狐狗狸・狐
彼女はどうしようもない見栄張りで、嘘吐きだった。
彼女が嘘を吐かなくなる日はきっと来ないだろう。
だから、俺はこれから一生、彼女を疑い続ける事を止める事はない。
彼女を連れていこうとした妖狐の説得を何とか成功させ、帰路に立つ俺に彼女は唐突にこう言った。
「あーあ……とうとうコックリさんをコンプしちゃったよ……」
「何を言っているんですか、あなたは」
「んー? 知らない? コックリさんって狐、狗、狸って書くんだよ」
「それは知ってますけど」
「夏休みに狸、10月に狗、今回は狐、ほら、全部揃った」
そう言ってブイサインをする彼女、そんなトレーディングカード集め切って満足した子供みたいな顔しないで下さいよ……
「揃ったって、確かにそうですけど……」
「狸の次に狗に襲われた時にはもしかしたら狐の怪異とも遭遇するかもなーと思ってたけど、本当にそうなるとは思わなかった……」
「そんな予感がしてたなら言っておいてくださいよ」
「当たるとは思わなかったんだよ。怪異に一回でも出会うと怪異との遭遇率が上がるらしいって皐月さんが言ってたけど、本当だったよ……次は何だろう?」
彼女はおかしそうに笑った、その笑顔があまりにも自然すぎたので俺は無言で彼女の頬を抓った。
むにーんと彼女の頬が伸びる。
最近になって知ったけど、彼女の頰は思いの外柔らかい。
「いひゃいいひゃい……」
手を離す、彼女の頬が若干赤くなって表情が変わっただけで、他には何も変わりない。
「いきなり何すんのさ!?」
「笑い方があんまり自然すぎて不自然だったんで、まためくらまし使ってるんだと思ったんですよ……特に怪我をしている様子はないですね、安心しました」
「たった今抓られた頬が痛いんだけど?」
頬をさすりながら彼女は俺を睨む。
「痛い思いしたくなかったら最初からめくらましを使わないで下さい、あの時言ったでしょう? 使ってるようだったら容赦なく解除するって」
「だからってこんなに強く抓る事無いじゃん……うう、まだ痛い……君、前世異世界人の超能力者の上に半吸血鬼で力強いんだから、もっともうちょっと手加減してよ……」
「これでも大分手加減してますよ。貴方の集中力切るにはそれが一番効果あるんだから、仕方ないじゃないですか」
彼女は妖異と関わったせいで妙な力を手に入れてしまった。
もっと別の形の能力だったならまだよかったのだが、よりにもよって人を騙す類の能力を手に入れてしまうとは。
彼女らしいと言えばその通りなのだけど。
彼女は自分と自分が身に着けているものの姿を変えることが出来る能力を持っている。
変身能力といっていいかもしれないが変えることが出来るのはあくまで認識だけであるらしい。
メタモルフォーゼでもトランスフォームでも無くただの洗脳であり幻覚である為、変身とは程遠いそうだ。
ただ、見た目を誤魔化す以外にも自分の傷や疲労を感じなくする事も出来る上、一定の距離にいる人間の視覚以外の感覚もある程度変えられるらしいので、本当に厄介な能力だった。
その能力を持っている事が俺に露見するまで、彼女はその能力を日常的にかなり使用していた。
負った傷を見えなくして、疲労も何もかも無かった事にして、顔色を誤魔化した。
見えなくしているだけで傷は消えないし、疲労も無くならない。
ただ本当に誤魔化すだけだから、自分でも無意識のうちにどんどんダメージが溜まっていく。
それで死にかけても彼女は騙し続ける事を止めようとはしなかった。
「それでももうちょっと手加減してもいいじゃん……」
「手加減したらその癖直らないでしょう。てゆーか何であなた妖狐に連れてかれそうになってたんですか?」
と、今更になって本題を口にすると彼女はうーんと悩むようなそぶりをした。
「……あの狐さんがとあるものを欲しがったんだ。でもそれを渡すわけにはいかなかったから、諦めるように説得しようとして、結局騙し合いの戦争になって、それでそのうちあの狐さん、元々欲しがってたものよりも私を気に入っちゃったみたいでね……それでそのまま引きずり込まれそうになっていたところで君が入り込んできた、って感じ」
「とあるものってなんですか」
「内緒」
俺は無言で右手を上げた。
彼女が小さく悲鳴を上げる。
「ひえっ……分かった分かった、言うから! ……人間だよ、生身の人間」
あっさり口を割ったので右手を下した、あからさまにほっとした表情を浮かべた彼女に再び問いかける。
「人間? 誰ですか?」
「そ、何処にでもいる様な普通の人。誰かっていうのは個人情報の保護という事で言えないけど……てか知らないんだけどさー赤の他人だから。偶然狐さんがその人に目を付けてるところを見ちゃって、放って置くのもどうかと思ったから、何とかしようとしたんだ」
「赤の他人相手のよくそこまでやろうと思いましたね……」
「うーん……後半は意地だったけどね、目的を見失いかけてた感じあるし。あの怪異とはちゃんとした戦いをしたような気がするよ。狸の時は皐月さんの独壇場だったし、狗の時は一方的にやられっぱなしだったからね。能力的にはこっちの方が若干劣っていたけど、それでもほとんど互角だった」
「ちゃんと戦ったって……何でうれしそうなんですか」
「んー? 私嬉しそう? そんなつもりはなかったんだけど……まあねえ、今までやられっぱなしのが多かったからさ、少しでも互角に戦えたから、ちょっと気分がいいかな」
ニヤニヤ笑う彼女の頬を抓る必要はなさそうだが、意味は無くとも思い切り抓ってやりたかった。
笑う彼女の頬に伸び掛けた手を引っ込めつつ、俺は本題を切り出した。
「で? 最初に狐に狙われてたのは誰なんですか?」
「だから、それは」
「赤の他人? そんなはずないでしょう、あなたは優しいけど、他人にそこまで肩入れするほどではない、だから知り合いなんでしょう? それと、どうして俺に連絡を入れなかったんですか? 怪異に関わりそうになった時は絶対に連絡いれろって言いましたよね?」
笑顔で迫ると彼女の顔色が悪くなる、あの狗や妖異ほど危険ではなかったにしても、怪異に自分一人で巻き込まれに行った事を許すつもりは全く無かった。
「えっと、それは焦ってたから」
彼女の目線が泳ぐ、始めから分かり切っていたが嘘だ。
「嘘ですね」
「嘘じゃないよ」
性懲りもなく嘘を吐き続ける、この調子じゃ絶対に自分から本当の事は言わなそうなので、もう指摘してしまおうと思った。
「……あの妖狐が最初に狙っていたのは俺でしょう?」
彼女の顔色が変わった、というか凍り付いた。
「……違うよ」
「違わないでしょう」
「だから、違うんだって」
思いっきり目を逸らす彼女に溜息を吐いた。
「すぐにばれる嘘を吐かないで下さい、あなたの嘘、分かりやすいんだから。騙せると思わないで下さい」
能力を使おうが使わないが大体わかる、能力を使っていれば自然すぎて逆に不自然になるし、素の状態だととても分かりやすい。
その事をいつまでたっても彼女は学習しない、というかもう嘘を吐く事が癖になってしまっているのだろう。
俺が常に彼女を疑っているように。
「何で分かったの……」
「よく考え無くても分かる事ですよ、赤の他人であれ知人であれ、誰かしらが怪異に狙われているって言うんだったら、あなた一人で立ち向かうよりも俺を呼んだほうがずっと助けられる確率が上がる、それなのにあなたはあえてそうしなかった、その理由を考えれば答えは簡単ですよ」
俺が狙われていたからこそ気付いたんだろうし、狙われている本人に知らせれば逆に危険にさらすとでも思っていたのだろう。
だから自分一人で何とかしようとした。
あの妖狐のターゲットが俺から自分自身に移ったのも、俺があの場に駆け付けたのも計算外の事だったはずだ。
だから本当なら吐く事のない嘘を吐いた、無計画に吐いた言葉はつぎはぎだらけの杜撰な物だったが、それでもそうせざるを得なかった。
俺の為に自分の身を危険にさらしたという事を俺が知った時に、俺のせいで彼女が危険に身を投げ込んだ事で俺が自分を責めるとでも思ったんだろう。
だから、狙われていたのは赤の他人だと誤魔化した。
「……もう少しまともな嘘を吐けばよかった」
と、暗い顔で俯く彼女の頬を再び抓った。
「だから、嘘を吐くなと何度も言ってるでしょう」
「だって」
「だってじゃないです、それで前死にかけたでしょうがあなた」
「う……そうだけどさ……」
「……あの時、俺が気付かなったらどうするつもりだったんですか?」
「……何とかするつもりだったよ」
「つまり、何も考えていなかった、と」
そう言うと彼女は黙り込んだ。
思わず溜息を吐く、本当にこの人は……




