「出会い」のフェリシア視点
「Alexis」という名前には、擁護者(侵害や危害を加えられないように、庇い守る者。また、子供の健康を保護して成長を助ける者)という意味があります。
「Alexis」なので、愛称は「Allie」です。
森の中をウロウロ歩いていると、突然、木の陰から、黒いローブを着た人が現れた。
その人は、顔に凄く怖いおめんを着けてて、わたしに向かって、低い声で話し掛けてくる。
「人間の子よ、ここはお前がいるべきところではない。お前の場所へ帰るが良い」
「……もりのまじょ……」
この人が、魔女。
ママが読んでくれた「森の邪悪な魔女」の絵本から、そのまま出てきたみたい。
魔女は、とっても怖い生き物で、パパとママの言うことをきかない悪い子を殺して、モグモグ食べちゃうんだって。
わたしは、魔女が怖くて怖くて仕方がなかった。
お願い、良い子にするから、殺さないで下さい。
絶対、良い子にするから、許して下さい。
許して下さい、どうかお願いします。
おててを合わせて、何度も何度も心の中でお願いした。
怖いのに、なんでか分かんないけど、魔女から目が離せなかった。
そうしたら、魔女は魔法の杖を手に取って、杖でわたしの後ろを差す。
「あっちへ向かって歩いて行けば、人間の街へ戻れる。もう二度と、ここへ戻って来るな」
それだけ教えてくると、魔女はローブをひるがえして、素早く姿を消した。
あれ? なんで?
魔女は、悪い子を食べるんじゃなかったの?
わたしは、「奇跡の力」が使えない悪い子なのに。
わたしが美味しくなさそうだったから、食べたくなかったのかもしれない。
それとも、いっぱいお願いしたから、許してくれたのかな?
森の魔女にも、捨てられた。
わたしは、魔女の仲間じゃなかった。
ここも、わたしの場所じゃなかった。
これから、どうしたらいいのか、わからない。
とりあえず、魔女に教えてもらった道を、トボトボと歩く。
しばらく歩いて行くと、見慣れた街と街の人々が見えた。
聞き慣れた街の音と、どこかから美味しそうなご飯の匂いがした。
その時、教会にいた偉い大人の人の言葉を思い出した。
『無能力のお前は、人間ではないから、森の魔女の仲間だろう。お前の住む場所は人間のいる所ではない、本来いるべき場所へ帰りなさい』
ダメだ、街には戻れない。
「奇跡の力」を持ってない、わたしは人間じゃない。
魔女の仲間でもなかった。
じゃあ、わたしは何?
『本来居るべき場所』って、どこ?
魔女からも、戻って来るなと言われた。
じゃあ、どこに行けば良いの?
街から離れ、魔女と会ったところからも離れて、ただ歩く。
木も草も、虫さんも鳥さんも、みんな自分の場所があるのに、わたしにはどこにも場所がない。
わたしの場所は、パパとママのおうちじゃなかったの?
三歳のお誕生日まで、パパとママはとっても優しかった。
街のみんなも、優しかった。
でも、わたしが「無能力の子」だと分かると、みんな優しくなくなった。
パパもママも、わたしを優しくなくなって、いじめて捨てた。
みんな「無能力の子」だって、わたしをいじめる。
なんで、わたしだけみんなと違うの?
なんで「奇跡の力」を、持ってなかったの?
ねぇ、誰か教えて。
悲しくて寂しくて、泣きながら歩く。
目が痛い、喉が痛い、頭が痛い、足が痛い。
全てが、ぼやけてゆがんで見える。
空は白、木と草と地面は黒。
いつから、白と黒以外の色がなくなっちゃったのかな。
ずっと、真っ暗なところにいたから、見えなくなっちゃったのかな。
体が重くて、思うように動かない。
喉が痛くて、口が乾いて痛い。
頭がぼーっとする。
水が飲みたい。
水の匂いを嗅いで、匂いをたどって歩く。
早く、水が飲みたい。
足を引きずるように、のろのろ動かす。
ずっと歩いていたら、小さな泉が見えた。
やっと、水を見つけた。
でも、あとちょっとなのに、手が届かない。
気が付くと、うつ伏せで倒れていた。
あれ? いつのまに、ころんだのかな。
もう、うごけない。
あたまがおもくて、ぼんやりする。
ねむい。
あ、おみずだ……おいしい。
でも、たりない。
もっと、おみずちょうだい。
お水が欲しくて、何かにチューチュー吸い付いた。
「お? 分かった分かった、やるから」
女の人の声が聞こえて、誰かが抱っこしてくれた。
あったかくって、気持ち良い。
抱っこなんて、いつ振りかな。
わたしが「無能力の子」だって、分かってから?
あれから、誰もおててを繋いでくれなかった。
抱っこもしてくれなかった。
抱っこ、嬉しい。
抱っこって、こんなに気持ち良かったんだ。
こんなに優しくしてもらえるのは、いつ振りかな。
とっても嬉しい。
お願い、離さないで、ずっと抱っこしてて。
優しい人の胸に、ぎゅっとしがみつく。
そしたら、美味しいお水をまた少しずつ飲ませてくれる。
何度も何度も、いっぱいお水をくれる。
本当に優しい人。
こんなに優しくしてくれる、この人は誰?
目を開けたら、いなくなったりしない?
恐る恐る、目を開けてみた。
目の前にいたのは、知らないお姉さんだった。
でもなんだか、優しそうな人。
ううん、わたしみたいのを抱っこして、美味しいお水をくれた、とっても優しい人。
「無能力の子」に、優しくしてくれる人なんて知らない。
もしかして、お姉さんは、わたしが「無能力の子」だって、知らないのかな。
わたしが「無能力の子」だって知ったら、このお姉さんもきっとわたしを嫌いになる。
イヤだ、嫌いにならないで。
ずっと、抱っこしてて、離さないで。
絶対に「無能力の子」だってことは、隠さなくちゃ。
お姉さんは大きな手で、頭をよしよしと撫でてくれた。
撫でられるのも、久し振りで気持ち良い。
もっと撫でて欲しくて、手に頭をすり寄せた。
お姉さんはくすくすと笑って、撫で続けてくれた。
やっぱり、とっても良い人。
お姉さんは、優しい声で聞いてくる。
「お前、なして(どうして)、こんなとこにいるのよ? お父さんとお母さんは?」
「パパとママ、おうち」
「そっか、おうちなの。おうちは、どこ? 送ってってあげる」
「捨てられちゃったから、おうち帰れないの」
首を横に振ると、お姉さんは悲しそうな顔になった。
「そっか、捨て子か。お前、名前は?」
ぎゅっと口を閉じて、もう一度首を横に振る。
名前を言ったら「無能力の子」だと、分かるかもしれない。
優しいお姉さんに、嫌われたくない。
どうしても、名前を言えなかった。
お姉さんは、少し怒ったように顔をしかめる。
「何? お前、名前もないの? 捨てるわ、名前も付けねぇわ、ろくでもねぇ親だべな」
お姉さんは、大きくため息を吐くと、力なく笑った。
「したっけ(じゃあ)、私が拾うわ」
「え?」
信じられずに聞き返すと、お姉さんはにっこりと笑ってくれた。
「捨てられたんなら、拾った私のもんだべや。お前は、私に拾われるのは嫌? 嫌なら、拾わないけど」
「嫌じゃない! 拾ってくだしゃいっ!」
「よし。したっけ、今からお前は私のもんだ」
「はいっ!」
お姉さんは、わたしを抱っこしたまま立ち上がった。
どこかへ向かって歩きながら、お姉さんは自分の名前を教えてくれた。
「私の名前は、Alexisっていうの。よろしくね」
「あぇくしゅしゅしゃん」
上手く言えなくて、めちゃくちゃになっちゃったら、お姉さんがプッと吹き出して、楽しそうに笑い出す。
「ふふっ、そうよね。ちょっと、言いにくいわよね。したっけ、お前の呼びたいように呼んだらいいべさ」
「じゃあ、おねーしゃんで良い?」
「良いよ。お前の名前は……またあとで考えればいいか」
お姉さんは優しく笑って、頭を撫でてくれた。
わたしは魔女の仲間じゃなかったけど、優しいお姉さんが拾ってくれて良かった。
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
不快なお気持ちになられましたら、申し訳ございません。