022.番は運命の相手か否か
ガルストラ警視庁での事情聴取を終えたラスフィアとクロエは、レイドとロイに付き添われ、家まで送られることになった。
当初はどちらか一人のはずだったのだが、二人が互いにその役目を譲らなかったからだ。
「俺が行く。そもそも、最初に現着したのは俺だ」
「力の加減を間違えて犯人を逃がすような奴に、任せられるか」
ただでさえ迫力のある二人が睨み合う姿に、ラスフィアとクロエは二人して身を縮ませた。
正直、ラスフィアは犯人が捕まったのならクロエと二人だけで帰っても良いとは思っていたのだ。
だがそれを言った途端、ロイとレイドのみならず、ライナスからも家まで送らせてほしいとお願いされてしまった。二人が狙われたのは、犯人を捕まえることが出来なかった警察に責任があるのだからと。
そう言われてしまえば、ラスフィアとしては強固に断る理由もない。
「二人して行ってこい。事後処理があるから、二人とも送り届けたら一旦戻って来いよ」
そうしてライナスの鶴の一声で、ラスフィアたちはレイドとロイの二人に家まで送ってもらうことになったのだ。
困ったのは、道中まったく会話が弾まなかったことだ。
(よくよく考えてみれば……弾むわけもないのよね。レイドさんは親しくもない女性と世間話をする性格じゃないし、クローディオさんはクロエと話したいかもだけど、私とレイドさんがいる状態じゃ……)
そうこう考えている内に、あっという間にラスフィアとクロエの住むアパルトマンに着いてしまった。
「あ……ええと。ここまで、ありがとうございました」
ラスフィアの言葉に重ねて、クロエが礼を言った。二人の謝礼を受けたレイドとロイからの返事は、それぞれ短いものだった。
(レイドさんはわかるけけど……。クローディオさん、それだけ?)
レイドとロイの視線を背中に感じながら、ラスフィアはクロエとともに二階にある自室へと向かう。途中、何度目かになるかわからない礼と謝罪の言葉を、ラスフィアはクロエに伝えた。
「クロエ。今日は本当にありがとう、そしてごめんね」
クロエは一見おどおどして見えるため、つい気弱だと感じてしまう。
確かにそういった一面はあるのだろうが、本当のクロエはとても芯が強い子なのだと、今日のことではっきりとわかった。
いくら草食動物とはいえ亜人を相手に、ラスフィアを護るため、自らが盾になろうとしてくれたのだ。ただ気の弱いだけの人間が、そんなことをできるわけがない。
ラスフィアからの感謝の言葉に、クロエはいつも通りの柔らかな笑みを浮かべた。
「ラスのせいじゃない。二人とも無事で良かった」
クロエがラスフィアの手を取り、握りしめた。その想いに答えるように、ラスフィアもクロエの手を握り返す。
二人で手を繋いだままそれぞれの部屋の扉の前に到着し、そこでもう一度下を覗いた。驚いたことに、レイドとロイはいまだ二人揃って立っていた。
どうやら、ラスフィアとクロエがそれぞれ部屋の扉を閉めるまで、見ているつもりらしい。
(仕事熱心……)
ロイは単にクロエのことが心配なのかも知れないが、レイドも意外と仕事に対しては手を抜かないのだなと感心した。
(ま、そもそも優秀だっていう設定だしね)
下にいる二人に小さく手を振ってから、ラスフィアはクロエと二人、顔を見合わせた。
そして、また明日と言いながら、それぞれの部屋の扉を開いた。
☩☩☩
部屋に戻ったラスフィアは、ベッドに腰を降ろし、深く息を吐きだした。
今日はとにかく疲れてしまった。
身体よりも心が疲弊している。
(ヤバい奴だったわ……あいつ)
あの焦点の合っていない、黒い船を横たえた黄色い瞳は、今思い出しても寒気がする。しばらくは夢に出てきそうだ。
(でも、私よりクロエの方が、痛い想いをしちゃったわ……)
巻き込まれただけのクロエが、犯人から危害を加えられてしまった。それなのに、クロエは自分のことよりも、ラスフィアのことを心配してくれたのだ。
(良い子だわ……本当に。控えめだけれど、芯が強くて、優しくて……)
ラスフィアは、ロイの隣を歩くクロエの横顔を思い出した。
クロエは隣を歩く気配に、怯えていたわけではない。けれどどこか困ったような、悲しそうな、そんな表情をしていた。
(あの様子じゃ、クロエとクローディオさんも、まだ恋人じゃないってこと……?)
ラスフィアが前世で読んでいたあの小説は、亜人と人間との恋をテーマとしたものだった。
その小説は人間のヒロインであるリアーナと、亜人であるヒロインの相手、レイドの恋を中心としていた。だが、それ以外のカップルも小説の中には出てきていたのだ。
ラスフィアとしては、やはり主役カップルであるリアーナとレイドのことは覚えていた。そして、レイドの恋敵であるライナスのことも。だが、正直他のカップルのことなど記憶から抜け落ちていた。
そもそもいくら気に入っていたとはいえ、あの小説だって、前世で読んできた沢山の小説の中の一作に過ぎないのだ。その内容のすべてを覚えているなど、無理がある。
(でもまあ……。詳細は確かに覚えてないけど……、大まかな流れなら覚えているわ)
段々と思い出して来た記憶によれば、ロイとクロエのカップルには何か問題があったはずだ。
(ロイとクロエのカップルは、確かレイドとリアーナと対を成すカップルとして描かれていたのよね?)
対というか、反面教師というか。
(そうだ……。ロイとクロエのカップルは、結局番という本能だけで相手を選ぶと上手くいかないっていう、見本のような存在だったんだ)
狼の亜人であるロイと、人間のクロエ。
二人は種を越えた番同士だったけれど、人間であるクロエには番という感覚がわからない。
だからロイから強引に迫られ、気の弱いクロエは断りきれなくてロイと恋人同士になってしまう。
けれど一方だけが感じている運命は、次第に二人の関係を壊していくのだ。
(……そして最後には二人は、互いに傷つけあって別れてしまうという内容だった筈)
しかも、クロエを失ったロイのその後は、とても悲惨な末路だった気がした。
(なんだっけ……。ええと、確か警察隊を辞めちゃって……その後なんか、自棄になって暴力事件を起こしちゃったって、書かれていたような……)
思い出して、血の気が引いた。
(さすがにそれは……可哀想すぎる……)
現実のロイは、良い人だ。
否。小説の中のロイだって、きっと自分を見失わなければ、現実とそう変わらない人柄だったのだと思う。
けれどロイの隣で、クロエはどこか悲しそうな顔をしていた。
もしやクロエは、ロイからの求愛を嫌がっているのではあるまいか。もう二人の仲は、取り返しのつかないところまで行ってしまっているのではないだろうか。
そう考えたラスフィアは、無意識に唸り声を出していた。
(でも……やっぱり二人はまだ恋人同士じゃないと思うのよね。だって私がクローディオさんのことを話した時、クロエは何も言わなかったわ)
それに、助けられたあの場でクロエはロイのことを、「クローディオ巡査」と呼んでいた。
だがもしかしたらそれは、ラスフィアの手前、そう呼んだに過ぎない可能性もあった。
もしすでに二人が恋人同士だとしても、クロエが本心ではロイとの関係を厭っているとしたら、ラスフィアに二人の関係を知られることを、躊躇った可能性はある。
(でもやっぱり……。実際のクローディオさんて、そんな無理強いするような感じには見えなかったんだけどな……)
人の恋路に口を出すなど、愚かかもしれない。けれどもし、クロエが困っていたら力になりたい。
もし二人の関係が小説の通りに進んだら、ロイだけではない。クロエだって、傷ついてしまうのだから。
これがただのおせっかいだとしても、明日になったら、クロエに話を聞いてみよう。そう、ラスフィアは一人決意を堅くした。




