幕間|そう見えるだけ
大学最後のライブより、少し前。
ハヤテの知り合いから、人数合わせの話が回ってきた。
「どうしても、三人で来てほしいらしい」
ハヤテは、いつもより少しだけ気まずそうに言った。
「なんで三人」
コウタが聞く。
「バンドやってるって言ったら、そこだけ妙に食いつかれた」
「……面倒だな」
「俺もそう思う」
合コン、というほど浮かれたものではない。
けれど、ただの飲み会と言い切るには、少しだけ面倒な空気があった。
断る理由なら、いくつも思いついた。
行く理由は、ほとんどない。
それでも結局、その夜、三人は駅近くの店に並んで座っていた。
駅近くの、少し照明の暗い居酒屋。
掘りごたつの席。
テーブルの上には、まだ誰のものでもないグラスが並んでいる。
「へえ、この三人で組んでるんだ」
向かいに座った女性が、少し身を乗り出した。
「まあ」
ヒナタが短く答える。
「なんか、雰囲気あるね」
その言葉に、ハヤテがすぐ笑った。
「雰囲気だけならあります」
「やだ、そういう返し慣れてる」
「いやいや、慣れてないって」
「絶対慣れてる」
「なんでだよ」
ハヤテは笑って否定した。
でも、その場では、否定したことにならなかった。
隣で、コウタが水を飲む。
「コウタさんは、なんか一番遊んでそう」
急に名前を呼ばれて、コウタの手が止まった。
「……俺?」
「うん。慣れてそう。女の子に困らなそうっていうか」
「困ってますけど」
「またまた」
笑いが起きる。
コウタは、それ以上何も言わなかった。
言い返すほど、本気にしているみたいになる。
黙ると、余裕があるように見える。
どちらにしても、たぶん違う。
「いや、コウタは真面目だよ」
ハヤテが軽く助け舟を出す。
「そうなんですか?」
「うん。めちゃくちゃ考えるタイプ」
「えー、でも見た目が」
「見た目なあ」
ハヤテが、コウタの髪を見る。
「赤いしな」
「おい」
「あとベースだし」
「ベース関係ないだろ」
「あるだろ」
「ない」
コウタは本気で嫌そうな顔をした。
それがまた、余裕のある反応に見えたのか、向かい側で小さく笑いが起きる。
「でも、そういう人の方が実は遊んでるんですよね」
コウタは、少しだけ目を伏せた。
「……そういう人って何だよ」
声は小さかった。
たぶん、相手には届いていない。
ハヤテがメニューを手に取る。
「追加、何か頼む?」
「ハヤテさんって優しいですよね」
「え、今ので?」
「うん。でも、誰にでも優しそう」
ハヤテの笑顔が、ほんの少しだけ遅れた。
「それ褒めてる?」
「褒めてますよ」
「ほんとかよ」
「こういう人が一番さらっとしてそう」
「してないしてない。俺、意外とめんどくさいよ」
「絶対うそ」
「いや、ほんと。あとで一人反省会するタイプ」
「見えない」
「まあ、見せてないからな」
ハヤテは笑った。
笑える。
笑えるはずだった。
けれど、メニューの角を指で軽く弾いたまま、次の言葉は続けなかった。
ヒナタは、ずっと黙っていた。
黙っていたせいで、今度はそちらに視線が集まる。
「ヒナタさんは、何考えてるかわかんないですね」
グラスの氷が、小さく鳴った。
「……そうですか」
「怒ってます?」
「怒ってない」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「なんか、ちょっと怖いかも」
誰かが、悪気なく言った。
その場の空気は、笑いに寄った。
軽い冗談。
流していい言葉。
たぶん、そういうものだった。
ヒナタは、少しだけ目を伏せた。
怒ってはいない。
ただ、何も感じていないわけでもなかった。
言葉にする前のものが、胸の中に溜まっている。
それを出す場所が、ここではないだけだった。
「ヒナタ、怖くないよ」
ハヤテが言った。
「たぶん」
「たぶんって言うな」
コウタが小さく突っ込む。
「いや、初見だとわかんないじゃん」
「お前が言うな」
「俺はわかるけど」
ハヤテは、軽く笑ってから、ヒナタを見た。
「怖くないよな?」
「……別に」
「ほら」
「それは怖くない証明になってない」
コウタが言う。
また少し笑いが起きた。
ヒナタは笑わなかった。
けれど、少しだけ息を吐いた。
店を出たあと、三人はしばらく黙って歩いた。
夜の空気は冷たくて、酔いを少しずつ外に逃がしていく。
「……俺、遊んでそう?」
最初に口を開いたのは、コウタだった。
ハヤテが横を向く。
「見た目はな」
「見た目って何だよ」
「赤いし」
「髪の話かよ」
「あとベース」
「だからベース関係ないだろ」
「あるって。赤髪のベーシストは、だいたい誤解される」
「勝手に決めるな」
コウタは本気で嫌そうな顔をした。
「一番真面目なのにな」
ハヤテが言う。
コウタは、何か返そうとして、やめた。
「真面目っていうか」
少し間が空く。
「普通にしてるだけだろ」
「その普通が重いんだよ、たぶん」
「重いって言うな」
「悪い」
ハヤテは笑った。
でも、その笑い方は少しだけ弱かった。
「ハヤテも、軽そうって言われてた」
ヒナタがぽつりと言った。
「言われてたなー」
「軽いのか」
「いや、軽くはないだろ。たぶん」
「たぶんかよ」
コウタが言うと、ハヤテは肩をすくめた。
「だって、自分で重いですって言うのも変じゃん」
「変だけど」
「だろ」
ハヤテは笑った。
いつもみたいに、流すための笑い方だった。
「まあ、軽く見えた方が楽な時もあるし」
そこで少しだけ、声が落ちた。
コウタは、何も言わなかった。
ヒナタも、何も言わなかった。
三人分の足音だけが、夜道に並んだ。
「俺も」
ヒナタが言った。
「何考えてるかわからないって言われた」
「それはまあ」
コウタが言いかけて、ハヤテがすぐに見る。
「おい」
「いや、違う」
コウタは言い直した。
「わからないんじゃなくて、出てくるのが遅い」
ヒナタは黙った。
その言い方なら、少しだけ近い気がした。
「……遅いのか」
「遅い」
「でも、出てくるんだろ」
ハヤテが言う。
ヒナタは、少しだけ頷いた。
「たぶん」
「たぶん多いな、今日」
ハヤテが笑う。
「お前もさっき言ってた」
「俺はいいの」
「よくない」
コウタが言う。
ハヤテは、軽く肩を揺らした。
「俺ら、見た目と中身、合ってないんだな」
「お前はだいたい合ってるだろ」
「ひどくない?」
「明るいし、うるさいし」
「うるさいは余計だろ」
ハヤテが言うと、コウタが少しだけ笑った。
「俺は誤解されてる」
「俺もだって」
「……俺も」
ヒナタが小さく言った。
三人とも、少しだけ凹んでいた。
それが妙におかしくて、ハヤテが先に笑った。
つられて、コウタも息を漏らす。
ヒナタだけは笑わなかったけれど、口元がほんの少し緩んだ。
見られ方は、変えられない。
たぶん、これからも間違われる。
遊んでそうに見えるやつ。
軽そうに見えるやつ。
何も考えていなさそうに見えるやつ。
でも、少なくともここには、違うと知っている人間が二人いる。
駅前の信号が青に変わる。
「帰るか」
ハヤテが言った。
「だな」
コウタが答える。
ヒナタは少し遅れて、頷いた。
三人は、同じタイミングで歩き出した。
軽そうに見える足取りで。
それでも、次に鳴らす場所のことを、ハヤテはもう考えていた。




