生首オルゴール
「私は、あんたに愛されてなんかいないっていう証明が欲しかったのさ」
この国の王の首に後一歩で届かなかった少女はそう言って綺麗に笑った。
国王暗殺の大罪を犯した少女は、もう直ぐその首を刎ねられる。
少女の首を刎ねるのはこの国一の処刑人、前王の次男にして現王の甥でもある少年処刑人だ。
かつて自身が拾い手元に置き続けた少女の裏切りに、処刑人はなんの表情も浮かべなかった。
少なくとも少女は彼の表情が動いたことを認知していなかった。
だから、ああやっぱり、と少女は小さく安堵する。
処刑人は少女のことをまあまあ大切にしていた、仕事の合間にあちこちに連れまわし、少女が笑えば笑みを浮かべる程度に大事にはしていたのだろう。
だけどそれもただのまやかしだった、少女が罪を犯せば、彼はこうして自分を躊躇いなく殺せるのだから、と。
愛されているだなんて思い込みもいいところだった、そのどうしようもない勘違いを正すためだけに、少女は彼に殺されることを選んだのだ。
「言い残すことはそれだけですか?」
無慈悲な問いかけに、少女は最後に呪いの言葉をかけて人としての生涯を終えることにした。
「預言しよう。あんたは一生人を殺し続ける装置のまま生きて死ぬんだ。誰も愛せず、誰に愛されてもその感情を返すことなく生きて、死ね」
彼が愛を返すような存在が現れたら化けてそいつを殺してやる、という言葉は飲み込んで、少女は今までで一番綺麗な笑顔を浮かべた。
直後、少女の首は処刑人の手によって刎ね飛ばされた。
「全く、とんでもないことをしてくれたな」
その声によって少女の意識が浮上した時、すでに空は明るくなっていた。
まだ朝じゃないか起こすなよ、と思ったところで少女は違和感を持つ。
ここはどこだ?
自分は確か処刑人であるあの少年によって首を切り落とされ、晒し首にされたはずだ。
ずっと身動きを取らず笑顔のままでいるのに疲れて、人がいなくなった頃にやっと眠りについたのが確か夜遅くのことだった筈だ。
胴体がどうなったのかは知らないが、首さえ無事ならわりとなんとかなると同族から聞いたことがあるからひとまず諦めていた。
その時少女の首がポーンと上空に向かって投げ上げられる。
「ぎゃっ!!?」
思わず悲鳴を上げる、地に叩きつけられる衝撃に耐えるために目を硬く閉じた少女の首は、何かに柔らかく受け止められる。
「…………?」
恐る恐る目を開いた少女の目の前に、見知らぬ女の顔があった。
真っ赤な唇の白い顔の女だった。
美しいがその白い肌は人形か死人のそれのように生気が全く感じられない。
女の黒い瞳が、首だけの少女の顔をじいっと見つめている。
「…………」
少女はひとまず死んだふりを決め込むことにした、先程思わず悲鳴を上げてしまったが、ここは一つ気のせいだったということで。
と、少女は誤魔化そうとしたのだが赤い唇の女にその誤魔化しは効かなかった。
「今更死んだふりをしても無駄だぞ」
「……ですよねー」
そう言って少女は小さく「あはは」と笑いながら周囲を見渡す。
どうやら少女の首が晒されていた処刑場ではなく、その近くにある大通りのようだ。
女は大胆なことに王を暗殺しようとした大罪人である少女の首を抱えて、大通りのど真ん中を堂々と歩いているらしかった。
周囲には人の気配はなかったが、それでも普通人の首をこんなふうに堂々と持ち歩ったりしないよな、と少女は思った。
「さて、重ねて言うが大変なことをしてくれたな」
「はあ? ……なんで私が生きているとかそういう疑問は一切ない感じで?」
確かに少女は死んでいないが、なんだってこの赤い唇の女は当然のように少女を死んでいない生物として扱うのだろうかと少女は逆に疑問に思ったのである。
「ない。貴様、デュラハンだろう? 頭さえ無事なら胴体がどうなろうと死なない生物の生首相手になんの疑問があるとでも?」
「ご、ご存知で……この国でデュラハンのことを知ってる奴に会ったのは初めてだよ」
「確かにデュラハンは西の遠い国にしかいないと言われているが……職業柄、そういった生物がいることくらいは知っている」
「ふーん」
生物学者かハンターなのだろうかと思いつつ、少女は女にこう問いかける。
「それで、お姉さんは私を盗んでどうするつもり? デュラハンの存在が知られていないこの国じゃ生きた生首なんて珍しくて価値があるかもしれないけれど……私これでも王を暗殺しようとした大罪人の生首だよ? 売ろうとしたとしてもすぐに私の正体が知られて私もろともお姉さんも終わりだと思うのだけど」
少女がそういった瞬間、女は「たわけ」と言いながら少女の首を再び真上に放り投げた。
「ぎゃあ!!?」
悲鳴を上げる少女の首を女は危なげもなく受け止める。
「さっきから何……っていうかそれやめて……頭がぐるぐるする……」
少女が小声で抗議するが女は聞く耳を持たず少女の首を再び空に向かって投げる。
それを繰り返すこと五回、少女が悲鳴すら上げなくなるまで続いた。
「おっと、今から説教をするというのに気を飛ばされては困るのだった。おい、起きろ」
赤い唇の女はそう言いながら少女の頬を軽く叩く。
「い、いたい……ぅ、きもちわる…………はきそう……」
「胃もないのに吐けるのか?」
「吐けないよ。ついでに食べられもしない……らしい」
らしいと言ったのは、少女自身もよく分かっていなかったからだ。
デュラハンは確かに首だけでも生きることができる生物であるが、実は初めから首と胴体が離れているわけではない。
というか首と胴体が離れないまま一生を終える個体の方が多いくらいだった。
何せ首と胴体が離れたところでメリットなどほとんどないのである。
何らかの事故、もしくはなんらかの事情によって首と胴体が離れたとしても普通は縫い繋げて元の状態に戻すことの方が多い。
首を外したまま生きる酔狂が全くいないというわけではないが、だいたいが胴体が完全に消失してしまいどうしようもない状態であるとか、そうでなければ芸の道を選んだものか、怪物として人々を脅して生きることを選んだ小悪党がほとんどだ。
少女の故郷には少女の親族を含めた数名のデュラハンがいたが、首が胴から離れたことがあるという知人は片手で数えられる程度しかいなかった。
「食べられもしないのに生きていけるのか?」
「確か空気中の魔力だけで生きていける……らしい。とはいえ長生きはできないらしいし、できたところでほぼ寝たきりになる、って聞いたことがある」
「ほう……なるほど……頭部だけだからその程度の補給でも生きられる訳か…………と、そんなことはどうでもいい、まずは説教だ」
「さっきから説教説教って言ってるけど、私、お姉さんに何かした覚えはないよ。確かに王を暗殺しようとした大悪党ではあるのだけど……」
「たわけ、そんなことはどうでもいい。それはただの手段で、過程なのだろう? 貴様、自身がデュラハンで死なぬからとわざわざあの童に自らを処刑させたな?」
「わらし? ……えっと誰のことを言っているのかはわからないけど……私の首を切った奴のことを言っているのであれば……まあそうだけど」
少女は自分が死なないのを分かった上であえてあの少年に自分の首を刈り取らせた。
あの少年が自分を殺せるかどうか、あの少年が自分を愛してなどいないのだという当たり前の事実を確認するためだけに。
その結果がこれだった、少女の首は見事胴体から完全に切り離された。
「やはり、な。……目的は?」
「……言って何になる?」
赤い唇の女が再び少女を空中に投げようとしたので証拠は慌てて叫んだ。
「あいつが私を殺せるのか知りたかっただけ! どうせあっさり殺せるんだろうけど、ひょっとしたらと思ったら色々と踏ん切りがつかなかったんだ!」
「…………ほう」
少女を投げ飛ばす寸前で赤い唇の女はピタリと止まった。
「……元々、遠からずこんな国は出て行くつもりだったんだ……けどあいつが……でもどうせあいつは私なんかあっさり殺せるんだ……そんな奴のところにいたってどうしようもない……でも何かがどうなるかもと思いそうになって離れがたくて……ええと、ちょっと待て、話をまとめるからしばらく待って投げないで」
少女はしばらくあーだのうーだの唸り続けた。
必死に言葉を組み立てている様子の少女の生首を赤い唇の女は黙って見ていた。
「……要するに、要するにだな……私は命の恩人でもあるあいつのことが好きだったわけだ。こっぱずかしいが恋とか愛とかそういう類の感情を抱いていた。……さっさと自分ちがある国に帰らなきゃと思いつつも、思いっきり後ろ髪を引っ張られる程度のものだったし、多分あいつも私のことは嫌ってはいなかった……このまま実家のことなんて忘れて一緒になれるのだったそうなりたいと思える程度には……けど、あいつにとって一番大事なのはこの国の王様だ、あの気まぐれな色狂いのな。そこである日私はこう思ったわけだ、『こいつはあの王が命じれば、きっと私が目の前で凌辱されようと笑って受け入れる』ってな。ならやっぱり家に帰ろうと思ったけどそうならない可能性をどうしても捨てきれなくて……罪人になって首を切らせてみることにしたんだ。……一応、王様を殺そうとする動機もあったしな」
自分によくしてくれた、使用人の彼女は新婚であるにも関わらず王の命令でその身を捧げさせられた。
その結果、彼女は死んだ。
自殺だった。
「……そんなくだらないことで」
「そうだよ。自分でもどうかと思った。けど愛する男が涙すら流さず無慈悲に自分の首をはねたら千年の恋も醒めるだろう? たったそれだけのために私は首を切らせたんだ。……それなら死なないし……斬首された後、しばらく晒し首にされるけどそれさえ乗り切ればその後は身体とまとめて国の外の森に捨てられるだけだから……」
「綺麗に失恋しつつあっさり国外逃亡できるというわけか」
「その通り……だったんだけど。お姉さんに生きてる事がばれちゃったからどうしようかなと……見逃してくれないだろうか?」
「見逃すとでも?」
「だよねえ……それで? お姉さんの目的は? 生きた生首である私を売るつもりじゃないなら研究したいとか? ……って思ったけどさっきから説教説教言ってるし、何がしたいんだかって感じなんだけど」
少女がそう問いかけると、赤い唇の女は「ふむ」と少女の生首と真正面から向き合った。
「あの童は我の可愛い弟子でな」
「はあ」
「あれば子供の頃からどこかずれていてな……人間として、何かがおかしいというか……自分自身の喜びや悲しみがないというか……とにかく人としてはチグハグな子供だったのだ。その上であの童は自身の伯父であるあの愚王に忠誠を誓いやがった、それで愚王に言われるまま人を殺すだけの絡繰のような存在に成り下がったというわけだ」
「……ええ」
「なんとかしてやりたかったんだが我にはどうにもできなくてな……私ではあの童を人間にはできなかったというわけだ」
「うん」
「しかし、しかし、だ。最近になってようやくあれば人間になれそうだったのだ……自分自身の感情を、大事にできる何かを、人としての幸福をようやく手に入れられそうだったのだ」
最終的に主人公は赤い唇の女が生首で作ったオルゴールとして処刑人と再会するみたいなプロットが残っていた。




