名前のない帰り道
校舎を出ると、空はもう薄暗くなっていた。
昼間よりも冷えた空気が、ゆっくりと肺に入ってくる。
「さっきのさ」
自転車を押しながら、ヒナタが口を開いた。
「どうだった?」
「どうって?」
ハヤテは前を向いたまま答える。
「楽しかったかどうか、ってこと」
一瞬、沈黙が落ちる。
「まあ、楽しくなかったら、あんなに叩かねえけどな」
その返事に、ヒナタは小さく笑った。
「コウタは?」
「……うん」
少し間を置いてから、コウタは言った。
「思ってたより、ちゃんと音になってた」
それは、コウタなりの最大限の肯定だった。
三人並んで歩く帰り道。
さっきまで音で埋まっていた時間の余韻が、まだ体に残っている。
「なあ」
ヒナタは、靴先で小石を蹴りながら言う。
「俺たちさ」
二人が、何も言わずに続きを待つ。
「このまま、何も決めないままってのも、変じゃない?」
「決めるって?」
「だから、名前とか」
ハヤテが顔だけ振り向く。
「またその話?」
「だってさ、いつまでも『俺たち』じゃ呼びにくいだろ」
「別にいいじゃん、今は」
そう言いながらも、ハヤテは少し考える素振りを見せた。
「名前って、そんな簡単に決めていいもんなのか?」
コウタがぽつりと言う。
「決めたら、戻れなくなる気がする」
その言葉に、ヒナタは足を止めた。
「戻るって、どこに?」
「今みたいな、適当な感じ」
コウタは視線を落としたまま続ける。
「良くも悪くも、まだ何でもない状態」
ハヤテはしばらく黙ってから、肩をすくめた。
「でもさ」
「何かを始めるなら、名前くらいあってもいいんじゃねえの」
会話は途切れ、
足音だけが続く。
夜の空気に、白い息が混じる。
三人は、同じ方向を見上げたまま歩いた。




