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Snow flakes   作者: 山吹 ことり
リトルスノー編

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36/96

夜に残る音

 平日の夜は、想像以上に短かった。


 ヒナタはネクタイを緩め、駅のホームで深く息を吐く。

 昼間は仕事の顔をして、

 今は、ギターを抱える人の顔に戻る途中だった。

 切り替えは早いほうだと思っていたが、体のほうが先に疲れを教えてくる。


「間に合いそう?」


 スマートフォンに届いたメッセージは、ハヤテからだった。


「ぎり」


 それだけ返して、足を速める。

 乗り換えの階段を上がるたびに、

 今日一日の出来事が、少しずつ遠ざかっていく。


 スタジオに着くと、

 すでに二人は来ていた。


「おつかれ」


 ハヤテはスティックを回しながら言う。

 軽い声の奥に、待っていた時間が混じっている。


「今日、遅かったな」


「月末」


 ヒナタは短く答え、ギターケースを開ける。

 それ以上の説明は、いらなかった。


 コウタは、仕事用の鞄を壁に置き、静かにベースを構えた。

 ネクタイはそのままで、指先だけが、いつもの位置を探している。


「じゃあ、やろうか」


 特別な相談はない。

 社会人になってからの練習は、いつもこんな感じだった。

 時間は限られていて、回り道をする余裕もない。


 音が鳴る。


 大学の頃より、

 無駄がない。


 時間が限られている分、

 迷う場所が少ない。

 音は一直線に前へ進み、止まる理由を探さない。


 ハヤテのリズムは、以前よりタイトになっている。

 コウタの音は、言葉を挟まないぶん、低く、深い。

 ヒナタは、声を張らなかった。

 仕事終わりの喉には、これくらいがちょうどいい。


 曲が終わる。


「……悪くない」


 コウタが言う。


「悪くないな」


 ハヤテも頷く。


 それは、

 褒め言葉でも、慰めでもない。

 続けられている、という確認だった。


「なあ」


 ハヤテが言う。


「このままさ」


「インディーズで、ちゃんとやっていけそうじゃね?」


 ヒナタは即答しなかった。


 仕事がある。

 生活がある。

 簡単ではない。


 それでも。


「……やめなかったんだ」


 ヒナタは、ぽつりと言う。


「ここまで」


 コウタが、静かに頷いた。


「それだけで、

 もう十分、選ばれてる」


 その言葉に、ヒナタは少しだけ笑った。


 深夜、スタジオを出る。


 街は静かで、

 学生の頃とは違う匂いがした。

 終電を気にする足音が、一定のリズムで遠ざかっていく。


「次のライブ、決まってるぞ」


 ハヤテが言う。


「週末。小さいけど」


「うん」


 ヒナタは頷く。


 名前を呼ばれる場所。

 知らない客席。

 仕事の翌日。


 それでも、

 音を鳴らす。


 言葉から、少し距離を取ったまま。

 まだ形にならない感覚を、胸の奥に置いたまま。


 まだ歌にならないものを、

 いつか歌うために。

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