元奴隷商人と元狂人の再会
俺は生まれた時から前世想起症候群だった。
生まれ変わった後、本来なら魂の奥深くにしまいこまれて表面には出てこないはずの記憶、いわゆる前世の記憶というやつが何らかの要因によって記憶の表層に浮き上がる記憶障害だ。
自分の場合は生まれた時からそうだったからまだましな状態らしい。
だが、ある程度成長した頃にこれを発症すると最悪の場合、現在の自分が食い潰されて消滅してしまうらしい。
そんなことを知人から聞いていた母は自分が前世想起症候群であると知った時にたいそう慄いたらしい。
何でもその知人から聞かされた話が心の底から恐ろしかったらしいのだ。
こういった話をすると大抵じゃあお前の母親はお前を受け入れられなかったのかと聞かれるのだが、実はそんなこともないから自分は幸運なのだろう。
色々悩みはしたらしいが、なんだかんだ言って母は今の自分を受け入れた。
自分が物心ついた頃には良くも悪くも母は自分の母親として自分に接していた。
物心ついて喋れるようになった後は前世の事を時折話したが、ある程度覚悟はしていたらしく特に目立ったリアクションをされたことはない。
ちなみに父は最初からどうでもいいと思っていたらしい。
前世があろが何だろうが君は僕らの大事な息子だからと、はにかまれたことが何故か記憶に深く刻み込まれている。
そんな記憶障害持ちの自分もつい先日晴れて6才になった。
前世を合わせると通算いくつくらいだろうか?
実は前世の事は思い出せはするがそこまではっきり覚えていないのでわからない。
覚えているのは自分が奴隷商人だった事、超可愛くて大好きな嫁がいた事、子供が3人いた事、末っ子が黒の人狼に掻っ攫われた事くらいだ。
非常に残念ながらお嫁さんの顔も名前も子供達の顔も名前もよく覚えていない、なんかモヤがかかったようにうまく思い出せないのだ。
あとなんか末っ子の娘ちゃんが黒の人狼に掻っ攫われた時に黒の人狼のことが心底羨ましくなって、生まれ変わりとかがあるなら次は黒の人狼に生まれ変わりたいなーとか思ってた気がする。
だからだろうか?
今の自分が黒の人狼として生を受けたのは。
黒の人狼は幻獣種だ。
獣人は基本的に魔力を持たないのだが、幻獣種と呼ばれる獣人だけが強力な魔力を持っていて、黒の人狼もその幻獣種の一つというわけだ。
幻獣種はどの種族も子供が生まれにくいので希少な存在だ。
前世でも何度か幻獣種を商品として取り扱ったことがあったけど、結構なお値段で売れたような気がする。
さて、そんな希少な存在である黒の人狼に限らず、人狼と呼ばれる種族は一生にたった1人しか愛する人を見つけることができないという少々特殊な性質を持っている。
持っているのだけど、果たして自分はそんな存在を見つけることができるだろうか?
正直いって前世の嫁以外に誰かを愛せる自信が全くない。
そんな漠然とした不安ににた感情を抱いていた自分に、その転機は訪れた。
その日、俺は両親と共に父と母の共通の知人の家に遊びにきた。
その家には性格が悪そうな赤い髪の男と、ほわほわした感じの紫色の髪の女と、性格は父親似っぽい見た目は母親似の俺よりも少し年上の娘がいた。
あともう1人、俺と同い年の娘がいるらしいけど、性格に難があるらしく部屋に引きこもっているそうだ。
詳しいことはよくわからないけどその親2人は有名人らしい。
まあ、俺の身内って割と有名人多いからふーんって感じだけど。
……それにしてもあの二人のカラーリングなんか引っかかるなあ。
どっちもちょっと珍しい色だし、この国では特殊な意味を持つ色だからかもしれないけど、それだけではないような……?
前世でなんかあったんだろうか?
何だろう、あんまりいい印象ではない気がする、若干の敵対心……っていうよりもこれはどちらかというと……妬み?
感覚的にはそれに近い気がする。
よく分からない。
親達は自分にはよく分からない話題で盛り上がっていた。
子供は子供で遊べということなのだろうけど、先程までいた娘もどこかに行ってしまった。
なのでトイレに行くふりをして部屋を出る、家捜しをするつもりはないけど落ち着ける場所を見つけたい。
自分の両親が昔下宿していたというあの屋敷に比べるとそうでもないけど、両親の知人家もそこそこ広かった。
流石に迷子にはならないと信じたい、と思いながら廊下を歩いていたら、何かの気配を感じた。
懐かしいような気配、それと同時に心がきゅうと締め付けられるような、よく分からない感覚が。
ほとんど無意識に、その気配の元に足を運んでいた。
そうして一つのドアの前にたどり着く。
ドアの前に立っても、ほとんど何の音も聞こえなかった。
だけど、その中に確実にいる。
何が? 自分が欲しいものが。
そのドアをゆっくり開く。
部屋の中は薄暗い。
部屋中をグルリと囲むように本棚がいくつも置かれており、その本棚に収まりきらなかった本や紙の束が床に積まれている。
本棚以外の家具は、小さなベッドと、そこそこ大きい机と、それから回転椅子。
その回転椅子に座ったこの部屋の主は、こちらに気付かず机に噛り付いたままだった。
小さすぎるその背に違和感を持った。
けれど、その背を流れる髪は、その色はいつか見たことのある穢れなき白。
いつかの自分が愛してやまなかった純白。
パチン、と脳内で記憶が弾ける。
――思い出した。
あやふやだった記憶に焦点がピタリとあう、靄がかかっていたそのひとの姿と名前ををはっきりと思い出す。
「ハクビちゃん」
部屋の中に入りながら彼女の名を呼ぶ。
机に齧り付く彼女の姿勢はほとんど変わらなかった。
それでも、かつてと同じように反応だけはしてくれた。
「…………なんだ、お前、か、ノックくらい、しろ。だいたい、お前はいつ、も…………」
いつも通りに答えてくれた彼女の言葉が不自然に止まる。
くるりと回転椅子が回る、その様子に心が踊った。
だって、彼女が自分からこちらを振り返ってくれることなんて滅多になかったのだから。
まず目に入ったのは訝しげに細められた銀色の瞳。
それが自分の姿をとらえて、大きく見開いた。
それを見た自分の耳が無意識に狼のそれに置き換わったことを自覚する。
あと尻尾も勝手にはえていた、それが勢いよくぶんぶんと振られていることも自覚する。
父さんも母さんに一目惚れした時に似たような感じになったらしいから、多分人狼の性なんだろう。
彼女が小さく俺の名前を呼ぶ。
前世のではほとんど呼ばれることがなかった、その名前を。
彼女も覚えているのだ、自分と同じく。
そう気付いた直後、俺は彼女に飛びついて、力一杯抱きしめた。
「父さーん、母さーん」
両親達が談笑している部屋に戻って声をかけると、俺を見た全員がギョッとした。
正確に言うと白目をむいて俺に俵担ぎにされている僕の嫁を見て、だけど。
慌てたように立ち上がった大人達に僕はニッコリと笑みを向けてこういった。
「この子連れて帰るー」
仔猫でも拾ったような軽い口調でそう言ってみた。
「もっ……もといたところに返してきなさい!!」
「……あちゃー」
母さんは目を剥いてそんな風に叫んで、父さんは引きつった半笑いを片手で覆った。
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の奴等の話でした。




