幸運な堕天使のお話
「召喚に応じ参じました。あなたが私のマスターですね?」
召喚陣の真正面に立っていた幼い少女は自分が呼んだ幻影を呆然と見上げた。
一言で言ってしまえば、それは天使だった。
しかし、6対ある翼は全て闇のように真っ黒だ。
髪の色は白金色、目の色は真紅。
そう、天使は天使でもそれは堕天使だった。
目を見開いた状態で呆然とする少女を見て、堕天使が目を細めた。
「あら? ご不満かしら? 残念ねえ、私みたいな堕天使を呼んでしまうなんて。もしかして、堕ちる前の私を呼ぼうとしたのかしら?」
その言葉に少女はブンブンと首を振った。
「……そ、そうじゃなくて……えっとその……なんであなたが答えてくれたのか……理由が全くわからなくて……だって、触媒はそれだったのに……」
少女が指差した先に配置されていたのは漆黒の羽だった。
「……これが触媒? 随分チンケなもので呼び出されたものねえ……何の羽よ、これ」
堕天使は羽をつまみ上げてそう言った。
「鴉の羽……が見つからなかったから、それっぽい偽物で代用したの……」
「偽物?」
手に持ってみるとそれが確かに作り物である事がわかった。
「……鴉を呼ぼうとしたの……同期すれば目になってくれるし……同化できれば空を飛べるから……」
だから、あなたみたいな強いひとが来るなんて思っていなくて、と少女はたどたどしく言った。
「……なるほど、そういうことね」
堕天使はつまんでいた羽を空中に放って溜息をついた。
この幼い少女が堕天使を呼んでしまったのは偶然だろう。
ただ、用意された触媒は彼女を呼ぶにふさわしいものであった。
何故なら彼女は本来いるはずのない存在だったからだ。
かつて、人間のために戦い、禁を犯した天使がいた。
その天使は禁を犯したことで処刑された。
処刑されてその天使の存在は終わった――はずだった。
その天使が殺された後、世界中で災害が起こった。
世界は大嵐に包まれ、幾千幾万もの雷が地上の者達を焼き殺した。
世界中が厄災に包まれたその時に人間達はこう思った。
――ああ、あの天使が堕天使となり我らに復讐をしているのだ、と。
もちろん世界中で起こった災害はすでに死者である天使にはなんの関係もなかった。
だが、人々が抱いた幻想と恐怖により、清く美しかったはずの天使は堕天使に堕とされた。
こうして人々の幻想によって作り出された幻影が彼女である。
だからこの少女はこの触媒で堕天使を呼ぶ事ができたのだ。
人々の想像によって作り出された堕天使を呼ぶには、人の手によって作られた羽がふさわしいだろう。
「――まあ、いいでしょう。呼び出された者に従うのが我ら幻影に課せられた規則。私は嵐と雷の堕天使。貴方の目となり翼となり手足となりましょう」
堕天使はうっすらと笑みを浮かべながら幼い少女に向かって手を差し出す。
堕天使である彼女の手を少女が掴むわけもないと、半ば嫌がらせも兼ねていた。
――呼ばれてしまったのは不本意ではあるけれど、こうなったらこのおチビさんを利用して今の世界をめちゃくちゃにしてやりましょう。
そんなことを考えながら、堕天使はにたにたと人の悪い笑みを浮かべ続ける。
きっとこの少女は彼女の手をつかむことはしないだろう。
だからそのことをなじってやるのだ、見た目は気弱でいかにも弱そうだから、少し強く言ってやれば彼女のいいなりになるだろう。
「え、あと……よろしくお願いします」
だが、少女はおずおずと、だがしっかりと堕天使の手を取った。
――これは作り物の堕天使のお話。
呪いと怨嗟の塊である幻影が誰かの幸せを願い、そして戦い続けた物語の始まり。




