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運命なんて信じない~小説の世界へ転生したら、ヒロインのお相手(ヒーロー)の番でした~  作者: 星河雷雨
第二章 運命の恋は意外と身近に

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021.運命の恋など信じない/大切な人

 

「お前まさか……いつも番を見張ってんのかよ」


 レイドが食堂の外をうろつくロイを発見したのは、終業間近のことだった。


 科学捜査班に証拠の物件を提出した帰り、たまたま、食堂の前を通ることになったのだ。


 レイドに声をかけられたロイは、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「見張っているんじゃない。見守っているんだ。それに、クロエはもう帰った」


 ということは、ロイは相手も居ないというのに、番の勤める職場を眺めていたということだ。まさか、残り香でも嗅いでいたんじゃないだろうなと、その執着ぶりにレイドは呆れかえった。


 同じ狼の亜人であるライナスもよく過保護だと思うことはあったが、それが番相手ともなれば、ロイのようにストーカーじみた行為になるらしい。


「見守っている、か。物は言いようだよなあ」

「俺にしてみれば、番を放っているあんたの方が信じられないな」


 やはり見る者が見れば、ラスフィアがレイドの番だということはすぐにわかってしまうようだ。ましてやロイは、すでに番を得ている亜人だ。わからない筈がない。


「しかも、相手に告げてすらいないようじゃないか」

「お前のように、嫌がる相手に無理強いする趣味がねーだけだ」


 レイドの言葉に、ロイが躍起になって反論した。


「……嫌がられてはいない!」

「少なくとも、相手にはされてないけどな」

「お前にだってわかるだろ……! たとえ相手にされていなくても……嫌われていても、どうしても諦めることが出来ないんだ!」


 悲痛とさえ取れるような、ロイの心からの言葉。その言葉に、面白くないことにレイドは共感を覚えてしまった。


 つい先日まで、人間の女を追い回すロイのことを情けない奴と思っていたというのに、今ではそのロイの言い分がわかってしまう自分がいる。


 その言葉を否定も肯定もすることが出来ず、レイドはただ舌打ちだけを返した。




 ☩☩☩




 静寂さを装う暗闇の中、しかしレイドが耳を澄ませば、様々な音が聞こえてくる。草を掻き分け、地面を走り抜ける小動物が立てる音。夜道を足早に歩く者の立てる、靴音。木々の梢を、わずかに揺らす風の音。


 遠くの音さえ、集中すればすぐ傍で響いているかのように、レイドの耳には届く。だが隣を歩く男の立てる音は、ごく近くにいながらも最小限だ。


 レイドは、一定の距離を保ちつつ隣を歩くロイに、声をかけた。


「あの犯人、まだ捕まらないのかよ」


 レイドがそう言えば、途端にロイの気配が乱れ、濃い茶色の瞳でレイドを睨んできた。


 食堂の外の廊下で出くわした二人だったが、その後何故か別れることもなく、今は肩を並べて歩いている。


「あんたも、現場に来たならわかるだろうが」


 現場には香水の匂いが充満していた。人間にとっては、それほど強く薫るものではない。けれど人間の何倍、何十倍も嗅覚のするどい亜人にとって、あの香水の匂いは立派な目くらましとなっていた。


 そこに加えて、犯人自身の体臭が、完全に香水の匂いに負けてしまっている。ロイよりもさらに鼻が利くライナスでさえ、犯人の匂いを特定することができなかった。 


 ここまで体臭が弱いとなれば、通常は人間を疑うのだが、それでも捜査班が容疑者から亜人を外すことはなかった。それは、ラスフィアの証言があったからだ。


 サイズの合っていない帽子を被っていたというラスフィアの証言から、もしかしたら犯人は耳か角を隠していたのではないかと判断されたのだ。


 だが、はっきり亜人であるとも言い切れないため、今は被害者の交友関係を中心に調べているところらしい。


「狼のくせに、言い訳すんな。さっさと捕まえろよ、能無しが」

「そっちこそ、いつもライナスさんに尻ぬぐいさせてんだろ? 子猫はひっこんでろ」

「おい、この駄犬……!」


 喧嘩腰ではあったが、実のところレイドはロイに感心していた。


 レイドが睨みを利かせても、ロイからは一欠けらの動揺も窺えない。普通の亜人ならばレイドの怒りの片鱗を見ただけで戦意を失くすというのに、ロイはなかなか胆力があるようだ。


「そういや、あんた……」

「あ?」

「何でここにいるんだよ。帰る方向逆だろ」


 ロイに聞かれたレイドは、固まった。


 ロイの言う通り、レイドの住んでいる寄宿舎は今歩いている大通りとは逆方向だ。一瞬だけ、なぜロイがレイドの住まいを知っているのかと考えたが、どうせライナスから聞いたのだろうとすぐに納得した。


 レイドがここへ来たのは、この先にあるマルグリット商会がラスフィアの働く店だからだ。


 特に用事があるわけではなかったが、何とはなしに足が向いてしまった。終業時間が違うため、会えるはずもないとわかってはいたが、それでもこの店の前を通り遠回りして帰るのが、ここ最近のレイドの日課となっていた。


 レイドが答えないでいると、ロイが合点がいったとでもいうような表情を見せた。


「ああ……。確かあんたの番、この先にある店で働いているんだったな。……ただ、放っといてるわけでもないってことか」


 先程ロイのことをストーカーじみていると思ったが、もしや自分も同類なのではないかと気付き、レイドは愕然とした。


 黙り込んでしまったレイドに、ロイはそれ以上の追及をしてこなかった。大変不本意だったが、二人の間にはどこか通じ合うものができてしまったらしい。


 そのまま、二人して無言でラスフィアの勤めるマルグリット商会の前まで歩き、通り過ぎようとしたその時、突然、ロイがその場から走り出した。


 その必死な様子に、事態を把握しきれていないレイドも、とりあえずはロイの後を追う。


 それからいくらも走らぬうちに、なぜロイがあれほど必死に疾走したのか、レイドはその理由を理解した。声が聞こえたのだ。耳に届いた覚えのある声に、レイドはすぐさま耳に意識を集中する。


 三人の声。

 一人は男。二人は女。


 そのうちの一人は、レイドの知っている人物だった。


 否、知っているどころではない。まだたった二度会っただけにも関わらず、誰よりも気にかかり、誰よりもその身を案ずる相手だ。


 すぐに、視界にもその姿が映し出される。


 ラスフィアのすぐ傍には、小柄な女が地面に倒れている。そして二人の目の前には、一人の男。その男がラスフィアに向かって手を伸ばし――


「……この、変態暴力男!」


 ラスフィアそう叫んだ瞬間、現場に着いたロイが、疾走してきた勢いのまま、男の身体を蹴り飛ばした。そして男のその後を見ることもなく、すぐさま地面に倒れている女を助け起こし、必死に名を呼んでいる。


「クロエ! クロエ……!!」


 その必死の呼びかけは、その女がロイにとって特別な相手であることを物語っていた。


 ロイの番が食堂で働いていることは、ライナスから聞いたため、知っていた。けれど、何度も食堂を利用してはいても、その容姿までは把握していなかった。


「クロエ、大丈夫⁉」


 ラスフィアのその焦ったような声を聞き、レイドはその女がラスフィアにとって大切な人間なのだと理解した。ロイの番も、自分のことよりもラスフィアが無事だったことを喜んでいる。


 ラスフィアとロイの番が友人だという偶然に気を取られていたレイドの耳に、ラスフィアの声が届く。


「待ちなさい……!」


 ラスフィアが鋭い声を投げた先、見れば犯人の男が立ちあがり、逃げ出している。どうやら、ロイが手加減したようだ。


 否、手加減というよりは警察隊として襲われかけているラスフィアを助けはしたが、ロイの意識のほとんどは、地面に倒れ込んでいる己の番に向いていた筈だ。そのため、男の意識を奪うまでには至らなかったのだろう。


 レイドもロイの立場だったならおそらくそうなるので、そのことでロイを必要以上に非難するつもりはない。一撃で意識を奪っておかなかったことは減点だが、番を優先させずにラスフィアを助けたことに関しては、褒めてもいいくらいだ。


 そして実際、ロイはレイドよりも早く異変に気付いている。ロイが気付いたからこそ、ラスフィアを無事助けることが出来たのだ。ライナスが優秀と言うだけのことはある。


 ロイのことを考えながらも、音と気配を消し、レイドは犯人の逃げる先へと回り込んだ。男にとっては、突然目の前にレイドが現れたと感じたことだろう。


 怯え切った男とレイドの視線が合う。男がレイドを認識したその瞬間に、レイドは男の意識を刈り取った。


 完全に男が意識を手放していることを確認していたレイドの耳に、小さな呟きが入り込んできた。


《レイドさん……》


 その思いがけないラスフィアの呼びかけに、レイドは驚き、男から視線を外し、遠くにあるラスフィアの姿を見つめた。


 元よりロイ同様、男と対峙しながらも、レイドの意識はラスフィアにも向けられていた。ロイが近くにいるからさほどの心配はしていなかったが、何かあればすぐに駆け付けられるようにと、常に気を張っていた。


 そんなレイドの最大限にまで引き上げられた聴覚に、囁くようにレイドの名を呼ぶ、ラスフィアの声が届いたのだ。


 一瞬のうちに、レイドの体温が上昇した。ラスフィアがレイドの名を呼んだ。番が、己の名を呼んだのだ。


 けれど、レイドが視線を上げた直後、何故かラスフィアが顔を青褪めさせた。その表情を見た瞬間、理由のわからない焦りと不安が、レイドの胸を支配する。


 地面に倒れたままの男を掴み上げ、レイドはそのままラスフィアへと近づいた。


 何故、そんな顔をするのか、レイドが何かをしてしまったのか。理由を聞きたかったが、不安気にレイドを見つめるラスフィアを前にして、レイドはただ先程聞いた言葉を無かったことにするしか出来なかった。


「……喉、大丈夫か?」


 男に触れられる前に、助けられたことはわかっていた。もしわずかでも危害を加えられていたら、きっとレイドは冷静にこの場に対処することは出来なかっただろう。


「……大丈夫です! クローディオさんに助けて頂いたので!」


 礼を言ったラスフィアからは、先程の不安気な表情が払拭されていた。聞かなかったことにしたのは、どうやら正解だったらしい。そもそもラスフィアは、レイドが何の亜人か知らないのだ。まさかあの距離から声を聞かれているとは、思わないだろう。


「……あの、ファルガスさんもありがとうございました」


 けれど、ふいに己に対し向けられた愛らしい笑顔に見惚れつつも、呼びかけが名ではなく姓に戻ってしまったことに対し、残念だという気持ちも湧いてきてしまう。


 それでも、ラスフィアが無事だったなら、あとは大したことではない。意識をラスフィアへと残したまま、レイドは暴行事件の現行犯を確保した旨を伝えるべく、無線のスイッチを入れた。


*犯人の罪状は、今はまだクロエに危害を加えたことでの暴行罪のみ。そしてこの世界の警察隊は完全な休日でない限り、携帯電話のように無線を常に持ち歩いてます。


*何故ロイは事件が起きていることがわかったのか=ロイはクロエの汗の匂いから、不安や恐怖など、今のクロエの置かれている精神状態を把握して駆けつけたという設定です。

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