれ、一触即発の雰囲気で言い合いをはじめていた。


「てめーが先にぶつかって来たんだろうが!」

「ふざけんなっ! 言いがかりつけてんじゃねーよ!」


 一見したところ、獣型の亜人と昆虫型の亜人のグループの衝突らしい。


 獣型の亜人たちのグループは、全員が尖った耳を持ち、ブンブンと苛立つようにフサフサの尻尾を揺らしている。皮膚を包む体毛の色や量は様々だったが、どうやら彼らは全員犬科の亜人らしかった。


 対する昆虫型の亜人たちのグループは、一見すると何の種類かはわからない。だがほとんどの者が人間の形に近い容姿をしている中、一人だけ、昆虫そのものの顔をしている亜人がいた。その亜人の顔を見たラスフィアは、彼らのグループはおそらく蜂か、蟻系の亜人だろうと推測した。


(うーん……両者群れで襲って来るタイプよね……)


 ラスフィアがそんな推測をしていたほんの数十秒程度の間に、急に周囲が騒がしくなってきた。いつの間にか、大勢の亜人たちが野次馬のために集まってきていたのだ。


(い、いつの間に……)


 ラスフィアと父親はいつの間にか彼らに囲まれ、野次馬の最前列へと押し出されてしまった。


 近くで見る亜人たちはやはり大きく迫力があり、自然とラスフィアの胸の鼓動が早くなる。


「ラスフィア。早くこの場から去ろう」


 トルロイに肩を抱かれ人波をかき分け円の外へ出ようとしていたラスフィアは、突然背後から与えられた衝撃に、前のめりに倒れ込んでしまった。


「きゃ……!」

「ラスフィア!」


 ラスフィアの視界に、トルロイもラスフィア同様地面に向かって倒れ込む姿が映り込んだ。


 どうやら一触即発だった亜人たちは、とうとう喧嘩を始めてしまったらしい。吹き飛んで来た亜人の一人が、運悪くラスフィアたちに当たってしまったようだ。


 だがラスフィアたちが完全に地面に倒れ込む前に、二人の身体は何者かによって抱き留められた。


 それはとても力強い腕だった。

 ラスフィアの腹を支える腕の上腕部は、細い丸太程の大きさがある。


 ラスフィアがその腕の太さに驚いていると、頭上から穏やかな声が振って来た。


「大丈夫かい?」

「あ、ああ。ありがとうございます。助かりました」


 その穏やかな声に、トルロイが返事をする。


 ラスフィアもトルロイに続き、ありがとうございますとお礼を言いながら、己を受け止めてくれた相手を見上げた。


 見上げた先にあったつぶらな黒い瞳が、心配するようにこちらを覗きこんでいる。そしてその男性の顔は、びっしりと白い毛で覆われていた。


(な、なんの亜人……?)


 白い毛と言ってラスフィアがすぐに思い浮かべるのは、兎だ。次いで、羊や山羊。


 だが偏見かもしれないが、男性のその立派な体格を見る限り、とてもあの儚げな動物や草食動物とは思えない。それに――。


(なんだろう? なんだかこの人、見たことがあるような……)


 ラスフィアがじっと見つめていたことに気付いたのだろう、その男性が笑みを浮かべた。


「ああ……俺は猿の亜人だよ。白猿はこのガルストラでも珍しい種だからね」


 猿と言われて男性の耳をよくよく見てみれば、確かに形は人間の耳にそっくりだったが、びっしりと白い体毛に覆われていた。顔の輪郭を縁どる体毛と一体化していたため、一見では気付かなかったのだ。


(白猿って……聞いたことあるわ)


 白猿の亜人と言えば、旧大陸の西方に起源を持つ、希少種だ。


 その情報をどこで得たのかまでは思い出せなかったが、おそらくここが異世界と知ったあとに亜人について調べたので、その時に知ったのだろう。


「それよりも、もっと下がった方がいい。君たちは人間だろ? 亜人同士の喧嘩になんて巻き込まれたら、ひとたまりもないからね」


 この男性の言う通りだった。おそらくラスフィアたちのところに倒れ込んできた亜人は、真正面からぶつかってきたわけではない。その身体の一部がラスフィアと父親の身体に当たっただけだろうが、それだけでも物凄い衝撃だった。


「まったく、野蛮な奴らだ。……どうか亜人すべてが、ああだとは思わないで欲しい」


 悲しそうに眉を垂れた男性に、ラスフィラは慌てて言い放った。


「ええ……! それはもちろん!」

「そうか……安心したよ」


 嬉しそうに微笑んだ男性に、ラスフィアも笑顔を返した。


「ああそうだ。俺はそこの通りで喫茶を営んでいてね。まだ店は開けていないが、少し寄っていくかい? 君は脚に怪我もしているようだし」


 男性の視線を追いラスフィアが己の脚に目を向けると、確かに軽く脛をすりむいていた。


「ラスフィア! 大丈夫か⁉」


 トルロイが目を向いて心配そうに問いかけて来たが、血も僅かにしか出ていないし、痛みもほとんどない。水で洗い流せば、大事はないはずだ。問題はどこで怪我をした箇所を洗うかだったが、その問題も男性の提案に乗ることで解決した。


「簡単だが、店に行けば手当が出来る。さあ、俺に付いてきてくれ」


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