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始終無シ  作者: 朝霧


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ヒナギク

 依頼人の娘であるオカザキユーコの手掛かりを探すべくそっち系の情報を探していた私は、その少女の写真を見てたっぷり一分間固まってしまった。

 その少女は、私があまり顔を合わせたくない人によく似ていた。

 顔立ちがとてもよく似ている、身体つきはほっそりとしているけどそれでも柔らかそうな『少女』のものだった。

 ごくり、と喉がなる、こちらを睨みつけるような鋭い目付きにお腹の下の方を鷲掴みにされたような痛みを感じた。

 その少女はオカザキユーコと同じ人間の管理下にある、所謂娼婦だ。

 プロフィール欄を見てみると、名前は『ヒナゲシ』で年齢は19歳、好きなものはなますで、お相手できるのは……老若男女OK?

「つ、つまり……女でも、OKということ……」

 そんなものなのかと他の娼婦や男娼のプロフィールも慌てて見返してみるけど、男女両方OKとなっているのが時々いた。

 こういう業界にはとても疎いのだけど、そういうものなのだろうか?

 ……しかし、これはチャンスなのでは?

 いなくなったオカザキユーコ……源氏名『シャクナゲ』の手掛かりを彼女と同じ娼婦もしくは男娼から引き出す。

 私達兄妹に残されたオカザキユーコの手掛かりを得られる最後の方法がそれだった。

 娼婦を相手にするのであれば兄(純真ヤンデレの彼女持ち)が行くしかないのでは、と二人で頭を悩ませていたが、この『ヒナギク』であれば私でも何の問題もないのだ。

 ちなみに私が男娼を利用するという手もあるにはあったけど、兄が烈火のごとく却下したのでその手段は取れないしとりたくない。

 しかし、相手は『娼婦』、女の人。

 ならば大事に至ることもなかろう、と客観視する。

 よし、と立ち上がって今回の作戦を兄に伝えるべく部屋を出た。


 兄はだいぶごちゃごちゃと言っていたけど、これしか方法らしき方法を思いつかなかったので、結局私が『ヒナギク』を指名して彼女に会うことになった。

 少しだけ着飾って、ついでに目深に帽子も被って指定されたホテルに向かう。

 ホテルに向かう途中で、今から会う女性によく似た少年のことがどうしても脳裏をよぎった。

 私が中学生の頃に関わったとある事件の重要参考人であると同時に、現在の私の同級生でもあるあの人のことが。

 私は多分、あの人に惚れている。

 多分一目惚れに近かった。

 あの鋭い目付きで見られると、眼球が押しつぶされたように痛い。

 あの声で名前を呼ばれると、赤くなるまで熱した鉄の棒で耳の穴から脳を引っ掻き回されるように痛い。

 あの白い指先で肌を撫でられると、触れられた皮膚が火に炙られたように痛い。

 一度だけ貪るように抱きしめられたその日には、全身大火傷でも負ったような鮮明な痛みと感じると同時に意識を失った。

 ただ五感に触れるだけで痛みを感じるほど私はあの人のことが多分大好きなのだ。

 あの人の顔が、目が、声が、指先が、全部好きだった。

 だけど、あの人は男だ。

 男は怖い、兄以外の男は怖い。

 小学三年生のあの日の記憶を、あの悍ましい1日の記憶を、まだ私は引きずっている。

 だから、怖かった。

 怖いものを痛いくらいに好きになってしまった自分が怖かった。

 大好きなのにどうしても怖いと思ってしまう自分が嫌だった。

 大好きなのにいつかどうしようもないくらいあの人を拒絶してしまいそうな自分が、心の底から憎かった。

 今なら、まだ間に合う。

 あの人のことを好きでなくなったとしても、まだ間に合う。

 抱きしめられただけだった、愛しているとも好きだとも言われていない、言ってもいない。

 なら、まだ誤魔化すように離れることはできる、手遅れになる前に逃げてしまうことができる。

 そうは思っても駄目だった、どうしても目で追ってしまう、こんなに痛いのにあの声を聞きたいと願ってしまう。

 そんな風にどうしようもない時に、あの人とほぼ同じ姿の女の人と会う機会がやってきた。

 私はあの人の全てが好きだった、だけど男の人だから怖かった。

 なら、あの人とよく似た女の人がいるのであれば、私はその人のことの方が好きになるのではないだろうか?

 一切の恐怖心もなく、その人のことが好きになれるのではないだろうか?

 そうすれば、私はあの人の元から離れられるのではないだろうか。

 最低限の傷は残すことにはなってしまうのだろうけど、致命傷も重傷も追わせずに、最低限の痛みだけで。

 自分勝手ではあるのだろうけど、そうなればいいのではないかとも思う。


 ごちゃごちゃと手前勝手なことを考えているうちに、『ヒナギク』が待つホテルの一室の前に立っていた。

 パチンと両頬を叩く、あの人によく似た女の人のことを好きになることができるのかというのも個人的には問題だけど、今回の本当の目的はオカザキユーコの手掛かりを得ることなのだ。

 例え灰となっていても探し人を見つけ出す、それが私達探偵兄妹の謳い文句。

 必ず手掛かりを引き出さねばならないのだ。

 なので、気合を入れてドアをノック。

 返事がないのでおかしいなと思いつつドアノブをひねってみたら、あっさり開いた。

「し、失礼します……」

 部屋に入って、鍵とかどうすればいいんだろと思いつつ、とりあえず閉めておいた。

 結構良いお部屋であったらしく、結構広い?

 部屋の中に入ると、大きなベッドの上に細い足を投げ出すような形で『ヒナギク』が座っていた。

 身にまとっているのは太ももくらいまでのキャミソール一枚、際どい。

 すらりと伸びた足は白くて綺麗で、心臓に悪い。

 思わず目をそらしかけたけど、その直前に『ヒナギク』は座ったまま口元を『ニタァ』と吊り上げる。

 あの人とほぼ同じ笑い方に、全身に電気が通ったみたいに身動きができなくなる。

「ご指名ありがとうございます。『ヒナギク』です」

 女の人にしては少し低めの良い声でそう言われて、脳髄がドロドロになったかと思った。

 声まであの人のものにそっくりだった、そうなんじゃないかと思っていたけど、血縁だったりするのだろうか?

「は、はじめまして…………」

 それだけなんとか絞り出すように言って、ベッドに一歩踏み出す。

 足元がもつれてすっ転んだ。

「…………いたい」

 床にはいつくばるような姿勢で唸る、小っ恥ずかしいのだけどまだ誤魔化せるだろうか?

 慌てて立ち上がろうとしたら、左腕に衝撃。

「っ!!?」

 ごろりと身体が仰向けになる、何事かと思っているうちに、今度は左肩に衝撃。

「…………え?」

 痛みになんとか目線を向けると、白い生足が私の左肩を踏みつけていた。

 足指の形が羨ましいほどよかった、一瞬見惚れたけど、これは一体どういうこと?

 ひょっとしてそっち系が専門? どうしよう私そっち(M)の気は……結構あるな?

 ………………?

「…………あれ?」

 白い生足を見ているうちに違和感、思ってたよりしっかりしている気が……?

 白い脚をたどって、私を踏みつけにしている『ヒナギク』を見上げる。

 身体つきはほっそりとしている、だけど写真よりも丸みがなくて薄っぺらい。

 顔を見上げると『ヒナギク』は非常に見覚えのあるステキな笑顔でこちらを見下ろしていた。

「で? お前どういうつもりだ?」

 声が先ほどのものよりも低い、聞きたくないのにほぼ毎日聞かされている声とほぼ同じ低さだった。

 あれ?

 あれあれあれあれ???

「………………………………ザキくん?」

 違うと良いなぁと思いつつ、あの人の名前を呼んでみた。

 『ヒナギク』は浮かべていた笑みをより凄絶な恐ろしいものへと変化させた。

 目が潰れるかと思った。

 そして多分、その笑みの意味は否定ではなく肯定だった。

 というかですね、その…………非常に怒っていらっしゃる?

 私は曖昧な笑みを浮かべました、脳味噌が麻薬漬けにされたみたいに上手く物事が考えられなくて、ヘラヘラした声が自然と喉から上がります。

「……ザキくんが『ヒナギク』さんだったんですね。あはは知りませんでしたわたし……そうですもんねザキくん綺麗ですもんね…………えへへあはははは……?」

 誤魔化すように引きつった笑い声を立てると、彼はニコリと天使みたいな笑顔で私の左肩から足を退けてくれました。

 エスケープ!!

 と思った直後に左肩に重い衝撃。

 また左肩を踏まれました、どいひ。

 ぐい、と彼が顔を寄せてきました。

 近い近い近い、やめてやめてやめて吐息がかかる距離はやめてください、こんな空気吸ったら喉が焼け爛れてしまいます。

「『ヒナギク』は俺の姉だよ。お前がよく使う偽名と同じ名前の客に指名されたって、うちのクソ姉がご丁寧に教えてくれてな? 無理言って入れ替わらせてもらったんだ」

「そ、そうですか……似てるなーとは思っていたのですよ……お姉様がいたとはご存じなかったですが」

「言ってなかったからな」

 笑う彼に『実はある人の手掛かりを探しているのです!!』と叫ぼうとした直前で、口の中に人差し指と中指を突っ込まれました。

 え……………………?

 白くて、ほそくて、ながくて、形のいい彼の指が私の口に…………?

 やばい舌と歯が溶けます。

 吐き出そうと顔を背けようとしたのですが、反対側の指先で頰をがっちりホールドされます。

 やめてください、顔が穴だらけになってしまうではありませんか。

「で? どういうつもりだクソ女? そんなに欲求不満だったのか? つーかそっちの気があるとは驚きだぜこんなにめかしこみやがって」

 口の中で指がゆっくりとこちらの舌を撫でるように動きました。

 くちゅって、いまくちゅって、音が……

 というかですね、こんな状態じゃ何も言えないのですが、ですが!!

 視線だけでそう訴えかけようとしたら、目が破裂しそうな色気のある目で睨まれました。

 だけど口元は笑っていました。怖いです。

 思わず目を固く閉じると、かすかな笑い声が。

 口の中から指が引き抜かれました。

 はっとして目をかっぴらいて言い訳の言葉を叫ぼうとしたところで、それが目に飛び込んできました。

 私の唾液でてらりと濡れている彼の人差し指と中指。

 彼は自分の指先を少しの間見つめて、口元をさらに歪ませました。

 そしてその指先を口元に近づけて――舐めました。

「ぁ……や…………な……………ひっ!!?」

 指、私の唾液、濡れて、白くて綺麗で、指、指が、舐め……!!?

 言うべきことがあるのに、何の言葉も出てきませんでした。

「なあ?」

 私の唾液で濡れた自分の指先をねぶった後、彼はいっそ慈悲深くもみえる笑顔でこちらを見下ろしました。

「なにしてほしい?」

 続けて、望むのならたっぷりサービスしてやるよ、と耳元で囁かれました。

 限界でした。

 意識が吹っ飛びました。

 このまま脳味噌がダメになって私なんて死んでしまえばいいのです。


 頰に衝撃、意識が浮上した。

「……!!?」

 何事だ、というか自分は何をやっていたんだっけと思って目を開いて、あの人の呆れ顔が目に飛び込んできました。

「ひっ!!?」

「人の顔見てそういう反応やめろよ。傷付くんだが」

 そんなことを言われても仕方がないのですと思いつつ、状況を確認します。

 私はどうやら柔らかいもの、おそらくベッドの上に仰向けに寝かせられているようです。

 そして、お腹の下の方に重みが。

 状況的に、ちょうどそのあたりで馬乗りにされているようでした。

「おい待て意識飛ばすな、泡を吹くな」

 そんなことを言われても、意識がオヤジギャグの布団のように飛んでいきました。

 

 今度は額に衝撃が、どうもデコピンされたみたいです。

 目をおそるおそる開けると、幸いなことに真っ白い天井が映りました。

「ラチがあかないから、このまま話すぞ」

 右のほうからあの人の声が、どうもベッドの脇に彼がいるようです。

「……はい」

「嘘は吐くなよ? 吐いたらぶち犯す」

「ひっ!!?」

 悲鳴をあげると、冗談だと軽い声で言われました。

 思わず彼の顔を見ると……多分本気でした。

 ……なるべく正直に答えましょう。

「『ヒナギク』を指名したのはお前ら兄妹の仕事の関係か?」

「はい。オカザ……いえ、『シャクナゲ』さんという方を探すように依頼が来たのです。依頼人は彼女の父親、二週間前から連絡が取れなくなったそうです。『シャクナゲ』さんの手掛かりを得るために、彼女と同じ娼婦である『ヒナギク』さんを指名させてもらいました」

 こういうことは本当は話してはいけないのですが、状況が状況なので素直に吐いてしまいました。

「……『ヒナギク』を指定した理由は? というか娼婦に接触しようってんなら、お前の兄がやりゃいい話だろうが」

「『ヒナギク』さんを指定したのは彼女が老若男女OKだったからです。私が来たのは兄さんには恋人がいるからですよ」

 私には恋人がいないのでそういう心配はないのです、と続けようとしたら右手に痛みが。

 右手に思いっきり爪が立てられているようでした。

「……何でわざわざ『ヒナギク』を? やってたら殺すが男娼だって選べたのにな」

「何か間違いがあったらって兄さんが大反対したんですよ。私も男の人が怖いので」

「……そぉかよ」

 しばらく彼は黙り込みました。

 『ヒナギク』が彼のお姉さんであるのなら彼女からオカザキユーコの話を聞けたりしないでしょうかと思っていたら、彼が小さな声でぼそりとこう言いました。

「……俺と同じ顔の娼婦をわざわざ選んだ理由は?」

「…………偶然です。『シャクナゲ』さんについて調べていたら、たまたま『ヒナギク』さんを見つけて、たまたま彼女が老若男女OKだったというだけです。あなたと同じ綺麗な顔だったから目についたっていうのもあるんですけど」

「それだけか?」

「……はい」

「神に誓って、それだけだと断言できるか?」

 ふと顔に影がかかりました。

 やけに真剣な顔で見下ろされます。

 目をそらしました。

 顔を掴まれて、強制的に彼と目線を合わせられました。

「10」

「え? なんです?」

「9、8」

 えっと、これってひょっとしてカウントダウン的な?

「765432」

「早いですストップ!! 吐きます全部吐きます!!」

 ノンブレスで0までカウントされそうになったので、私は慌ててそう叫びました。

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