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ダブル  作者: 雷然
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6話『祈り』

 切っ掛けは、たわいのないことだ。おませで可愛いレイに嫉妬したのか、クラスの女子がレイに文句を言ったらしい、バカとかブスとかしょうもないことだ。それで喧嘩になりはしたが所詮、ガキの喧嘩だ。どっちも大泣きして、先生が仲裁して仲直りさせてはいお終い。

 ――とはならなかった。


 レイと喧嘩した女の子には兄がいた。三年生と四年生だ。

 兄二人に女の子は、あることないこと言ったのだろう、レイとスグルが仲良く手を繋いで帰ろうとしたところを襲われた。

 “不幸”だったのは相手が二人とはいえ、スグルより小さい下級生だったこと、下校中で多くの人の目撃情報があったこと、そもそも兄貴二人が案外勇気があったこと。学校というシステムが事件が起きた場合に解決させる能力が低いこと。まー挙げればまだあるだろうが、だいたいこんなところだろう。

 ともかくスグルは上級生相手でも一切怯まない二人に手加減が出来なかった。大事な妹が狙われていることも言動で解った。解ってしまった。怒りと防衛本能に火がつき、なれない暴力に身を委ねた。


 兄弟二人だし、妹の天敵だけ懲らしめればいいだけ、そう考えていた二人にしてみたら、ひょろっとした六年生の兄。

 怖くないはずがない、それでも妹の雪辱を晴らすため、果敢に挑んだのだろう。二人なら勝てるという計算もあったのだろう。

 でも本気度合いが違った。

 スグルの長い手足は正確に相手の顔をとらえ、相手の顔に大きなアザを作ることになった。裸拳で人を殴ったのだ。スグルの手だって無事じゃない。でもそれ以上に相手の顔が酷かった。

 背の低い三年生、彼の顔に蹴りが決まった。四年生のほうは繰り返しになるが、拳だ。外側から大きくスイングされた拳は相手の手が届くより先に左頬を打ち抜いた。生え変わりだったのかもしれない。白い歯が落ちるのをオレは見ていた。

 スグルはレイの手を握り締めて逃げるように帰った。レイは泣いていた。スグルも泣いていた。

 オレに言わせればこれだってガキの喧嘩だ。多少傷跡が残るかもしれないが大した問題じゃない。でもここは平和だった。あまりにも平和すぎたから、大問題になった。


 当日の夜。相手の母親が家に訪ねてきた。

 相手方の親はカンカンだった。我が子が暴力を一方的に振るわれたと思ったのだろう、スグルは右手に包帯を巻いていたが、頭部にこれでもかと言うほどぐるぐるに包帯を巻かれた三年生、四年生の前では説得力がなかった。

 当然スグルの両親だって釈明をした。謝罪もおこなったが、息子の誇りを守るために、相手から襲われたことを話した。スグルから聞いた話を信じた。

 後日。三年生、四年生の担任だという先生二人にも呼び出された。スグルも一緒だ。父親が仕事を休んで学校に行った。父親はレイから聞いた話も統合して、およそ事実を正確に掴んでいた。きっかけは向こう側にある、確かに暴力を振るったスグル、ひいては保護者である私にも落ち度があるが、スグルはただ妹を守ろうとしただけだと。そう話をした。

 レイと喧嘩した妹の担任。相手の保護者と三人で話したこともある。

 疲れた夫婦の会話を、スグルの耳が聞いていた。相手の妹は否定しているそうだ。雰囲気としては親の剣幕に押されて本当のことが言えないのではないか、そんなことを言っていた。あの親だ。確かにそうなのだろう。あと一年の担任は向こうの肩を持ち、暴力はいけないことです。と繰り返すだけらしい。

 スグルがどの程度現状を正確に理解しているかわからないが、これは簡単には終わらないことをオレは悟った。

 

 クラスでのスグルの扱いも変わっていた。下級生を一方的に虐めた犯罪者。人権はなかった。六年生ともなれば多少の知恵は回る。人目のあるところでは直接的に手を出してはこない。かわりにありとあらゆることをされた。不名誉なあだ名、窃盗、つばをかけられ、裁判だといって(はりつけ)にされた。

 もう少し正確に説明しよう、オレまでクソガキ共のレベルに合わせる必要はない。ガキ共が口で言うのは裁判だが、やってるのはだだの私刑だ。

 磔のつもりでやってるのは複数でやる羽交い絞めだし、有罪! とケラケラはしゃぎながら繰り出しているのはパンチやキックだ。

 スグルは殴られた。

 されるがままだ。

 暴力はダメだ。という父の言葉と悲しむ母の姿。そしてこれはオレの想像だが、もし矛先がレイへと向かったらという想いがスグルの手足を縛った。断じて貴様らの手がスグルを封じているのではない。

 スグルが手はおろか、悲鳴ひとつ出さないのもスグルの気高い心がそうさせるのだ。断じて貴様らに恐怖した訳ではない。スグルは泣いていない。目を潤ませながらも落涙は堪えている。


 父親がどうしても仕事で動けない日、PTAとかいう保護者の集まりに一人でいく母の背中を見て、スグルは久しぶりに泣いた。その様子を見て母は、スグルが幼い頃同様に、あるいはそれ以上に優しく抱きしめてくれた。そしてドアを、ゆっくりと閉めた。

 時間が遅いからレイはもう寝ていた。

 スグルはレイの部屋をそっと開ける。寝顔を見て、いくらか心の平穏を取り戻し、握り拳をつくった。

『誰か、なんとかしてくれ』


『オレがいるぞ』

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