013.早まった事件解決
「間違いない。彼女だ」
レイドの言葉を聞いたライナスは「そうか」と小さく覇気のない声で呟き、次いで「まあ、そうだと思っていた」と、真剣な表情でラスフィアとレイドを交互に見つめた。
その間も、レイドはじっとラスフィアを見続けている。いい加減穴が開きそうだ。
「あの……? 私が何か……」
気付かぬうちに、何かしら怪しまれるような行動でも取ってしまったのだろうかと、ラスフィアは己の心臓の鼓動が早まるのを感じた。
ラスフィアは彼らのことを知っている。そしてラスフィアが彼らを知っているということを、もし彼ら自身に気付かれてしまったとしたら――。
初対面であるはずの女性が、なぜ警察隊である彼らのことを知っているのか。何らかの目的のために、警察隊のことを調べ上げている。そんな風に思われたとしても、仕方ない。
けれど、それはラスフィアの勘違いだったらしい。ラスフィアの不安気な様子に気付いたらしいレイドが、ラスフィアに向けて微かな笑みを浮かべたのだ。その笑みには、こちらを安心させようという意図がはっきりと見て取れる。
(疑われて……ない……? というか、また笑ってる……)
疑われてはいないらしいことはわかったが、何だか初めて会ってからこれまで、レイドがやけに優しい気がして、ラスフィアは混乱した。
(レイドって、リアーナ以外にこんな気遣い出来る人だったっけ……?)
安心させようと微笑んでくれたり、怖がらせたことを謝ったり。
しかも、怪我を理由に抱き上げて、警視庁まで運んでもくれた。意識を失っていたならまだしも、ラスフィアはちゃんと起きていたし、何ら自ら歩くと断ったと言うのに。
それをライナスがしたなら、まだ納得出来た。小説の中のライナスは、紳士的なキャラだったからだ。
けれど、それをしたのはレイドだ。リアーナとライナス以外は、どうでもいいと思っているような、レイドが。
(なんか……やっぱりちょっと違う……)
「君、大通りで血を流しただろ? その血は君のもので間違いないだろうって話」
レイドがラスフィアの脚を見つめ、眉を顰めた。
その表情は怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。けれどレイドはすぐに表情を元の笑顔に戻し、顔を上げた。
「しかも君たちは大勢の亜人に囲まれていたようだし、もしかしたら連続誘拐事件に巻き込まれたんじゃないかと思ったんだ」
「なるほど……」
それならば、先ほどの「間違いない」という言葉には納得できる。
(性格の違いについては、まだ謎だけど……)
だがそのことについて納得したのはラスフィアだけだったらしく、ライナスとリアーナは何かおかしなものでも見る目つきで、レイドを見つめている。だが見つめているだけで、二人とも何も言わないのがまたラスフィアの不安を煽った。
(何なのよ……! やっぱり何かを疑われているの⁉ 今ここで問い質さずに、泳がして様子を見るとかないわよね……⁉)
よもやここからの帰り道尾行でもされやしまいかと、ラスフィアは焦ると同時に少しだけ興奮した。前世のラスフィアは、二時間サスペンスが大好きだったのだ。
「……エーレン嬢。今日は疲れただろうから早く休んだ方がいい。そこのトレスタ巡査が御父上の病室に案内しよう」
幾分そっけない言い方だったが、ライナスの声には、労わりと優しさが溢れている。ラスフィアがリアーナに視線を向けると、こちらでも優しい微笑みがラスフィアを待っていた。
「リアーナ・トレスタと申します。お父様の病室にご案内します」
☩☩☩
「あの……」
「はい」
ラスフィアが声を掛けると、リアーナは優しく返事をしてくれた。その短いやりとりだけで、ラスフィアにとっては感無量である。
よもや今回の旅でこのような事態になるなど、まったく思ってもいなかった。
まさか自らが異世界転生のみならず、前世読んでいた小説の中の世界へ転生していたと、知ることになるなどとは。
しかも、その小説の主人公たちに会えたのだ。
会えた理由が誘拐事件の被害者になったからという最悪のものだったが、それでも嬉しいものは嬉しい。病室で寝ているトルロイのことを考えると多少の後ろめたさはあったが、それもこれも無事だったからこその喜びである。
だが今回の救出に関しては疑問点もあるため、ラスフィアはその疑問を解消しようとリアーナに声を掛けたのだ。
「さきほどマクスウェルさんが、こんなに早く解決したとおっしゃっていましたが……」
事件の詳細については関係のない一般人には教えてくれないかもしれないと思っていたが、リアーナは快く教えてくれた。
「ええ。最初の事件から三か月、まったく進展がなかったというのに、いきなりの犯人の確保ですから」
リアーナのその言葉に、ラスフィアは目を丸くした。
(……三か月⁉ 最初の事件から三か月って、えーと? リアーナとレイドはまだ出会って二か月くらいじゃない?)
連続誘拐事件は、確かリアーナが警視庁本部に来る一月前くらいから始まったはずだ。
一体二人がいつ出会ったかを聞いて確かめたかったけれど、それをラスフィアが聞くには不自然過ぎる。ならばと、ラスフィアはダメ元で今回の事件について聞いてみた。
「れ、連続誘拐事件ということですが、私の他にも被害者がいたということですよね?」
この連続誘拐事件では、確か死者も出てしまっていた筈だ。
何人目の被害者かまではさすがに覚えていないが、事件が起きてからまだ三か月だと言うのなら、その被害者も殺されずに済んだのかも知れない。
(それは……本当に、良かったわ……)
小説を読んでいた頃は、出て来る人々も単なる符号に過ぎなかった。
でも今の自分にとって、この世界は現実だ。
現実に誰かが殺されていたかもしれないなんて、考えただけで背筋が凍る。
「はい。これまで四人の被害者が出ていますが、それも犯人が捕まったことで徐々に行方が明らかになっていくと思います。……本当に、犯人が見つかって良かった」
最後の呟きは、きっとリアーナの心からのものだろう。
リアーナは心優しく、正義感に溢れる素敵な女性であり、だから最初はリアーナに反発していたレイドも、次第にほだされていくことになるのだ。
(でも、まだ小説の冒頭から二か月程度しか経っていないのだとしたら……)
やはりリューンの店内でラスフィアが感じた二人の間に漂っていた緊張感は、本物だったということだ。
(でも、別に誘拐事件が解決したからって、二人の仲が進展しないなんてことにはならないわよね?)
連続誘拐事件は、ただの切っ掛け。
二人は運命の相手なのだから、これから共に仕事をしていく中で自然と親しくなっていくはずだ。それはただの誘拐被害者である自分が心配することではない。
ラスフィアはそう判断し、それ以上二人の仲を心配するのはやめることにした。
リアーナにトルロイが寝ているという病室に案内されたラスフィアは、いまだ眠り続けているトルロイの頬に手を当て、呼びかけた。
「お父様……」
もちろんトルロイからの返事はない。いくら無事だったとはいえ、睡眠を取るでもなく懇々と眠り続ける父親の姿は、ラスフィアにそれなりの衝撃をもたらした。自然、目には涙が浮かんでくる。
そんなラスフィアに対し、リアーナからハンカチが差し出された。
「いえ、だ、大丈夫です」
ぱちぱちと瞬きをして浮かんで来た涙を掃おうとするラスフィアに、リアーナが微笑んだ。
「お使いください。支給品ですから、返していただかなくても結構ですよ」
支給品と言われたラスフィアは、なるほどとリアーナの持つハンカチを見つめた。そのハンカチは白く、何の模様も刺繍もない。いかにも実用目的のものだ。
そしてそこまで言われてしまえば無下に断るのも何だか申し訳ないと、ラスフィアはおずおずとリアーナの手からハンカチを受け取り礼を言った。
(……記念に取っておこう)
ただの白い布だが、ラスフィアにとってはレースのハンカチよりも価値がある。
家に帰ったら綺麗に洗ってしまっておこうと密かにラスフィアが決意していると、トルロイのうめき声が聞こえて来た。
「お父様……⁉」
ラスフィアが慌ててトルロイの顔を覗き込むと、丁度トルロイの目が覚めるところだった。しばらく彷徨っていたトルロイの視線がラスフィアで止まると、トルロイの目が僅かに見開かれ、ほっとしたような笑みがこぼれた。
「……良かった、ラスフィア。無事だったんだね」
「ええ、お父様。警察隊の方に助けていただいたの。もう大丈夫よ」
ラスフィアの言葉を聞いたトルロイは、ラスフィアに安堵したような微笑みを返したあと、そのまま再び眠りについた。




