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運命なんて信じない~小説の世界へ転生したら、ヒロインのお相手(ヒーロー)の番でした~  作者: 星河雷雨
第二章 運命の恋は意外と身近に

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025.別人確定

 

「あの……昨日は助けていただき、ありがとうございました」


 返事が返ってきたら、これきり会話の終わりそうな話題である。けれどそれ以外言うことがない。


「いや、無事でよかった」


 案の定、レイドはそう言った切り、のちの会話が続かない。二人の間に横たわる沈黙が居心地悪く、若干、無視されたらどうしようという心配はあったが、ラスフィアはまたレイドへと話しかけた。


「……見学者って、やっぱりあまりいないですか?」

「……ああ。こんなとこ来る奇特な奴はあまりいないな」


 いないと言い切ったレイドが、言い終えた直後、何故か焦ったようにラスフィアを見た。隣にいる人間が、その奇特な奴だと気付いたのだろう。


「大丈夫です」


 ラスフィアがそう言えば、レイドは気まずそうに視線を逸らした。けれど、その後、今度はレイドからラスフィアに話しかけてくれた。


「……どこか見たいところ、あるのか」


 レイドに言われ、ラスフィアは考えた。


 警視庁など、滅多に来られるところではない。どこか一部を見たいというよりは、内部を隅から隅まで見てみたい。だがラスフィアがガルストラ警視庁(ここ)へ来た当初の目的は、クロエに会うためだ。


 本当に警視庁内すべてを案内してもらっていたら、クロエに会う時間がなくなってしまいそうだ。それに、さすがに忙しいレイドを、そこまで付き合わせるわけにはいかないだろう。


「あ……あの、実は私クロエに会えないかと思って、警視庁まで来たんです。でもやっぱり一般人じゃ入れないだろうからって帰ろうとしていたところ、マクスウェル警部に声をかけていただいて……」


 ここへ来た当初の目的をレイドに告げれば、ラスフィアに向き直ったレイドが、「じゃあ、食堂に案内する」と言ってくれた。


(気を遣って貰っちゃった……)


 普通なら当たり前のことなのかもしれないが、相手はあのレイドだ。小説の中のレイドは、このような一般的な気遣いなど、出来る人物ではなかった。


(やっぱり、小説とこの世界は、すべてが同じというわけではないのかもしれないわ……)


 初っ端連続誘拐事件が早期解決したことにより、小説の内容とこの世界の現実が、乖離し始めている可能性はある。そもそもラスフィアがガルストラ(ここ)へ来たこと自体、きっと小説の内容とは異なっているのだろう。


 もし、ラスフィアが前世の記憶を持っていなかった場合、一人暮らしをしてまで、亜人の坩堝であるガルストラに来たいと思ったかはわからない。もしラスフィアがあのまま実家にいたとしても、何の問題もなかったからだ。店の従業員の一人として働き、いつかはどこかに嫁に行っていただろう。


 ガルストラへ来たことで、ラスフィアは連続誘拐事件の被害者になってしまった。けれどそのおかげで、本来リューンに捕まるはずだった人物が助かった可能性はある。しかも小説での被害者たちとは違い、ラスフィアたちはすぐにレイドたち警察隊に助けられている。


(本来の被害者ではない私が誘拐されたことによって、レイドさんたちが見つけてくれることになったのかもしれないわ……って。……そういえば、どうしてレイドさんとクローディオさんはあの場面で助けに来てくれたのかしら?)


 誘拐事件で助けられた時のことを思い出したことで、連鎖的に昨夜のことも思い出した。


「そういえば……昨夜はお二人とも、どうしてご一緒に? もしかして、仲が良いとか……」


 小説の中では、レイドとリアーナはライナスの指揮下、三人だけの特別班として業務に当たっている。ロイとは基本、業務内容が異なるはずだ。業務時間外に二人が揃っている理由など、それくらいしか考えられない。


 だがその考えは、まったくの見当違いだったらしい。歩みを止めてまで、レイドが間髪を容れずに否定をしてきたからだ。


「偶然だ」

「え?」

「偶然帰りが一緒になって、そしたらあいつが君たちを見つけた。……鼻が良いからな」


(そうだ……。クローディオさんは狼の亜人だった。確か……砂漠にいた狼だったっけ?)


 そしてあの場には、ロイの番であるクロエがいたのだ。ロイはおそらく、クロエの匂いに気付き、駆けつけてくれたのだろう。


(本当、クロエには感謝しなくちゃ……)


 もし、昨夜クロエと一緒に帰っていなければ、もしかしたらラスフィアは、あのままあの亜人の男に殺されてしまっていたかもしれない。


「そうだったんですね。本当に助かりました」

「いや……俺たちがさっさとあいつを捕まえていれば、君があんな目に遭うことはなかったんだ。……悪かった」


 真正面から端正な顔で謝られ、ラスフィアは一瞬呆けてしまった。


(謝った……。いえ……最初からレイドさんには謝ってもらってたっけ……)


 しかもその謝罪の内容が、ラスフィアを怖がらせたことについてだ。


 どうしてこれほどまでに、小説の中のレイドと現実のレイドの態度と性格が違うのか。やはり自分がガルストラ(ここ)へ来たことによって、この世界と小説とは、登場人物を含めて、変わり始めているのかもしれない。


「いえ、あの……あの人自分で香水で攪乱したって言ってましたし……! 私も油断してましたし……! レイドさんたちは悪くありません!」


 そこまで言いきった時、ラスフィアは再び衝撃を受けて固まった。


 レイドが笑ったのだ。一瞬驚いたように目を大きくしたあと、肉食獣のような鋭い笑みではなく、ふわりと、花が咲くように。


(別人……! 別人確定!)


 以前にも何度か微笑みかけられたことはあるが、それとはまた違うのだ。


 あの時は、微笑みの中にもラスフィアを安心させようという意図が見て取れた。けれど今のは違う。心からの微笑みだと、はっきりとわかるものだ。


 ラスフィアが小説とあまりにも異なるレイドの様子に内心で大いに混乱していると、時をほとんど同じくして、急に周囲がざわざわとし始めた。


(え? 何?)


 何かあったのだろうかと周りに視線を向けたラスフィアは、大層驚いた。視界に入る範囲、ほとんどの者がこちらを見ていたからだ。


(滅茶苦茶見られてる……!)


 先ほどライナスと一緒に歩いていた時もかなり視線を感じたが、今はその時の比ではない。


(え、なんで? ……もしかして。今のレイドさんの笑顔……とか?)


 ラスフィアは実際にレイドの普段の態度を知っているわけではないが、少なくとも小説の中のレイドは、今のように笑ったりはしないだろう。


(今の笑顔……やっぱり、滅茶苦茶レアだった……)


「もう少しで食堂に着く。行こう」


 笑顔のままのレイドに促され、ラスフィアはこくこくと頷きレイドの後を追って歩き出した。




 ☩☩☩



 

 食堂に来たラスフィアとレイドは、準備中の看板がかけられた扉を潜り、厨房へと入った。


 するとすぐに年嵩の男性職員が気付き、眉を吊り上げて二人に近づいて来た。きっと開店はまだだと、注意しに来たのだろう。


 しかし厨房へと入って来た人物の一人がレイドと気づくや、顔を青くしてしどろもどろになってしまった。そんな職員に対し、レイドは平静だ。


「準備中だってのは知ってる。クロエ・テンプトンはいるか?」

「クロエ? いるが……」


 何の用だとでも言いたげに、職員の男性がレイドを見て眉を顰めている。レイドがラスフィアを振り返り、「友人を案内してきた」と告げると、その男性は大きく目を見開いて呆気に取られている。


 その男性職員に対し、ラスフィアは頭を下げ、名を告げた。


「お、おお。ちょっと待っててくれ。……呼んでくる」


 男性が厨房の奥へと消えてからしばらくして、エプロン姿のクロエが小走りでやって来た。そしてレイドの姿を見て少しだけ怯んだ様子を見せたあと、隣にいるラスフィアに対し、いつものはにかむような笑みを見せてくれた。


「ラス! どうしたの?」

「ごめんなさい、クロエ。突然来ちゃって……」

「ううん、大丈夫。でもこれからの時間帯は忙しくなるから、ゆっくりは話せないの」

「そうよね! ごめんなさい……仕事が急に休みになったから、思い付きで来ちゃったの。……クロエの顔が見たくて」


 ラスフィアが僅かに視線を落としていると、クロエが手を取り握って来た。


「私も朝、ラスの部屋訪ねようかと思ったの。でも、朝はラスも忙しいかと思って……」


 ラスフィアも、朝はクロエのことを考えていた。隣同士なのだから会おうと思えばすぐに会えるのだが、ただでさえ部屋を訪ねるという行為は、プライベート空間への侵入行為であるとも言える。訪ねるタイミングが悪ければ、相手の負担になりかねない。


 クロエの言う通り、特に朝の忙しい時間帯などは、よほどのことがない限りは遠慮したほうが無難だ。


 例えば、訪ねた時にはまだ寝間着のままとか、化粧の途中とかだったりすると、お互いかなり気まずい思いをすることになる。


 そんなことすら気にならない間柄なら良いのだろうが、クロエとはさすがにまだそこまでの関係にはなれていない。


「うん。ありがとう、気を遣ってくれて」


 ラスフィアがそう答えると、笑顔のクロエが、夕食を共に食べることを提案して来た。


「仕事が終わったら、すぐに帰るから」

「……うん! あ。クロエ、何も買わなくていいからね? 今日は私が作っておくから!」


 ラスフィアが勢い込んでそう言うと、ちょっとだけ驚いたあと、嬉しそうにクロエが微笑んだ。


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